EP 10
『大企業の没落と、五円玉の行方』
半裸の成金社長がルナミス帝国駐屯騎士団にドナドナされてから、数日が経過した。
ポポロ村には、再び穏やかな秋の風が吹き抜けている。
あの日、俺とアラトがハンマーで破壊したホムセン『タローマン』の壁や自動ドアは、村の大工たちの手によって、以前よりも頑丈な素材(防弾ガラスと強化コンクリート)にグレードアップして修繕されていた。
「ひはははっ! 店長、見ろよ今日の帝都新聞の朝刊! 一面トップの特大スクープだぜ!」
厨房から出てきたアラトが、インクの匂いが新しい新聞をバサリと広げて、レジカウンターに叩きつけた。
そこには、魔法写真(モノクロだが鮮明な画像)で激写された、見覚えのある男の無惨な姿がデカデカと掲載されていた。
『大企業ゴルド商会・オロチ会長、辺境の村で狂乱の逮捕!』
『薬物中毒か!? ヒョウ柄下着姿で「我は勇者なり」と叫び、商店を破壊!』
『さらに【謎の偽造通貨】を使用した国家反逆罪の疑いも浮上! ゴルド商会、強制捜査へ!』
「……完璧だな。見事なまでの転落劇だ」
俺は、いまだに前頭葉がショートしているかのような顔で騎士団に連行されていくオロチの写真を見つめ、満足げにコーヒーを啜った。
新聞の本文によれば、ゴルド商会の株価は事件の翌日に大暴落。
投資家たちは次々と資金を引き揚げ、さらに騎士団の強制捜査によって、これまでの脱税や違法な買収工作、粗悪品の横流しといった『余罪』がボロボロと発掘されたらしい。
もはや再起不能。大陸屈指の巨大商会は、たった一杯の『イモッカ・ラーメン』と一枚の『五円玉』をキッカケにして、あっけなく瓦解してしまったのだ。
「……アンタたち、朝から悪代官みたいな顔して笑わないでよ。村の子供たちが怖がるでしょ」
そこに、村長のキャルルが呆れ顔で入ってきた。
「本当に、アンタたちを敵に回すのが一番恐ろしいわ。武力じゃなくて、社会的な信用を根こそぎ奪って破滅させるんだから。……魔将軍よりタチが悪いわよ、絶対に」
「人聞きの悪いことを言うなよ、キャルル。俺たちはただ、『理不尽な暴力』に対して『適切な防衛』を行っただけだ。前世のブラック企業サバイバーを舐めちゃいけない」
俺がウインクをして見せると、キャルルは「はいはい」とウサギ耳をパタパタと振った。
「それより春太。さっき、ルナミス帝国の法務局から使いの者が来てたわよ。……これ、受け取って」
キャルルがドンッ!とレジカウンターの上に置いたのは、頑丈な金属製のトランクだった。
「おおっ!? ついに来たか!」
俺とアラトが顔を見合わせ、急いでトランクのロックを外す。
カパッ。
「「「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」
トランクを開けた瞬間、タローマンの店内に、まばゆいばかりの黄金の光が溢れ出した。
中にぎっしりと敷き詰められていたのは、純度100%のルナミス帝国金貨の束。
ゴルド商会の残存役員たちが、これ以上の騒ぎ(裁判)を恐れて、俺たちが提示した『水増しに水増しを重ねた被害総額』と『莫大な慰謝料』を、全額一括で支払ってきたのだ。
「す、すげえ……! ざっと金貨千枚(約一億円)はあるぞ! タローマンの数年分の売上利益が一気に転がり込んできやがった!」
「ひはははっ! 不良在庫の朝顔の種が、極上の黄金に化けたな! これで厨房の魔導コンロを最新型に買い替えられるぜ!」
俺とアラトが歓喜の舞を踊っていると、店舗の奥から、青い芋ジャージを引きずった足音が近づいてきた。
「……お金の、匂いがしますの……」
フラフラと現れたのは、地下アイドルのリーザだった。
彼女はトランクの中に輝く大量の金貨を見ると、一瞬だけ瞳をゴールドマークに変えたが、すぐにまた「うぅぅ……」と涙目になってしゃがみ込んでしまった。
「なんだリーザ。せっかくの大金を見ても元気がないじゃないか」
「当たり前ですの……! あの中には、私の愛と汗の結晶である『プレミアム・アイドル・金貨(五円玉)』は入っていませんわ……!」
リーザは床をバンバンと叩いて号泣した。
「あんな成金社長を倒したって意味がないですの! 私の、三時間かけて磨き上げた唯一無二のオーラが……っ! 春太プロデューサー、帝国騎士団に言って、私の五円玉を返してもらってくださいまし!」
「……ああ、それについてなんだがな」
俺は、トランクに添えられていた『帝国法務局からの報告書』の紙切れを手に取り、リーザに見せた。
「なんだか、お前の五円玉、とんでもないことになってるぞ」
「えっ? とんでもないこと?」
俺は報告書の文章を、咳払いをしてから読み上げた。
『――なお、容疑者オロチが所持していた【謎の偽造通貨】について。中央の魔法解析班が鑑定した結果、異常なまでの【強欲の念】が込められていることが判明』
『この硬貨が、容疑者の精神を狂わせた「呪いのアイテム」である可能性が高いと判断し、帝国魔導院の最深部にある【第一級・封印指定金庫】にて、永久に厳重保管(封印)されることとなった――』
「…………」
「…………」
タローマンの店内に、静寂が訪れた。
「……私の五円玉が……呪いのアイテムとして、帝国の最深部に永久封印……?」
リーザが、信じられないものを見る目で虚空を見つめ、ぷるぷると唇を震わせた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!! 返してぇぇぇっ!! 私の五円! 私の御縁!! 呪いじゃなくてアイドルの輝きですのぉぉぉぉっ!!」
悲痛な叫び声が、ポポロ村の青空にこだまする。
ただひたすらに磨き上げた結果、その執念が本物の呪いと誤認され、国宝級の警備のもとに永久封印されてしまった五円玉。ある意味で、硬貨としてはこれ以上ないほど破格の扱い(昇格)を受けたと言えるだろう。
「ひはははっ! 傑作だぜ! 五円玉がアーティファクト扱いとはな!」
腹を抱えて笑い転げるアラト。キャルルも「自業自得ね」と呆れながらもクスッと笑っている。
「ほら、リーザ。泣くのはやめろ。お前の尊い犠牲のおかげで、村は救われたんだ」
俺は、泣き喚くリーザの頭をポンポンと撫でながら、トランクの中から金貨を一枚つまみ出した。
「約束通り、今日の夕飯はアラトの特製・ロックバイソン特上ステーキ弁当だ。お前の好きなキャビアも乗せてやる。……だから、あの五円玉のことはもう諦めろ」
「……ス、ステーキ……キャビア……」
リーザのピタリと泣き声が止まった。
そして、鼻水をズズッとすすり上げ、キリッとした表情で立ち上がった。
「……過ぎた過去を振り返らないのも、トップアイドルの条件ですの! お肉! お肉を三枚重ねで要求しますわーっ!!」
結局、彼女の底なしの胃袋の前では、永久封印された五円玉の未練も、高級肉のカロリーには勝てなかったらしい。
「よし、一件落着だな」
俺はトランクの蓋をパタンと閉め、満足げにタローマンの店内を見渡した。
ゴルド商会という強大な敵の買収工作。
それを、度数40のジャンクフードと、一枚の五円玉、そして俺の社畜流『盤外戦術』で完全に打ち破った。
手元には莫大な軍資金が残り、タローマンのインフラと設備をさらに強化する準備も整った。
「さて、お前ら! 宴も騒動もこれで終わりだ! この賠償金を使って、タローマンの売り場をさらに拡張するぞ! 次は『日用品・化粧品コーナー』の大改装だ!」
「おーっ! やっと私の高級トリートメントが仕入れられるのねっ!」
「フフフ、これでまた、新しい太客を呼び込めますわね!」
キュララとリーザが歓声を上げ、アラトも厨房でフライパンを鳴らして応える。
キャルルは「また忙しくなりそうね」と微笑みながら、防犯グッズの棚を整理し始めた。
俺たちの愛する、最高に騒がしくて泥臭いポポロ村の日常。
神の気まぐれや大企業の横暴すらも跳ね除ける、最強のホームセンターの営業は、今日も元気に続いていく。
大いなる笑いと、少しの理不尽な涙(主にリーザの)に包まれた第七章は、こうして完全無欠の『大勝利』と共に、賑やかに幕を閉じるのであった。




