EP 6
『狂乱のオロチ!「ワシは神に選ばれし勇者だぎゃ!」』
「くっ……! 静まれ……! ワシの右腕に封印されし『暗黒の魔竜』よ……! 今ここで目覚める時ではにゃあだぎゃ……ッ!!」
特設VIPルームの中心で、ゴルド商会の会長オロチが、痛くもないはずの右手首を左手でギリギリと握りしめ、苦悶の表情で天を仰いでいた。
全身から噴き出す異常な汗。パンチパーマの頭頂部から立ち上る白いアルコール蒸気。そして、完全に焦点の合っていないロンパリ状態の蛇目。
「……か、会長? 魔竜ってなんの話ですかい? しっかりしてくだせえ!」
後ろに控えていた二人のオーク族の護衛が、オロチの突然の奇行に完全に戸惑い、オロチの肩を揺さぶろうとした。
「触るにゃあッ!! 貴様らのようなモブ(一般人)が触れれば、ワシから溢れ出る『覇王のオーラ』で消し飛ぶだぎゃあッ!!」
オロチは護衛の手を乱暴に払い除け、ドスドスと床を踏み鳴らした。
俺は、壁際で顔に営業スマイルを貼り付けたまま、心の中で盛大なガッツポーズを取っていた。
(……すげえ。すげえぞ、度数40の『イモッカ・ラーメン』の破壊力! まさか50歳を超えた大企業の社長の脳髄から、前頭葉の理性をすっ飛ばして『中二病』を引きずり出すとはな!)
金と権力で他人を支配してきた、嫌味な成金社長。
だが、そんな男の心の奥底にも、「自分は特別な存在(主人公)でありたい」「強大な力で世界を救う勇者になりたい」という、ひどく痛々しくて幼稚な願望が眠っていたらしい。
それが、強烈なアルコールによって理性の蓋を吹き飛ばされ、一気に表面化してしまったのだ。
「……ハァ、ハァ……! アカン、どえりゃあ熱いだぎゃあ! ワシの内に眠る『闘気』が、この紫の鎧を焼き尽くそうとしとるだわ!」
オロチは荒い息を吐きながら、最高級のシルクで仕立てられた紫のダブルスーツを、ビリビリと乱暴に引き裂くように脱ぎ捨てた。
「か、会長!? 何をお脱ぎになって……!」
「黙れだぎゃ! こんな布切れが、神に選ばれしワシの力を縛り付けとったんだわ!」
シャツのボタンを引きちぎり、オロチは上半身裸になった。
だらしなく弛んだ中年太りの腹に、胸毛。その上で、極太の金ネックレスがジャラジャラと揺れている。
だが、狂乱のストリップショーはこれだけでは終わらなかった。
「下半身の呪縛も解き放つだぎゃあッ!! いでよ、ワシの真の姿ァァッ!!」
オロチは、ズボンのベルトを引き抜き、紫のスラックスをバサリと足元に脱ぎ落とした。
――現れたのは。
どぎつい黄色と黒の斑点模様がプリントされた、面積の極端に少ない『ヒョウ柄のビキニパンツ(ブーメランパンツ)』一丁の姿であった。
「…………っ!!」
「……」
VIPルームに、何とも言えない沈黙が落ちた。
オークの護衛たちは、自らの雇い主のあまりにも衝撃的な姿に絶句して石化している。
「おえぇぇぇぇっ! キモッ! キモすぎるわよ春太! 私の目が! 視力が低下するぅぅっ!」
壁の裏で待機していたキャルルが、小声でガチの悲鳴を上げ、目を覆ってうずくまったのが気配でわかった。
(……見事だ。社会的尊厳の完全なる自己破壊。これこそが、俺の求めていた『ざまぁ』の最終形態だ!)
俺は笑いをこらえるために太ももをつねりながら、ゆっくりとオロチの前に進み出た。
前世の社畜時代。酔っ払って全裸でカラオケのテーブルに立ち上がるクソ上司を、何度も拍手喝采で持ち上げてきた俺の『究極の接待スキル』が、今、火を噴く。
「……オロチ会長ッ! いや、オロチ様ッ!! なんという凄まじいオーラ! まぶしい! まぶしすぎて直視できません!!」
俺は両手で顔を覆い、大げさに後ろへのけぞった。
「まさか、あなたが……神界の伝説に語り継がれる、『神に選ばれし勇者』だったとは! ゴルド商会の会長というのは、世を忍ぶ仮の姿だったのですね!!」
「おうよッ!! その通りだぎゃあ!!」
俺の完璧なヨイショ(肯定)を受け、オロチは完全に自分の妄想の虜となった。
ヒョウ柄パンツ一丁の50歳のオッサンが、ボディビルダーのように両腕を曲げてポーズを取り、天井に向かって吠える。
「フハハハハッ! ワシは勇者! 勇者オロチだぎゃあ! 世界を闇に沈める魔王を倒し、すべての金と女をワシのものにする絶対の存在なんだわ!!」
「素晴らしい! さあ勇者オロチ様、世界があなたを待っています! その封印されし右腕で、悪を討ち滅ぼすのです!!」
「言うまでもないだぎゃあ! 行くぞ、モブども! ワシの伝説が今、幕を開けるんだわッ!!」
オロチがドスンッ!と力強く床を蹴った。
「か、会長! 目を覚ましてください! そんなパンツ一丁で外に出たら、商会の株が大暴落しますぜ!」
焦った護衛のオークが、慌ててオロチの両腕を掴んで止めようとした。
「ええい、邪魔だぎゃあッ! 魔王の手先め、ワシの『竜魔神拳』を食らうだわ!!」
オロチが、デタラメに腕を振り回した。
ただの酔っ払いのパンチだったが、体重の乗った裏拳がオークの顎の先端(急所)にクリーンヒットし、巨体の護衛が「ぶべぇっ!?」と白目を剥いて昏倒してしまった。
「ひゃはははっ! 見たか! これが勇者の力だぎゃ!」
「や、やべえ! 会長が完全にイカれちまった! 誰か応援を――」
残りの一人が慌てて部屋から出ようとしたが、そこには、いつの間にか厨房から出てきたアラトが、鈍く光るフライパンを構えて立っていた。
「悪いな、護衛さん。今夜の『ショー』の邪魔はさせねえよ」
ガゴォォォンッ!!
アラトの容赦ないフライパンの一撃がオークの後頭部に炸裂し、二人目の護衛も床に崩れ落ちた。
「ひははっ。これで、あのパンチパーマを止めるストッパーはいなくなったぜ、店長」
アラトがフライパンを肩に担ぎ、ヒョウ柄パンツ一丁で雄叫びを上げているオロチを見ながらニヤリと笑う。
「ああ。ご苦労だったな、アラト。……さあ、ここからは『被害現場』の製作だ」
俺は冷たい目で、狂乱するオロチを見つめた。
「そこだぎゃあ! 魔王の眷属め、ワシの前に立ち塞がるかッ!」
オロチは、VIPルームに置かれていたパイプ椅子を「モンスター」と勘違いしたのか、次々と蹴り飛ばし、テーブルをひっくり返し始めた。
ガチャンッ! バキバキッ! と、備品が破壊される心地よい音が響き渡る。
「もっとだ! もっと暴れろ、勇者サマ! そのすべてが、明日お前の会社に請求される『天文学的な損害賠償』の証拠になるんだからな!」
俺は安全圏から歓声を上げながら、オロチがVIPルームの壁を突き破り、タローマンの店舗(本館)の方へと乱入していくのを見送った。
「ワシの聖剣! ワシの聖剣はどこだぎゃあ!!」
店舗に乱入したオロチは、園芸コーナーのスコップや、大工コーナーの単管パイプを次々と手に取っては投げ捨て、商品をメチャクチャに散らかしていく。
「春太プロデューサー! 出番ですの!?」
その時、陳列棚の陰から、青い芋ジャージ姿のリーザがシュタッと飛び出してきた。
彼女の右手には、あの『ピカピカに磨き上げられた五円玉』が、妖しい輝きを放って握りしめられている。
「よし、リーザ! 『勇者の剣』を求めるあの哀れな成金社長に、お前の『特別な金貨』を叩き込んでやれ! それが、あいつの息の根を止める最後の一撃だ!」
「合点承知の助ですの! 圧倒的なぼったくり……じゃなくて、真のアイドルの価値を、あの太客の魂に刻み込んでやりますわーっ!」
リーザが、ヒョウ柄パンツ一丁で暴れ狂う大企業の会長めがけて、猛烈なダッシュを開始した。
理性ゼロ、知性ゼロ、そして羞恥心ゼロ。
イモッカの洗礼によって生み出された『悲しき中年勇者』の、破滅へのパレードがいよいよクライマックスを迎えようとしていた。




