EP 6
【実戦訓練】たかがノコギリと高圧洗浄機、されど現代の暴力
風の音だけが響く静寂の森で、俺たちは息を潜めていた。
メキィッ、バキィィィッ!と、大樹が次々とへし折られる凄まじい地響きが鼓膜を打つ。
木々をなぎ倒して姿を現したのは、岩のような装甲を纏った巨大なイノシシの群れ――まるで暴走する重戦車だった。
「ロックボアの群れだ! 六頭もいやがる。本来ならBランクの冒険者パーティが束になってようやく相手にする連中だぞ!」
木の上に陣取ったアラトが、冷や汗を流しながら弓を引き絞る。
「焦るな、アラト。予定通り、動線に誘導しろ」
「了解だ、店長!」
ヒュッ!
アラトの放った矢が、先頭のロックボアの岩装甲に弾かれ、甲高い音を立てた。
ダメージはないが、挑発としては十分だ。完全にこちらを敵と認識した六頭の重戦車が、血走った目で真っ直ぐに突進してくる。
時速六十キロは超えているだろう。まともに轢かれればミンチだ。
だが、俺はスコップを杖代わりに寄りかかり、ただ突っ立っていた。
『ブヒィィィィィィッ!!』
先頭の二頭が、俺のいる手前二十メートルの空間に踏み込んだ瞬間だった。
――ビィンッッ!!
「ギュ、ギャアアアッ!?」
強烈なブレーキ音が森に響いた。
先頭の二頭が突然、空中で見えない壁に激突したように顔面と前足を弾かれ、凄まじい勢いで地面を転げ回った。
アラトが自然魔法で偽装していた、ホムセンの『建築用ワイヤー』だ。
異世界の魔獣は、闘気で物理防御力を上げている。だが、ワイヤーという「極細の線」に対する耐性はない。時速六十キロの運動エネルギーと数トンの体重が、ピアノ線のようなワイヤーに一点集中で食い込んだのだ。
結果、闘気の装甲ごと肉を深く切り裂かれ、二頭は自滅して戦闘不能になった。
「次! 止まるなよ!」
後続の二頭は、倒れた仲間を冷酷に踏み越えて突っ込んでくる。
だが、そこは俺たちがスコップで掘り返した場所だ。枯れ葉の偽装を踏み抜き、二頭はズボッと深い落とし穴へと落下した。
『ガァッ!? ギャアアアアアアアアッ!!』
今までで一番強烈な悲鳴が上がった。
穴の底にビッシリと上向きに打ち込まれた『五寸釘』。現代工業の粋を集めた鋼の極太釘が、ロックボアの柔らかい蹄や腹を容赦なく貫通し、完全に動きを封じたのだ。
「残り二頭! 一頭は俺がやる!」
木の上からアラトが矢を放つ。今度は装甲ではなく、罠を見て一瞬動きが鈍った個体の『眼球』を正確に射抜いた。
脳を破壊された一頭が、ズザザザッと土煙を上げて沈む。
残るは一頭。
だが、そいつは群れの中で一番デカく、装甲も分厚い『アルファ(群れのボス)』だった。
アルファは仲間の死骸を足場にして落とし穴を跳び越え、怒り狂って俺に狙いを定めた。
「店長! 躱せ!」
アラトが叫ぶが、俺は動かない。
(……包丁を持ったクレーマーに「誠意を見せろ」と三時間凄まれたあの夜に比べれば、ただ直進してくるだけの猪なんて、よっぽど素直で可愛いもんだ)
俺は冷静に足元の『くさび』を思い切り蹴り飛ばした。
バキィィィィンッ!!
俺の横にあった太い立ち木が、アルファの側面に倒れ込んだ。
事前に、ホムセンの『大工用ノコギリ』で幹の九割を切断し、くさびでギリギリ支えていたのだ。異世界の粗悪な斧では半日かかる大木も、現代のノコギリなら十分で切れる。
「ブベェッ!?」
横から大木にビンタされたアルファは、体勢を崩して見事に俺の真正面――『台車』の前に転がり込んできた。
「いらっしゃいませ。ここからは水洗い(オプション)になります」
俺は台車に積んだポータブル電源のスイッチを入れ、『業務用高圧洗浄機』のトリガーを引いた。
ドドドドドドドドドッ!!!
けたたましいモーター音と共に、先端のノズルから一五メガパスカルという超高圧の水流が射出された。
『身近な日用品』×『流体力学』×『異世界の常識外れ』=凶悪な物理ダメージ。
ロックボアの岩装甲は、剣や魔法を弾く。だが、水流の侵入は防げない。
超高圧の水柱は、アルファの眼球、鼻の穴、耳の穴という『粘膜』にピンポイントで直撃した。
『――――――ッ!?!?!?』
声にならない絶叫。
人間でも、洗車用の高圧洗浄機を素肌に当てれば肉が削げる。それを顔面の粘膜の穴という穴からブチ込まれたのだ。
アルファは脳髄を揺らす激痛と、呼吸器に水が逆流するパニックで完全に狂い、白目を剥いてのたうち回った。闘気など、もはや霧散している。
「アラト! トドメ!」
俺が叫ぶと、木の上にいるアラトがポケットから飴玉を取り出し、口に放り込んだ。
ガリッ!!
「……お前のやり方、本当にエグいな店長! 最高だぜ!」
アラトの弓に風の魔法が収束する。
「――『トルネード・シュート』!!」
放たれた矢は竜巻を纏い、もがき苦しむアルファの無防備な首筋に深々と突き刺さった。
アルファの巨体がビクンと跳ね、ついに完全に沈黙した。
「……終わったか」
高圧洗浄機の電源を切ると、森に再び静寂が戻った。
「ちょっと! あんたたち無事!? 凄い音がしたから走ってきたんだけど――」
息を切らして駆けつけてきたキャルルは、六頭のロックボアの死骸と、無傷でスコップに寄りかかっている俺たちを見て、あんぐりと口を開けた。
「……Bランクの群れを、たったの三分で、無傷で全滅させたの……? 魔法も使わずに……?」
「ああ。全部、うちの店の商品でな」
俺が笑って高圧洗浄機のノズルを肩に担ぐと、キャルルはペタンとへたり込んだ。
「はぁ……流石に足が震えてきた。緊張の糸が切れたわ」
アラトが木から降りてきて、ドサッと地面に座り込む。俺も実は、膝がガクガクだった。
「俺もだ。なあ、店長。お前の『マンション』って、屋上あるのか?」
「あるぞ。ビールサーバー付きの屋上ビアガーデンがな」
「最高だ。帰って打ち上げにしようぜ」
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