EP 2
『オロチの横暴な買収要求と、社畜の営業スマイル』
「……で、どうするんだぎゃ? ここにサインすれば、おミャーらのガラクタ屋も、名誉あるゴルド商会の三下の末端に加えてやるっちゅーとるんだわ。どえりゃあ名誉なことだぎゃあ?」
ホムセン『タローマン』の一階、特設された商談スペース(要するに折りたたみ式の長机とパイプ椅子)。
ゴルド商会の会長オロチは、紫色のダブルスーツを窮屈そうに揺らしながら、パイプ椅子にふんぞり返っていた。太い足を長机の上にドカッと乗せ、金の極太ネックレスをジャラジャラと弄んでいる。色付きサングラスの奥の蛇目が、俺たちを完全に見下していた。
長机の上に叩きつけられた契約書には、タローマンの知的財産権、および商品の独占販売権を、信じられないような端金(金貨十枚)でゴルド商会へと譲渡する、という奴隷契約がびっしりと書かれていた。
「あの、オロチ会長様……。この『独占販売権』の項目ですが、我が店の利益がほとんど出ないような計算になっているのですが……」
俺が契約書を指差すと、オロチは鼻で「フンッ」と笑い、長机の上の灰皿に特大の葉巻の灰を落とした。
「当たり前だぎゃあ! おミャーらみたいな辺境の素人が、大陸規模の流通網を持つワシらと対等に儲けようなんて、百年早いわ! おミャーらは、ワシの言う通りに工場でガラクタ(商品)をせっせと作って、ワシに納品してりゃあええんだわ。あとの美味い汁は、全部ワシが吸う。これが経済の仕組みっちゅーもんだぎゃ!」
あまりにも直球で、あまりにも横暴な搾取宣言。
前世のブラック企業の上層部でも、ここまで隠さずに強欲を剥き出しにする奴は少なかった。
「……アンタねぇッ!!」
俺の背後で、契約書の内容を盗み見ていた村長キャルルが、ついに限界を迎えて激昂した。
彼女の月兎族特有の長い耳が怒りで逆立ち、腰のダブルトンファーがカタカタと鳴る。
「さっきから黙って聞いてりゃ、調子に乗りやがって! 誰がそんな奴隷みたいな契約にサインするか! 金ピカの馬車ごと、そのふざけたパンチパーマを粉々に叩き割って――」
「おっとっと! キャルル村長、落ち着いてください!」
俺は俊敏な動きでキャルルの前に回り込み、彼女の両肩をガシッと掴んで強引に後方へと押し下げた。
「な、何すんのよ春太! こいつ、完全にウチの店を乗っ取る気よ!?」
「わかってます、わかってますから! オロチ会長、申し訳ありません! うちの村長はまだ若く、大人のビジネスというものが分かっておらんのです!」
俺はキャルルに背を向け、オロチに向かって再び、角度九十度の完璧な『社畜の最敬礼』を繰り出した。
顔面には、前世で理不尽なクレーマーを何百人もあしらってきた、一ミリの揺らぎもない『営業スマイル』が張り付いている。
「さすがオロチ会長、どえりゃあ……あ、いや、大変勉強になります! 『美味い汁は上の人間が吸う』、これぞまさに組織の、そして社会の真理でございますね! 前世……じゃなくて、若い頃の苦い経験を思い出して、身が引き締まる思いです!」
「おおっ!? おミャー、話がわかるぎゃあ!」
オロチはサングラスを少し下げて、感心したように俺を見た。
「そうだわ! 下が汗水流して、上が金を転がす! これがゴルド商会の鉄則だぎゃ! おミャー、しがない村人かと思えば、なかなかに『社畜の素質』があるがや!」
「恐悦至極に存じます!」
俺は揉み手をしながら、さらに言葉を重ねた。
「このような素晴らしいゴルド商会様の傘下に加わらせていただくのです。ただサインするだけでは、あまりにも味気ない。ぜひ、今夜、我が店の総力を挙げました『大歓迎の接待の宴』を開催させていただきたく存じます!」
「ほう、接待かや?」
「はい! 昨日、ゴッドチューブで大反響を呼びました、我が店の特製麺料理……通称『ワンカップラーメン』を、オロチ会長のためだけに、最高級の食材を用いて特別にカスタマイズした『VIP仕様』でご提供いたします。契約書の細かい捺印の儀は、その美味い料理と酒で、お心を潤していただいてからということで……いかがでしょうか?」
俺が言葉巧みに提案すると、オロチは金のネックレスをジャラジャラと鳴らしながら、満足そうに鼻の穴を膨らませた。
「みゃあ、おミャーがそこまで言うなら、受けて立ってやるぎゃあ。ワシは帝国の最高級料亭の味を知っとるで、その辺の泥臭いラーメンでワシを満足させられると思ったら大間違いだぎゃ? まぁ、せいぜい頑張ってみるみゃあ」
「はい! オロチ会長の度肝を抜くような『一撃』をご用意いたしますので、どうぞお楽しみに!」
俺はもう一度深く頭を下げ、オロチを護衛付きで村の高級宿舎(といっても、ホムセンのプレハブを改装したゲストルームだが)へと案内させた。
金ピカの馬車が宿舎へと向かい、オロチの姿が見えなくなった瞬間。
俺の顔から、へりくだった営業スマイルがスッと消え去り、絶対零度の『社畜の殺気』へと切り替わった。
「……ふぅ。相変わらず、胸糞悪いクソ上司(クソ客)の典型だな、あいつ」
俺が首の骨をボキボキと鳴らすと、後ろでずっと不満そうに腕を組んでいたキャルルが、ジト目で睨みつけてきた。
「ちょっと春太。アンタ、本気であんなヤツの奴隷になる気じゃないでしょうね? いくら大企業だからって、ウチの防犯グッズの権利を金貨十枚で渡すなんて、絶対に許さないんだから!」
「当たり前だろ、キャルル。誰が渡すかよ」
俺は冷たく笑い、作業着のポケットからオロチに押し付けられた契約書を取り出すと、それを目の前でビリビリと容赦なく真っ二つに引き裂いた。
「えっ……? じゃあ、さっきのあのペコペコした態度は……」
「『接待』だよ。……前世のブラック企業じゃな、こういう話の通じない強欲なクソ客を合法的に社会から抹殺するために、あえて過剰な接待をして、自滅に追い込むっていう高等戦術があったんだ」
俺は引き裂いた契約書をゴミ箱に放り込み、厨房の方を振り返った。
「おい、アラト。聞いてたな?」
厨房ののれんをくぐって出てきたアラトは、すでに防毒マスクを首にかけ、最高に邪悪な笑みを浮かべていた。
「ひはははっ! バッチリ聞いてたぜ、店長。大企業の会長サマ直々のオーダーだ、とびきりの『VIP仕様』にしてやるよ」
「ああ。ターゲットの舌は肥えてるらしいからな。ダシの旨味は最高級のものを使え。……ただし、スープの『イモッカ(度数40)』の比率は、昨日の宴会の倍、いや、限界まで濃くしろ。熱々に熱して、揮発したアルコール蒸気が鼻から脳へ直接ダイレクトアタックするように仕込むんだ」
「おうよ! 一口すすった瞬間に、理性の導火線が消し飛ぶような『劇薬ラーメン』を爆誕させてやるぜ!」
アラトが親指を立て、再び厨房の奥へと消えていく。
「……アンタたち、本当に魔王軍よりタチが悪いわね」
一部始終を見ていたキャルルが、少しだけ引きつった顔で俺たちを見つめていた。
「でも、あんな大物の会長を相手に、そんな小細工で本当に追い返せるの?」
「追い返すんじゃないさ、キャルル」
俺はニヤリとゲスい笑みを浮かべ、レジの下の『防犯コーナー』に目をやった。
「自分から、破滅の底へ飛び込んでもらうんだよ。……さあ、今夜はポポロ村の歴史に残る、最高に大人げない『おもてなし』の始まりだ」
大企業の横暴な買収要求に対し、元・限界社畜が仕掛けるのは、合法的なトラップ。
成金社長オロチの輝かしい経歴を、パンツ一丁の泥濘へと叩き落とすためのカウントダウンが、静かに始まっていた。
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