EP 2
『創造主、身バレする。~「ただの無職ニートだろ」~』
「そこまでだ、この万引き食い逃げクソ野郎!!」
深夜のホムセン『タローマン』の店内。
俺は、新装開店したばかりのコスメコーナーで、高級アンチエイジング・クリームを勝手に使いまくり、アラトの特製ラーメンをすすっていた『ピンクジャージの不審者(超絶美少女)』の肩をガシッと力強く掴んだ。
「ひゃああっ!?」
不審者はビクッと肩を跳ねさせ、手に持っていた割り箸をポロリと落とした。
照明の光に照らし出されたその姿は、息を呑むほどに美しい。
透き通るような白磁の肌、星屑を散りばめたようなプラチナブロンドの髪、そして深淵なアメジスト色の瞳。
だが、その神々しいまでの美貌を台無しにするほど、彼女が着ているピンク色の芋ジャージは膝が抜け、首元がダルダルに伸びきっていた。おまけに口の周りには、ラーメンの豚骨スープがテカテカと光っている。
「……あ、あれ? バレちゃった?」
ジャージの美少女は、口元についたラーメンのスープをペロッと舐め取りながら、テヘッと小首を傾げた。
「……バレちゃった、じゃねえよ」
俺は眉間を揉みほぐしながら、呆れ果てた声を出した。
「深夜の店内に忍び込んで、勝手に売り物の化粧品を開封し、おまけに厨房の食材まで食い荒らす。……立派な建造物侵入と窃盗罪だ。警察(騎士団)に突き出されたくなかったら、大人しく――」
「フフフ。警察? この私を、人間の法で裁こうだなんて、滑稽なことを言うのね」
突如。
ピンクジャージの美少女が、クスリと優雅に笑った。
その瞬間だった。
――カァァァァァァッ!!
「な、なんだッ!?」
タローマンの店内の空気が、一瞬にして『変質』した。
美少女の全身から、物理的な質量を伴うほどの凄まじい『黄金のオーラ』が立ち上り始めたのだ。
彼女のプラチナブロンドの髪が、無重力空間にいるかのようにフワリと宙に舞い上がり、背後には、まるで後光のようなまばゆい光の輪が顕現する。
「な、何よこれ……! 空気が……重い……ッ!」
キャルルが両腕をクロスして顔を庇い、その場に膝をついた。
魔王軍の幹部と対峙した時ですら立っていた彼女が、ただの『威圧感』だけで立っていられなくなっている。
「ああっ……この清らかで、圧倒的な大自然の息吹……。間違いありませんわ、これほどの御力を放つ存在は、この世界にただ一つ……ッ!」
エルフのルナに至っては、オーラを浴びた瞬間に両手を組み合わせ、床に額をこすりつけるようにして平伏し、祈りを捧げ始めてしまった。
「ひぃぃっ! 目が、目がぁぁっ! 私のアイドルの輝きが完全に霞んでしまいますのーっ!」
リーザも目を回してひっくり返り、アラトでさえ「チィッ……化物かよ!」とフライパンを構えたまま一歩後ずさった。
神聖。絶対。不可侵。
そんな言葉が実体化したような、本物の『神の威圧』。
「驚き、ひれ伏すがいいわ、下界の民たちよ!」
美少女は、ピンク色の芋ジャージの裾を翻し(ジャージなので絶望的にダサいが)、アメジスト色の瞳を傲慢に細めて、俺たちを見下ろした。
「私こそが、このアナステシア世界を創り上げた偉大なる創造主! そして、永遠の17歳を自称する天界のトップ! 女神・ルチアナよ!!」
美少女――ルチアナの宣言と共に、どこからともなく荘厳な賛美歌のコーラス(恐らく彼女自身の魔法によるBGM演出)が鳴り響いた。
「め、女神様……!? 創造主様が、どうしてこんな辺境のホムセンに……!」
キャルルが震える声で呟く。
「おお、大いなる神よ……! 我らがポポロ村に降臨されるとは……!」
ルナが涙を流して拝み倒す。
完全に、ファンタジー世界における『絶対者の顕現』イベントだった。
普通なら、ここで全員が土下座して、「無礼をお許しください!」と震え上がるところだろう。
――普通なら、だ。
「…………」
俺は、無言のまま、腕を組んでルチアナをじっと見つめていた。
「フフフ、どうしたの? 私のあまりの美しさと神々しさに、言葉も出ないのかしら?」
ルチアナがドヤ顔で胸を張り、俺に向かって不敵に笑いかける。
「あなたがこの店の店長さんね? 光栄に思いなさい。あなたの作ったラーメンと、このクリーム、なかなか悪くなかったわ。特別に、私の『御用達』にしてあげるから、これからも毎日タダで貢ぐことを許可して――」
「なぁ、一つ聞いていいか?」
俺は、荘厳なBGMを完全に無視し、限りなくドス黒い、そして冷め切った『ブラック企業店長の目』でルチアナを睨みつけた。
「え? な、何かしら?」
俺の全く怯えていない態度に、ルチアナが少しだけ戸惑ったように首を傾げる。
「お前、『アナステシア世界を創り上げた創造主』って言ったよな。世界を創ったってことは、つまり、今はもう『世界を創る仕事は終わってる』ってことだよな?」
「ええ、そうよ。私が何千年も前に、丹精込めてこの世界をデザインしたんだから! 私は偉大なのよ!」
「なるほど。で、今は天界で『永遠の17歳』とか言って、後進の天使に配信とかの現場の仕事を丸投げして、自分はコタツに入ってゴロゴロしてるわけだ」
「えっ? ど、どうしてそれを……」
「そして、下界のラーメンの匂いに釣られて、実家(天界)からダルダルのジャージ姿で抜け出してきて、深夜のホムセンでタダ飯を食って、化粧品を使い漁って遊んでる、と」
「…………」
俺の矢継ぎ早の指摘に、ルチアナの顔から余裕の笑みが消え、プラチナブロンドの髪の毛がピタッと空中で静止した。
「要するにだ」
俺は、ゆっくりと一歩前に踏み出し、神である彼女の鼻先にビシッと指を突きつけた。
「お前、神様とか偉そうなこと言ってるけど……現状はただの、『実家(天界)に引きこもってる無職のニート』じゃねえか!!」
パリンッ……!!
俺のその一言で、ルチアナの背後に後光のように輝いていた神聖なオーラが、まるで電球が割れたかのように、あっけなく粉々に砕け散った。
荘厳な賛美歌のBGMも、「ブツッ」という嫌な音を立てて強制終了する。
「む、むむむ、無職のニートォォォッ!?」
ルチアナが、顔を真っ赤にして絶叫した。
「ち、違うわよ! 私は神よ! 創造主よ! 偉大なる世界のトップなのよ! 無職じゃないわ、今はただの……長期の休暇中なだけよ!」
「休暇中なら、自分の小遣い(金)でメシを食え。他人の店で万引きと無銭飲食をする奴を、世間じゃ『犯罪者』か『クズ』って呼ぶんだよ」
俺は容赦なく言葉の刃を叩き込んだ。
「大体なんだそのジャージは! 威厳のカケラもねえ! 永遠の17歳? 実年齢何千歳のババアが、深夜のコンビニにたむろするヤンキーみたいな格好してラーメンすすって、恥ずかしくないのか!」
「バ、ババアって言った!? 今、ババアって言ったわねこの人間!! 神への不敬罪で雷を落と――」
「落としてみろよ」
俺は全く怯むことなく、ルチアナの胸ぐら(ジャージの襟元)をガシッと掴んで引き寄せた。
「お前が魔法でこの店を壊したら、その『修理代』も全部お前の借金として乗っかるだけだ。……うちの厨房の食材被害額と、お前が使い切った超高級アンチエイジング・クリーム(金貨五枚)。合計で『金貨十枚(約百万円)』だ。今すぐ現金で払え。神様なんだから、財布くらい持ってんだろうな?」
「…………っ」
ルチアナが、ビクッと肩を震わせた。
彼女はアメジスト色の瞳を泳がせ、ピンクジャージのポケットをゴソゴソと探る。
そして、申し訳なさそうに取り出したのは、神界の星屑の飴玉の包み紙と、ホコリまみれの謎のポイントカード一枚だけだった。
「……あのぉ。神界は基本、キャッシュレス決済なので……現金はちょっと……」
「無一文の食い逃げ犯じゃねえかァァァッ!!」
俺の怒号が、タローマンの店内に響き渡った。
神の威厳は、ものの三分で完全に地に堕ちた。
「ちょ、ちょっと春太! 相手は本当に神様なのよ!? そんな態度とったら、バチが当たるわよ!」
正気に戻ったキャルルが、慌てて俺を止めに入ろうとする。
「そうだぜ店長! 相手は創造主だぞ、いくらなんでもやりすぎじゃ……」
アラトでさえ、神の逆鱗に触れることを恐れて冷や汗を流している。
「関係ねえ」
俺はルチアナのジャージの襟元を掴んだまま、冷酷に言い放った。
「相手が魔王だろうが、大企業の社長だろうが、創造主だろうが……俺の店の売上を奪い、労働を舐める奴は全員等しく『敵』だ。……働かざる者、食うべからず。それが俺の定めた、この村の絶対のルール(神の法)だ」
俺の底なしのブラック企業スマイルを至近距離で浴びたルチアナは、「ひぃぃっ……」と情けない悲鳴を上げ、ガクガクと震え始めた。
世界を作った偉大なる女神が、しがないホムセン店長の『社畜のオーラ(パワハラ)』の前に、完全に屈服した瞬間であった。
「……わかったな、ニート女神。現金が払えないなら、その『金貨十枚』の負債……お前の『労働』できっちり身体で払ってもらうからな」
俺は、店の裏口のロッカーから、タローマンの従業員用の『緑色のエプロン』を取り出し、ルチアナの顔面にバサリと投げつけた。
「明日から、お前はタローマンの『最低賃金アルバイト』だ。時給は850円(アナステシア通貨換算)。まずはレジ打ちと、新設したコスメコーナーの接客から叩き込んでやる」
「そ、そんなぁぁぁぁっ! 私、創造主なのにぃぃぃっ! 労働なんて、何千年もしたことないのにぃぃっ!」
タローマンの店内に、最強駄女神の絶望の叫びが木霊する。
神の権威失墜。
そして、ホムセン店長による、神様相手の『ブラック労働革命』が、今ここに幕を開けたのであった。
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