EP 7
【屋上ビアガーデンと秘密の過去】村長は元・姫騎士?
心地よい夜風が吹くマンションの屋上で、キンキンに冷えた黄金色の液体がグラスに注がれる。
「ぷはぁぁぁぁぁっ! なんだこれ、なんだこれぇぇ!」
普段は凛々しいウサギ耳の村長が、ジョッキを片手におっさんのような歓声を上げて俺にすがりついてきた。
「冷たい! 喉がシュワシュワ弾ける! なにより、苦いのに凄く美味しいわ、春太!」
「まあ、落ち着けってキャルル。こぼれるぞ」
ここは俺のスキル【マンション】の屋上。そこにはなぜか、長机とパイプ椅子、そして提灯のイルミネーションが飾られた『屋上ビアガーデン』の設備が完璧に整っていた。
俺が操作しているのは、業務用ビールサーバーだ。これもまた、マンションのインフラ(無限のガスと電気、そして謎の自動補充)の恩恵である。
「店長……俺、生きててよかった。前世で死ぬほど飲みたかった『仕事終わりの生中』が、まさか異世界で飲めるなんてな……!」
アラトもまた、ジョッキを両手で握りしめて男泣きしていた。
この世界のお酒といえば、常温のぬるいエールか、喉が焼けるようなキツイ蒸留酒しかないらしい。『氷点下まで冷やされた炭酸飲料』というのは、王族ですら滅多に口にできない極上の贅沢なのだ。
『日用品(業務用サーバー)』×『異世界のインフラ水準』=王侯貴族もひれ伏す至高の娯楽。
これぞ、文明の勝利である。
「ほら、つまみも焼けたぞ。俺のなけなしの銅貨が飛んだが、今日ばかりは奮発だ」
エプロン姿のアラトが、【家庭科】スキルで呼び出した卓上コンロと日本の調味料を使い、昼間仕留めたロックボアの肉を『ネギマ(タレ)』にしてこんがりと焼き上げていた。
「んんんーっ! お肉が甘辛くて、ビールに合いすぎるわぁ!」
キャルルがウサギ耳をパタパタと揺らしながら、猛烈な勢いで串を平らげていく。
数杯のビールが空き、心地よい酔いが回ってきた頃。
キャルルがぽつりと、夜空の月を見上げてこぼした。
「今日は半月ね。……満月じゃなくて、本当によかった」
「満月だとマズいのか?」
俺が焼き鳥を齧りながら尋ねると、彼女は自嘲気味に笑った。
「月兎族はね、満月になると力が溢れすぎて、ハイになっちゃうのよ。私なんて、マッハで走り回って手当たり次第に人を回復させちゃうから……。だから、王族たちは私たちを『便利な道具』か『愛玩用の妾』として籠の中に閉じ込めたがるの」
キャルルは、ジョッキの縁を指でなぞりながら続けた。
「私、本当はね。レオンハート獣人王国の、第三姫君だったのよ」
「「……は?」」
俺とアラトの声が見事にハモった。
「いやいや、姫君って! なんでそんなお姫様が、こんな辺境のポポロ村で村長なんてやってるんだよ!」
「近衛騎士隊長の候補にまでなったんだけどね。……窮屈だったのよ。王宮の飾り物として生きるのも、政略結婚の駒にされるのも。だから、全部捨てて亡命してきたの。この村の先代の村長さんに拾われて、冒険者稼業をしながら日銭を稼いでたってわけ」
彼女は、足元のタローマン製安全靴をトンと鳴らした。
「私は、自分の足で自由に生きたかった。だから、貧しくてもこのポポロ村が好きなの」
「……なるほどな。そりゃあ、奇遇だ」
アラトが、ポケットから飴玉を取り出してガリッと噛み砕いた。
「俺も、バレンタイン伯爵家っていう立派な貴族の三男坊でね。でも、魔法適性も中途半端だし、出たスキルが【家庭科】なんていう女中みたいな能力だったから、親父や兄貴たちから出来損ない扱いされて、家を追い出されたんだ」
アラトは夜空を見上げ、ふっと息を吐いた。
「前世は過労死するまで会社に縛られ、今世は家に縛られ、結局居場所なんてどこにもなかった。……あんたに拾われるまではな、店長」
二人とも、深い傷と過去を抱えていた。
俺のように「理不尽に死んだ」わけではないが、この異世界で息苦しさを抱えながら、必死に自分の居場所を探してもがいていたのだ。
俺は立ち上がり、二人のジョッキにビールを注ぎ足した。
「……俺も、前世はずっと独りだった。店長なんて名ばかりの管理職で、上からも下からも文句を言われて、アパートと店の往復だけで死んだ」
グラスを掲げ、俺は二人の目を見る。
「キャルル。アラト。お前たちはもう、独りじゃない」
「え……?」
「俺たちは、たまたまこのポポロ村で出会った。なら、ここを俺たちの『ホーム』にしよう。四LDKの部屋は、いつでもお前たちのために空けておくから」
打算など一切ない。
同じ理不尽を背負った仲間に対する、純粋な宣誓だった。
「春太……っ!」
キャルルが感極まったように瞳を潤ませ、俺の腕にガシッと抱き着いてきた。ウサギ耳が俺の頬をくすぐる。
「わ、私……春太のこと、絶対に離さないからね! ずっと一緒にいるんだから!」
「お、おい、ちょっと近いぞ村長」
「……やれやれ。俺も、あんたのそのお人好しには一生付き合ってやるよ、店長」
アラトが照れ隠しのように笑い、俺たちは再びグラスを合わせた。
冷たいビールと、温かい肉。そして、背中を任せられる相棒たち。
屋上のフェンスから眼下を見下ろすと、月明かりに照らされたポポロ村が見えた。
貧しく、防壁もボロボロの、小さな開拓村。
(――俺たちのホームを、こんな貧弱なままにしておくわけにはいかないな)
俺は、一階のホームセンターに眠る『園芸・農業コーナー』の在庫を思い浮かべていた。
「明日からは、本格的に忙しくなるぞ。まずは、あの痩せこけた畑をどうにかする」
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