第八章『最強駄女神の降臨!ホムセン店長のブラック労働革命と神コスメ』
『新装開店コスメコーナーと、ピンクジャージの不審者』
「ゴルド商会からの莫大な賠償金(慰謝料マシマシ)……。まさに、圧倒的な資本の暴力ッ! これぞ合法的な錬金術の極みだな!」
秋晴れの空の下、ポポロ村のホムセン『タローマン』の店内では、俺こと神城春太の高笑いが響き渡っていた。
半裸で暴れ回った成金社長・オロチから巻き上げた金貨千枚(約一億円)の力は凄まじかった。
破壊された店舗の壁や自動ドアは、前世の軍事施設もかくやというレベルの『強化コンクリート』と『対魔力防弾ガラス』によってピカピカに修繕され、タローマンのインフラは劇的な進化を遂げていた。
そして何より、今回の賠償金の大部分を突っ込んで完成させたのが――。
「わぁぁっ……! すごい、すごいですの! キラキラしたお化粧品が、棚の端から端までズラリと並んでいますわーっ!」
「嘘……これ、帝都の高級デパートでしか買えないって噂の『幻のリップスティック』じゃない! こっちには美容液まであるわよ!」
タローマンの店舗の一角を大きく拡張して新設された、『日用品・コスメ(化粧品)特設コーナー』である。
「フフフ。女の子の『美への探求心』は、いつの時代も、どこの世界でも最高のビジネスチャンスだからな」
俺は腕を組み、満足げに新設コーナーを見渡した。
青い芋ジャージ姿のリーザが、瞳をゴールドマークに輝かせながら、高級なアイシャドウのパレットを手に取ってウットリとしている。
「この『クレオパトラ・ゴールド』のアイシャドウを塗れば、私のLove & Moneyのオーラがさらに倍増……! 太客のおじ様たちが、呼吸をするようにスパチャ(金貨)を投げてくれる未来が見えますの!」
「お前は相変わらずブレないな。だが、売り物の封を切ったら即お買い上げだからな」
「はーい! ……あ、春太。ちょっと、こっち見て」
リーザに釘を刺していると、村長のキャルルが、少し照れくさそうにウサギ耳をパタパタと揺らしながら俺の袖を引いた。
「ん? どうした、キャルル」
「えっと……その。このほんのり桜色のリップ……私に、似合うと思う……?」
キャルルは上目遣いで俺を見つめ、唇にテスター(試供品)のリップを少しだけ塗って見せた。
普段はダブルトンファーを振り回して魔物を粉砕する勝気な村長が、女の子らしい恥じらいを見せている。そのギャップと、桜色に色づいた唇の破壊力は、前世で喪男だった俺の胸にクリティカルヒットした。
「お、おう。……似合ってるんじゃないか? 大人っぽくて、いいと思うぞ」
「ほ、ほんと!? えへへ、じゃあこれ、お給料が出たら買おうかな……」
キャルルが顔を真っ赤にして微笑む。
「まぁ! 大自然の恵みとは違う、人工的な美の結晶……。人間の錬金術(化学)も、なかなか興味深いですわね」
エルフの姫君ルナも、不思議そうにコンパクトミラーを覗き込みながら、化粧水のテスターを手の甲に塗って香りを楽しんでいた。
平和だ。
村の女の子たちがコスメコーナーでキャッキャと騒ぐ、この穏やかな風景。
これこそが、俺が過労死寸前のブラック企業時代からずっと夢見ていた『ホワイトで豊かな日常』の完成形である。
――だが、そんな平和な時間は、長くは続かなかった。
「おい店長!! ちょっとツラ貸せ!!」
厨房ののれんを乱暴に跳ね除け、悪魔の料理人・アラトが、青筋を立てて飛び出してきた。その手には、いつも以上に凶悪なオーラを纏ったフライパンが握られている。
「どうしたアラト。そんな怖い顔して。またロックバイソンでも逃げ出したか?」
「違う! 『ネズミ』が出たんだよ! とびきり図体がデカくて、食い意地の張ったクソネズミがな!」
アラトはフライパンを床にガンッと叩きつけ、怒りを爆発させた。
「昨日の夜から、俺が仕込んでおいた食材が次々と消えてやがるんだ! 高級肉の端材、特製スープのストック、それに宴会で余ってた『イモッカ・ラーメン』の残り汁まで、一滴残らず綺麗に平らげられてたんだよ!」
「なんだと……? タローマンの厨房に泥棒が入ったってのか?」
俺は即座に表情を『店長の顔』に切り替え、手元のタブレットで防犯カメラの映像と在庫リストを確認した。
だが、カメラには何も映っていない。魔物や野盗が侵入した形跡もない。
「……待てよ」
俺はタブレットの在庫データを見て、ピタッと指を止めた。
「厨房だけじゃない。アラト、お前が言ってた『ネズミ』は……相当美意識の高いネズミらしいぞ」
「あぁ? どういうことだ?」
「新設したばかりのこのコスメコーナー。……一番高額な『超高級アンチエイジング・クリーム(金貨五枚相当)』のテスターが、一夜にして空っぽになってる」
俺の言葉に、キャルルたちも顔を見合わせた。
「えっ? あのクリーム、昨日の夜に棚に並べたばかりよね? いくらなんでも、一晩で使い切るなんて……」
「顔面だけでなく、全身に塗りたくらなきゃそうはならない量ですわよ?」
ルナが空になったテスターの容器を持ち上げて首を傾げる。
食べ物の窃盗。そして、高級化粧品の異常な消費。
俺の『元・小売業の勘』が、激しい警鐘を鳴らしていた。
これは単なる野生動物の仕業ではない。間違いなく、店内に潜んでいる『人間の不審者』の仕業だ。
「……アラト。罠を張るぞ」
俺は声を潜め、アラトとヒロインたちに指示を出した。
「今日の閉店後、厨房にわざと『とびきりいい匂いのする夜食』を置いておく。そして俺たちは、コスメコーナーの陰に潜んで、ネズミが尻尾を出すのを待つんだ」
「ひはははっ、任せとけ。致死量ギリギリのスパイスを効かせた、極上のジャンクフードを仕込んでやるぜ」
◆
その日の深夜。
営業を終え、シャッターを下ろした暗いタローマンの店内で、俺たちは息を潜めていた。
アラトの厨房からは、彼が罠として仕掛けた『特濃豚骨イモッカ・ラーメン』の暴力的な香りが、換気扇を止めた店内に充満している。
――カサッ。
――ズルズルズルッ……。
静寂を破り、厨房の方から微かな物音と、麺をすする音が聞こえてきた。
(来たな……!)
俺はキャルルたちに目配せをし、音の出ないようにゆっくりとコスメコーナーの陳列棚の裏へと移動した。
暗闇の中、厨房から出てきた『何者』かのシルエットが、コスメコーナーへとフラフラと歩いてくる。
その手には、アラトが仕掛けたラーメンの容器が握られており、片手で器用に麺をすすっている。
「ふんふふ〜ん♪ やっぱりこの下界のジャンクフードは最高ねぇ。塩分と脂質のハーモニーが、永遠の17歳の細胞に染み渡るわぁ」
鼻歌交じりの、妙に明るくて甘ったるい声。
その不審者は、コスメコーナーの棚の前に立つと、迷うことなく一番高い『超高級アンチエイジング・クリーム』の新しいテスターの蓋を開け、自分の顔から首筋にかけて、べっとりと贅沢に塗りたくり始めた。
「うんうん。ラーメンの湯気を浴びた直後に、この保湿クリームで毛穴をフタする。これぞまさに、究極の美容法ね!」
ラーメンをすすりながら、全身に高級クリームを塗りたくるという、この世の終わりみたいな美容法を実践している不審者。
「……今だッ! やれ、キャルル!!」
「了解ッ! 光魔法・『閃光』!!」
俺の合図と共に、キャルルが魔法で店内の照明を一斉に点灯させた。
パァァァァッ!! と真昼のような明るさが、不審者の姿を鮮明に照らし出す。
「そこまでだ、この万引き食い逃げクソ野郎!!」
俺は飛び出し、不審者の肩をガシッと力強く掴んだ。
「ひゃああっ!?」
不審者が、驚いて振り返る。
その瞬間、俺たち全員は、予想外の光景に一瞬だけ言葉を失った。
そこにいたのは。
目を奪われるほどの、圧倒的な『美少女』だった。
腰まで届くプラチナブロンドの髪は、照明の光を受けて星屑のようにキラキラと輝き、透き通るような白い肌は、高級クリームのおかげか(あるいは生来のものか)異常なまでに瑞々しい。
その瞳は、宇宙の深淵を閉じ込めたような神秘的なアメジスト色をしていた。
――ただ存在しているだけで、周囲の空気が清められるような、ガチの『神聖なオーラ』が立ち上っている。
だが。
そんな神々しいまでの美貌を持つ彼女が身に纏っているのは、リーザの青ジャージよりもさらに安っぽく、膝の部分がダルダルに伸びきった『ド派手なピンク色の芋ジャージ』だった。
おまけに、口元にはラーメンの汁がテカテカと光り、右手には割り箸、左手にはクリームの容器を握りしめているという、圧倒的なまでの『ダメ人間』のオーラが、神聖なオーラを完全に相殺して余りある状態になっていた。
「……あ、あれ? バレちゃった?」
ピンクジャージの美少女は、口元についたラーメンのネギをペロッと舐め取りながら、テヘッと小首を傾げた。
「……バレちゃった、じゃねえよ」
俺は、そのあまりにも舐め腐った態度に、前世のクレーマーやサボり魔のバイトを相手にしていた頃の『ブラック店長の顔』を完全に引きずり出した。
「ウチの店の商品を勝手に使い込んで、タダ飯まで食いやがって。……警察(騎士団)に突き出されたくなかったら、きっちり労働でそのツケを払ってもらうからな」
アナステシア世界の創造主にして、天界のトップである最強駄女神・ルチアナ。
神様ともあろう存在が、こともあろうにホムセンの店長に『万引き犯』として現行犯逮捕されるという、史上最低のエンカウントが果たされた瞬間であった。
読んでいただきありがとうございます。
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