EP 4
『地獄の接待スタート!究極のラーメンをどうぞ』
夜。
ポポロ村のホムセン『タローマン』の裏手に急造された特設VIPルームは、異様な緊張感と、それを上回る『胡散臭い歓迎ムード』に包まれていた。
元々は防壁用のセメント袋を積んでおくためのプレハブ倉庫だったが、俺のホムセン知識をフル動員して内装をごまかした。床には園芸用の高級防草シート(見た目はベルベット調)を敷き詰め、照明にはアウトドア用の暖色系LEDランタンを配置して、薄暗くも雰囲気のある『隠れ家風料亭』を演出している。
「オロチ会長、どうぞこちらへ! 足元にお気をつけください!」
俺はVIPルームの入り口で、前世の高級クラブの黒服も顔負けの角度で深く頭を下げ、今夜の主役を迎え入れた。
「みゃあ。なんだか薄暗くてカビ臭い部屋だぎゃあ。これが限界集落の精一杯のおもてなしっちゅーやつかや」
紫のダブルスーツに、極太の金ネックレスをジャラジャラと鳴らしながら、ゴルド商会のオロチ会長がドスドスと足音を立てて入ってきた。
その後ろには、屈強なオーク族の護衛が二名、威圧感たっぷりに控えている。
オロチは、部屋の中央に置かれたタローマン特製の折りたたみ式テーブル(高級木目調シート貼り)の前にどっかりと腰を下ろし、色付きサングラスの奥で周囲を値踏みするように見回した。
「まぁ、ワシのような雲の上の存在を招くには、百段階くらい格が落ちるが……おミャーのその『下っ端根性』に免じて、今夜は目を瞑ってやるだぎゃ」
「寛大なお言葉、恐悦至極に存じます! ささっ、まずは喉を潤していただきましょう!」
俺は満面の営業スマイルを張り付けたまま、よく冷えたグラスに村の特産品であるエールを注いだ。
「オロチ会長の輝かしいゴルド商会の発展と、明日の素晴らしき契約に……乾杯!」
「おう。ワシの偉大さに乾杯だぎゃ」
オロチは偉そうにグラスを傾け、エールを一気に飲み干した。
接待の極意。それは、相手に「自分がこの場で最も偉く、全てを支配している」と完全に錯覚させることだ。
俺は前世の社畜時代、無能なくせにプライドだけは富士山より高い重役たちを、この絶対肯定の接待術で気分良くさせ、数々の理不尽な要求をのらりくらりと躱してきた。
だが、今夜の接待は躱すためのものではない。相手を破滅の落とし穴へと誘導するための『撒き餌』である。
「さて、オロチ会長。今夜は我が村の天才料理人が、会長の肥えた舌を唸らせるために、全身全霊を込めたフルコースをご用意いたしました」
「ほう。フルコースとな。帝国の迎賓館で食うようなフレンチでも出せるっちゅーのかや?」
「いえいえ、気取った料理はゴルド商会様の足元にも及びません。本日は、大自然の恵みをそのまま活かした『野趣あふれる逸品』でございます」
俺がパンッと手を叩くと、奥ののれんから、真っ白なコックコート(ホムセンの白衣)を身に纏ったアラトが、料理を乗せたワゴンを押して現れた。
テーブルに並べられたのは、ルナが育てた特大椎茸のバターソテー、ロックバイソンの特上肩ロースの炭火焼き、そして新鮮な陽薬草のサラダだ。
どれも素材の味を極限まで引き出した、アラト渾身の前菜である。
オロチはナイフとフォークを乱暴に使い、肉を口に運んだ。
「……モグモグ。みゃあ、まぁまぁ食える味だぎゃあ。肉は柔らかいし、キノコもええ香りだわ」
オロチは満足そうに咀嚼したが、すぐに鼻でフンッと笑った。
「だが、所詮は田舎料理だぎゃ。ゴルド商会の専用シェフが作る、キャビアとフォアグラのステーキに比べりゃ、ただの家庭の延長だわ。ワシの舌を震わせるには、ちーとばかしインパクトが足りんみゃあ」
完全にマウントを取りにきている。
俺の背後の壁の裏で待機しているキャルルが、「あの野郎、アラトの料理をバカにしやがって……!」と小声で歯ぎしりしているのが聞こえたが、俺はニコニコと笑いながら深く頷いた。
「おっしゃる通りでございます! さすがはオロチ会長、数々の超一流の美食を味わってこられたその絶対味覚、ごまかしは利きませんね! いやはや、恐れ入りました!」
「がはははっ! そうだろう、そうだろう! ワシを満足させるのは、そう簡単なことじゃにゃあのだぎゃ!」
オロチは完全に有頂天になり、葉巻に火をつけてふんぞり返った。
俺は、相手のプライドが天頂に達したこの瞬間を見逃さなかった。
「……しかし、オロチ会長。今お召し上がりいただいたのは、あくまで『ただの前菜』に過ぎません」
俺は声のトーンを一段階落とし、もったいぶった、ミステリアスな笑みを浮かべた。
「我がタローマンが、ゴルド商会様に『ぜひ独占販売していただきたい』と自負する、本日のメインディッシュ。……オロチ会長のような、真の価値がわかる大人物にしか、この凄まじさは理解できないかもしれません」
「ほう?」
オロチがサングラスの奥の蛇目をギラリと光らせ、身を乗り出してきた。
「ええ度胸だぎゃあ。ワシをそこまで煽るとはな。よかろう、そのメインディッシュとやら、ワシが直々に審査してやるぎゃ。もし期待外れだったら、明日の契約書は、さらにワシに有利な条件に書き換えさせてもらうでな」
「御意。……アラト、メインディッシュをお持ちしろ」
俺の合図で、アラトが再びワゴンを押して登場した。
ワゴンの上には、銀色のクロッシュ(蓋)が被せられた皿が一つだけ鎮座している。
その隙間からは、すでに尋常ではない『暴力的な旨味の香り』が漏れ出していた。
「オロチ会長、こちらが我が村の粋を集めた究極の麺料理……『ワンカップラーメン・VIP仕様』でございます」
パカッ。
アラトが銀の蓋を開け放った。
現れたのは、タローマン特製の耐熱ガラス製『ワンカップ容器』。
その中には、黄金色に揚げられたちぢれ麺と、特製の粉末ダシが美しくセットされている。
だが、まだスープは入っていない。
「なんだこりゃ? 貧乏くさいガラス瓶に、カピカピの干からびた麺が入っとるだけだぎゃあ。これが究極の料理だと?」
オロチが怪訝な顔で顔をしかめる。
「フフフ。会長、スープは『今、この場』で注ぐのが、最も美味しい召し上がり方なのです。……アラト」
「へいお待ち」
アラトが、ワゴンの下から、グツグツと煮えたぎる巨大なヤカンを取り出した。
その中に入っているのは、ロックバイソンと特大椎茸の旨味を極限まで濃縮したダシに、度数40のポテトウォッカ&芋焼酎『イモッカ』を限界ギリギリの八割の比率でブレンドした、まさに『飲む致死量』とも言える特製スープだ。
――ジュワァァァァァァァァァッ!!!
アラトがヤカンを傾け、熱々の特製スープをワンカップの中に一気に注ぎ込んだ。
その瞬間。
狭いVIPルームの中に、爆発的な『豚骨魚介の圧倒的ジャンクな旨味』と、脳髄を直接刺激する『強烈なアルコール蒸気』が、白い湯気となってモワァァァッと立ち上った。
「おおっ!?」
オロチが、思わず椅子から腰を浮かせた。
「ど、どえりゃあ美味そうな匂いだぎゃあ……! 鼻腔を突き抜けるこの野性的な肉の香りと、妙に甘くて刺激的な香り……。ワシの胃袋が、勝手に鳴り出しとるだぎゃ!」
オロチは鼻をひくひくさせ、サングラスの奥の目をカッと見開いてワンカップ容器を凝視した。
かかった。
俺は心の中でガッツポーズをした。
アラトの料理の腕前が、オロチの警戒心を完全に解き、ただの『食欲の奴隷』へと陥落させたのだ。
この圧倒的な旨味の香りに包まれてしまえば、それが『度数40の熱々の酒』であることなど、絶対に気づくはずがない。
「さあ、オロチ会長。熱いうちにどうぞ」
俺は割り箸を割り、うやうやしくオロチへと差し出した。
「この『ワンカップラーメン』は、豪快に音を立てて、スープごと一気にすするのが最高の味わい方でございます。どうか、遠慮なさらずに!」
「おう! そういうことなら、ワシが直々に毒見してやるだぎゃあ!」
オロチは割り箸をひったくるように受け取り、ワンカップのガラス容器を鷲掴みにした。
そして、まだ熱々の湯気(アルコール蒸気)が立ち上るちぢれ麺を、たっぷりと特製イモッカスープに絡ませて、大きく口を開けた。
「いただきますだぎゃああッ!!」
成金社長のオロチが、ズズズッ! と豪快な音を立てて、悪魔のスープごと麺を一気に胃袋へと流し込む。
俺とアラトは、その瞬間を、息を呑んで見守った。
大企業の親玉の理性を完全に焼き切る、ホムセン流・最凶のアルコール爆弾が、今まさに炸裂しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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