EP 3
『成金社長の買収騒動!イモッカ・ラーメンと完璧な被害者ムーブ』
第3話:『強欲アイドルと悪魔の料理人、接待の準備』
「ひはははっ! いいぞ、いい香りだ! これぞまさに、大企業の親玉を社会的に抹殺するための『死のスープ』だぜ!」
タローマンの厨房内には、昨日以上の強烈なアルコール蒸気が充満していた。
換気扇がフル稼働しているにも関わらず、息を吸うだけで喉の奥がカーッと熱くなるような危険な空間。防毒マスクを装着した俺とアラトは、煮えたぎる大鍋を囲んで悪魔のような笑みを浮かべていた。
「どうだアラト、イモッカの仕上がりは」
「完璧だ。昨日の『度数40』をベースに、今回はさらに『揮発性』を高めるための工夫をした。熱々の豚骨風ダシと混ぜ合わせた瞬間に、アルコール成分が一気に気化して、鼻の粘膜から脳髄へ直接ダイレクトアタックする仕様だ」
アラトが長いお玉で鍋の中身をすくい上げる。
一見すると、普通の濃厚な豚骨魚介スープだ。だが、その実態は『スープ二割、熱々のイモッカ八割』という、前世のロシア人すら裸足で逃げ出す狂気の配合である。
「ターゲットのオロチは『舌が肥えている』と豪語していた。だから、一口目の『旨味』だけは本物じゃなきゃいけない。ロックバイソンの骨髄のコクと、特大椎茸の旨味成分を極限まで濃縮して、アルコールの刺激をギリギリまでカモフラージュするんだ」
「さすが店長、わかってるじゃねえか。旨味という名の罠で警戒心を解き、一気に致死量(泥酔レベル)のアルコールを胃袋に流し込ませる。一口すすった瞬間に、あのパンチパーマの理性のストッパーは完全に焼き切れるはずだぜ」
俺たちは、完成した『VIP仕様・イモッカ仕立てのワンカップラーメン』の仕込みを終え、ガッチリと固い握手を交わした。
大企業の横暴な買収要求に対する、ホムセン流の絶対防衛線。その最強の武器は、すでに装填を完了していた。
厨房を出て、マスクを外して深呼吸をしていると、店舗の隅から何やら『キュッ、キュッ』という奇妙な摩擦音が聞こえてきた。
「……ん? なんだ?」
俺が音のする方へ向かうと、防犯グッズコーナーの陰で、青い芋ジャージ姿のリーザが、凄まじい形相で何やら小さな金属片を布で磨き上げていた。
「キュッ、キュッ、キュッ……! 輝け……私の圧倒的な輝きを乗せて、さらに煌びやかに光りなさいですの……!」
リーザの目は完全に血走り、瞳の中にはゴールド貨幣のマークが浮かんでいるように見えた。
「おい、リーザ。こんなところで何やってるんだ」
「ひゃっ!? は、春太プロデューサー!?」
ビクッと肩を跳ねさせたリーザだったが、すぐにコホンと咳払いをし、磨いていたものを得意げに掲げた。
「フフフ。見ての通り、明日のアイドルの頂点を目指すための『自己投資(錬金術)』の真っ最中ですの」
彼女の指先に摘まれていたのは、真ん中に穴の空いた一枚の硬貨。
――昨日のレジ前で、俺が「顔面パイ」をぶつけて完全否定した『ピカピカに磨き上げられた五円玉(銅粒)』だった。
「お前、まだその『銅粒は金貨だ』っていう詐欺を諦めてなかったのか。言っておくが、そんなおもちゃのメダル、うちのレジじゃ一円の価値も――」
「違いますの!!」
リーザが俺の言葉を遮り、鼻息を荒くして立ち上がった。
「春太プロデューサーには、このプレミアム・アイドル・コインの価値がわからないだけですの! でも、あの紫のスーツの『オロチ会長』なら、絶対にこの価値を理解してくれるはずですわ!」
「は? オロチにこれを売りつける気か?」
「当たり前ですの! あの首に巻いた太い金のネックレス! あの趣味の悪い……じゃなくて、ゴージャスな金ピカの馬車! あのおじ様は、間違いなく『圧倒的な成金(太客)』の匂いがしますの!」
リーザは五円玉を頬にすりすりしながら、完全にタガの外れた強欲スマイルを浮かべた。
「あのような成金は、キラキラ光るレアなものに目がないんですの! 私がこの『宇宙に一つだけのプレミアム金貨』をちらつかせれば、あのオロチ会長は喜んで金貨百枚くらいで買い取ってくれますわ! そうすれば、私は一生タローソンの高級肉を……ふへへへっ」
完全に捕らぬ狸の皮算用、あるいは典型的な詐欺師の思考回路である。
普通なら、ここで再び顔面パイの刑に処すか、「相手は大企業の会長だ、そんな子供騙しが通用するか」と一蹴するところだ。
だが。
俺の『社畜の悪知恵』が、このリーザの狂った強欲さを、最高に有効活用するピースとしてカチリとはまり込んだ。
「……待てよ」
俺は顎に手を当て、オロチの失脚計画を脳内で高速で再構築した。
アラトの『イモッカ・ラーメン』で、オロチを完全に泥酔させ、理性を吹き飛ばす。
そこへ、リーザの『五円玉(偽造硬貨)』が投入されたらどうなる?
ただでさえラリっている成金社長が、意味不明な偽造硬貨を握らされ、その状態で暴れ回ったとしたら……。
(……完璧だ。大企業の会長が『薬物中毒で発狂』した上に、『通貨偽造』というルナミス帝国の重罪までセットでかぶせることができる。これ以上ない、完全無欠の『社会的抹殺』の完成だ)
俺の口角が、自然と、そして最高に邪悪な角度に吊り上がった。
「春太プロデューサー? なんでそんな、魔王みたいな顔をしてるんですの?」
俺の笑顔を見たリーザが、思わず一歩後ずさる。
「……いや、なんでもない。リーザ、お前のその『アイドル・プレミアム・コイン』の価値、俺もようやく理解できたよ」
「えっ!? ほ、本当ですの!? ついに私の Love & Money の精神が伝わったのですわね!」
リーザが目を輝かせる。
「ああ。だから今夜、オロチ会長への『歓迎の宴』に、お前も特別キャストとして参加しろ。そして、絶好のタイミングで、その五円玉をオロチに『会計の代わり』として握らせるんだ」
「お会計の代わりに? よくわかりませんけど、あの太客のおじ様と直接交渉できるなら、断る理由はありませんの!」
リーザはガッツポーズをし、さらに五円玉をキュッキュと磨き始めた。
「よし。これで役者は揃ったな」
俺は満足げに頷き、ホムセンの裏手に作られた『特設VIPルーム』へと足を向けた。
プレハブ小屋の在庫置き場を急造で改装したその部屋には、場違いなほど豪奢な赤い絨毯が敷かれ、タローマンの最高級折りたたみテーブルが鎮座している。
「春太、本当にこれでいいの?」
VIPルームの設営を手伝っていたキャルルが、不安げな顔で俺に近づいてきた。
「あのオロチって男、護衛の数も多いし、もし接待でヘマをしたら、言いがかりをつけられて村ごとゴルド商会に制圧されかねないわよ」
「心配するな、キャルル。接待ってのはな、相手に『自分が王様だ』と錯覚させることが一番のキモなんだ。……そして、王様気取りのバカが、自分の足元にある落とし穴に気づかずに真っ逆さまに落ちていく姿を、俺たちは安全な場所から見下ろすだけだ」
俺はキャルルの肩を軽く叩き、不敵に笑った。
「お前は村長として、後で帝国軍の警備隊に通報する準備だけしておいてくれ。明日の朝には、ゴルド商会の会長サマは、パンツ一丁で泣きながら帝国軍に連行されることになるからな」
「……パンツ一丁? 意味がわからないわよ」
キャルルが呆れたようにため息をつく。
空が茜色に染まり、やがてポポロ村に夜の帳が降りる。
成金社長の横暴な買収を粉砕するための、ホムセン流『地獄の接待』。
度数40の悪魔のスープと、強欲アイドルが磨き上げた一枚の五円玉が、ゴルド商会会長・オロチの運命を狂わせる時間が、すぐそこまで迫っていた。
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