EP 8
『被害現場の偽装と、呆れる村長』
「……フハハハハッ! 魔王はどこだぎゃ! ワシの聖剣(五円玉)の錆にしてやるだぎゃあーッ!!」
ヒョウ柄のブーメランパンツ一丁で夜のポポロ村へと飛び出していったゴルド商会会長・オロチの遠吠えが、秋の夜風に乗って遠ざかっていく。
ホムセン『タローマン』の自動ドア(手動)は無惨にぶち破られ、店内はオロチの暴れた痕跡で悲惨な状態になっていた。
「……行ったな、勇者サマ」
「ああ。村の広場を二、三周徘徊したあたりで、アルコールが限界を迎えてその辺の草むらで寝こけるだろうさ。……さて、アラト。時間との勝負だ。警察(ルナミス帝国駐屯騎士団)が到着するまでに、俺たちの『舞台セット』を完成させるぞ」
俺は、レジの裏から持ち出した軍手をはめ、不敵な笑みを浮かべた。
前世の社畜時代。ブラック企業の理不尽なノルマや、悪質なクレーマーの被害を報告する際、いかに自分たちが『理不尽な被害者』であるかを上層部にアピールするか。そのための『証拠づくり(少しばかりの誇張)』は、生き残るための必須スキルだった。
「ひはははっ! 任せとけ店長。こういう悪巧みは嫌いじゃねえ。……どうする? とりあえずこの倒れた棚、もう少し派手にぶちまけておくか?」
アラトがフライパンを置き、オロチが蹴り倒した園芸コーナーの棚に手をかけた。
「ちょっと待て、ただ散らかすだけじゃ素人だ」
俺はアラトを制止し、手元のタブレットで在庫リストを確認しながら指示を出した。
「棚を倒すなら、この『タローマン特製・高級刈払機(魔石駆動式)』の陳列棚の下敷きになるようにしろ。それから、ずっと売れ残ってて不良在庫になってた『ルナの作った超巨大朝顔の種(一袋・金貨一枚)』を、袋を破いて床に全部ぶちまけろ。……あいつ、こんな高価な商品をめちゃくちゃにしやがって、なんて酷い暴漢だ(棒読み)」
「なるほど! オロチが暴れたついでに、店の不良在庫や高額商品を『破壊された』ことにして、賠償金で買い取らせる(ゴト師の)手口だな! 最高にゲスいぜ!」
アラトが嬉々として、指示通りに高い商品を棚の下に滑り込ませ、不良在庫の種を床にバラ撒き始めた。
「あと、この壁! オロチの裏拳で少し凹んだだけだから、俺のハンマーでもう少し派手に大穴を開けておく! これで『建物の修繕費』も請求できる!」
俺はDIYコーナーから持ってきた大型のハンマーで、店舗の壁の石膏ボードをドゴォッ!と叩き割り、見事な大穴を穿った。
さらに、ガラスの破片を導線に沿って撒き散らし、誰が見ても「異常なパワーを持った狂人が大暴れした悲惨な現場」を演出していく。
「アンタたち……本当に、人間の血が通ってるの……?」
そこへ、通信室から戻ってきたキャルルが、ドン引きした顔で俺たちの作業を眺めていた。
彼女の月兎族の耳は、呆れ果てて完全にペタンと垂れ下がっている。
「おお、キャルル。通報は終わったか?」
「ええ。近くのルナミス帝国駐屯騎士団に緊急通報を入れたわ。『重度の薬物中毒らしき半裸の男が、奇声を上げながら村で暴れ回っている。店も破壊された』って。……明日の朝一番で、現場検証と身柄の確保にパトロール隊が来るそうよ」
「よし、完璧だ。ご苦労さん」
俺はハンマーを下ろし、額の汗を拭った。
「完璧じゃないわよ! 何よこの悲惨な有様! さっきオロチが暴れた時より、アンタたちが手を入れた後の方が、三倍くらい店がボロボロじゃない! これじゃ完全に詐欺でしょ!」
キャルルが、床に不自然に並べられた高級商品の残骸を指差して抗議する。
「人聞きの悪いことを言うな。これは『適正な被害申請』だ」
俺は軍手を外し、真顔で答えた。
「相手は大陸屈指のゴルド商会だぞ。正攻法でいけば、向こうは優秀な弁護士や金の力を使って、オロチの暴挙を『タローマン側の不手際』にすり替えるか、はした金で揉み消しにくるに決まってる。……だからこそ、ぐうの音も出ないほど『絶望的な状況』と『視覚的な被害』を作り上げて、世間の同情を味方につける必要があるんだ」
「そうそう。それに、あのパンチパーマのオッサン、さっき『釣りは要らねー』って言って、全額払う気満々だったからな。本人の意思を尊重してやってるだけさ」
アラトもニヤニヤしながら、俺の肩をポンと叩いた。
「……ハァ。もう好きにしなさい。もし騎士団にバレて捕まっても、村長権限で私は無関係を貫くからね」
キャルルは完全に匙を投げ、深く、深いため息をついた。
「春太プロデューサー! 私の出番はもう終わりですの!?」
その時、レジカウンターの下に隠れていたリーザが、ひょっこりと顔を出した。
「あの勇者様……じゃなくて太客のオロチ会長から、無事に代金を頂戴しましたわ! ほら、ここに!」
リーザは、コイントレイの上に乗ったままの『ピカピカに磨かれた五円玉』を指差し、ドヤ顔を浮かべた。
「これで私も、立派な錬金術師ですの! さあ、私のプレミアム・コインで、高級ロックバイソンの肉を注文してくださいまし!」
「……ああ、リーザ。ご苦労だったな」
俺は、トレイの上の五円玉を、ピンセットで慎重につまみ上げ、用意しておいた透明な証拠袋にチャックを閉めて封入した。
「え? 春太プロデューサー、なんでそんな大事そうに袋に入れるんですの? 早くレジの中におしまいなさいな」
「バカ言え。こんなものレジに入れたら、タローマンの売上計算が狂うだろうが。これはな、明日の朝やってくる騎士団への『最重要証拠品』だ」
「しょ、証拠品……?」
リーザが首を傾げる。
「ああ。半裸で暴れ回ったゴルド商会の会長が、支払いの代わりとして置いていった『偽造通貨(意味不明な硬貨)』だ。……ルナミス帝国の法律では、通貨の偽造およびそれを使用した詐欺行為は、国家反逆罪に等しい重罪だ。これがあることで、オロチは単なる酔っ払いじゃなく、『悪質な犯罪者』として確定する」
「なっ!?」
俺の言葉を聞き、リーザの顔からサァッと血の気が引いた。
「ま、待ってくださいまし! それじゃあ、私の……私が三時間かけて磨き上げた、愛と汗の結晶であるプレミアム金貨は……!」
「もちろん、帝国騎士団に『証拠品として没収』される。おそらく一生返ってこないだろうな」
「そんなぁぁぁぁぁっ!! 私のLove & Moneyがぁぁぁっ!!」
リーザが証拠袋に手を伸ばそうとしたが、俺はサッと袋を隠し、冷酷に言い放った。
「諦めろ。お前が『あれは金貨だ』とオロチを騙した時点で、あの五円玉は呪いのアイテム(犯罪の証拠)にクラスチェンジしたんだ。お前の強欲さは、巨悪を倒すための尊い犠牲になったんだよ。感謝するぜ」
「うぇぇぇぇん! 春太プロデューサーの悪魔! 鬼! ブラック企業の権化ですのぉぉっ!」
泣き崩れるリーザを放置し、俺は自分の作業着の襟元に手をかけた。
ビリッ。
少し力を入れて、作業着の肩から胸元にかけての生地を不自然に破り裂く。
「……よし。これで俺の『舞台衣装』も完成だ」
「春太、アンタ今度は自分の服まで破いて……何する気?」
キャルルが呆れを通り越して、若干引いた目で俺を見た。
「明日の朝の『演技』の準備だよ」
俺は、厨房からアラトが使っていた特製ソース(少し赤黒い色をしたステーキソース)を指先につけ、自分の頬や額に擦り込んだ。
薄暗い場所で見れば、暴漢に殴られて出来た痛々しい『打撲傷』や『血の滲み』にしか見えない、完璧な特殊メイクだ。
「いいか、お前ら。明日の朝、騎士団が到着したら、俺は『大企業の権力に怯え、店を破壊されて絶望する、可哀想で無力なホムセン店長』を全力で演じきる。前世で、パワハラ上司の横暴を労働基準監督署にチクる時に鍛え上げた、アカデミー賞(オスカー女優)並みの演技力をな」
俺は、目の薬(陽薬草のエキス)を一滴だけ瞳に垂らし、ウルウルと涙目を作って見せた。
「……こんな風にな。キャルル、アラト。お前らも余計な口は挟むなよ。俺の演技に合わせて、哀れな被害者の仲間として顔を伏せておけ」
「……わかったわよ。もう、アンタの執念には脱帽するわ」
キャルルが、白旗を上げるように両手を上げた。
「ひはははっ! 明日が楽しみだぜ。パンツ一丁の成金社長が、どんな顔で泣きっ面を見せるか、特等席で見物させてもらうさ」
アラトが悪人面で笑う。
夜更けのポポロ村。
静寂を取り戻したホムセンの中で、俺たちは完璧に偽装された被害現場の真ん中に立ち、明日の朝の『開演』を静かに待った。
ゴルド商会の横暴な買収を、盤外戦術と詐欺スレスレの被害者ムーブで完全粉砕する。
社畜の怨念がこもった最凶のカウンターパンチが、オロチの顔面にクリーンヒットするまで、あと数時間であった。




