第七章『成金社長の買収騒動!イモッカ・ラーメンと完璧な被害者ムーブ』
『成金社長の襲来!昭和のパチンコ・スタイル』
度数40の『イモッカ・ラーメン』がもたらした、あの地獄のような月下の狂宴から一夜。
二日酔いで全滅していたヒロインたちも、陽薬草ドリンクの強烈な苦味とたっぷりの睡眠のおかげで、昼下がりにはなんとか通常稼働できるまでに回復していた。
「あー、まだ少し頭の奥がズキズキしますの……。でも、タダ飯のカロリーはしっかりと私の血肉になりましたわ」
「私も、なんだか羽の先っぽが重いよぉ……。でも、昨日の配信のアーカイブ見たら、スパチャがまた少し増えてたから頑張るっ!」
タローマンの店内で、青い芋ジャージ姿のリーザがモップ掛けをし、キュララが商品の陳列棚を整理している。
村長のキャルルは、昨日の『夜の屋上での甘えん坊モード』がよほど恥ずかしかったのか、俺と目を合わせるたびに「な、何も見てないわよねッ!?」とウサギ耳を真っ赤にして逃げ回っていた。
「……まぁ、平和なもんだ。昨日の宴のツケは、労働できっちり返してもらうからな」
俺はレジカウンターで在庫のリストをチェックしながら、ほっと息を吐き出した。
魔王軍の襲撃も、ヤラセ勇者の炎上劇も退け、ようやくポポロ村に『何事もない穏やかな日常』が戻ってきた。そう思っていた、まさにその時だった。
――シャン、シャン、シャンッ!
――パカラッ、パカラッ、パカラッ!
村の入り口の方から、やたらと耳障りな鈴の音と、重々しい馬の蹄の音が響いてきた。
「ん? なんだあの馬車。行商人にしては趣味が悪すぎるぞ」
俺が店先に出て広場を見ると、そこには目を疑うような物体が停まっていた。
車体全体に、これでもかというほど『金箔』が貼り付けられた、異常なまでに成金趣味の極悪な馬車だ。太陽の光を反射してギラギラと輝いており、直視するだけで目が痛くなる。
四頭立ての屈強な馬に引かれたその金ピカの馬車が、タローマンの目の前でド派手に停車した。
「……なんだなんだ? どこの貴族のお出ましだ?」
アラトが厨房から顔を出し、目を細める。
キャルルも警戒したようにダブルトンファーを腰に構え、村人たちも遠巻きにその異様な馬車を見つめていた。
ガチャリ、と。
金色の装飾が施された馬車の扉が開き、中から一人の男が降り立った。
「……みゃあ。どえりゃあ辺境だぎゃあ。こんな土ボコリまみれの村に来たせいで、ワシの特注の革靴が汚れちまっただぎゃ」
降りてきた男を見て、俺は前世の記憶を強く刺激され、思わず絶句した。
年齢は五十代半ば。
パンチパーマのように縮れた髪をオールバックに撫でつけ、ギラギラとした色付きのサングラス(ティアドロップ型)をかけている。
服装は、なぜかファンタジー世界には似つかわしくない、肩幅の異様に広い『紫色のダブルスーツ』。その胸元は大きくはだけており、船を繋ぎ止める錨の鎖かと思うほど極太の『金のネックレス』がジャラジャラと輝いていた。
一言で言えば、前世の極東の島国に存在した『昭和のパチンコ屋の社長』、あるいは『地上げ屋の親玉』そのもののスタイルである。
「……な、なんだあの成金趣味のオッサン。あの紫の服、目がチカチカするわね」
キャルルがドン引きしながら呟く。
男がサングラスの奥からこちらをギロリと睨んだ。その瞳の瞳孔は、縦に細長く裂けている。蛇目族の亜人だ。
「おい、そこのウサギのネーチャン! オッサンとは失礼だぎゃあ! ワシは大陸屈指の大企業、『ゴルド商会』の会長、オロチ様だぎゃ!!」
コテコテの謎のなまり(名古屋弁風)を丸出しにしながら、オロチと名乗った男がふんぞり返った。
「ゴルド商会……?」
俺が首を傾げると、横からキャルルが小声で教えてくれた。
「春太、気をつけて。ゴルド商会って言ったら、ルナミス帝国の経済を裏で牛耳ってるって噂の巨大商会よ。手段を選ばない強引な買収と、粗悪品のボッタクリ販売で大きくなったブラック企業よ」
なるほど、ブラック企業の親玉か。
俺の前世の『社畜の勘』が、この男がとてつもなく厄介なトラブル(クレーマー)であることを告げていた。
「おい、そこでおかしな看板出しとるプレハブ小屋! 『タローマン』っちゅーのはここか?」
オロチが、ドスドスと偉そうな足取りでホムセンの入り口までやってきた。
そして、俺が苦労して陳列した園芸用品や防犯グッズを、靴のつま先でツンツンと蹴りながら鼻で笑った。
「ゴッドチューブの配信で小賢しく小銭を稼いどるっちゅーから、どんな立派な店かと思えば……どえりゃあ貧乏くさい店だぎゃあ。こんなガラクタばっかり並べて、よく商売が成り立っとるもんみゃあ」
ピキッ。
オロチのその一言で、俺の背後にいたキャルルのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……アンタねぇ。人の村に勝手に入ってきて、ウチの店長が丹精込めて作ったお店をガラクタ呼ばわりするなんて、いい度胸してるじゃない」
キャルルが一歩前に出て、腰のトンファーに手をかけようとする。
マズい。相手は腐っても大陸屈指の巨大商会のトップ。ここで物理的に手を出せば、帝国軍や経済制裁をちらつかせてポポロ村ごと潰しにかかってくるに違いない。
「おっと、キャルル、ストップだ」
俺はキャルルの前にスッと立ち塞がり、彼女の肩を軽く叩いて制止した。
「春太? でもこいつ、ウチの店を……!」
「いいから、下がってろ」
俺は、表情筋を一瞬で切り替えた。
前世で、どんな理不尽な取引先や、パワハラ全開の役員を相手にする時にも使ってきた、俺の最大の武器。
自我を完全に殺し、相手のプライドだけを天の彼方まで持ち上げる、究極の『絶対服従・社畜スマイル』である。
「いやはや! これはこれは、ゴルド商会のオロチ会長殿! まさかこんな辺境の小さな店に、あなた様のような雲の上の大人物がご足労くださるとは! タローマン店長の神城春太と申します!」
俺はモミ手をして、腰を九十度に曲げるほどの深いお辞儀をした。
「……春太?」
普段の俺からは想像もつかないような媚びへつらう態度に、キャルルがポカンと口を開ける。
だが、オロチはその俺の態度を見て、すこぶる機嫌を良くしたように「ふんっ」と顎を反らした。
「ほお、貧乏くさい店の割には、店長の教育はしっかりしとるようだな。ワシの偉大さがわかっとるなら話は早いわ」
オロチは紫のスーツの襟を正し、色付きサングラスの奥で蛇の目を細めた。
「ワシはな、おミャーらの店の動画を見たんだわ。あの防犯用のスプレーだの、変な泡が出る筒だの……それに、昨日の宴会で出たっちゅー『ワンカップのラーメン』とやら。あれの製法と権利を、ワシのゴルド商会で『独占販売』してやろうと思ってわざわざ来てやったんだぎゃ」
「なるほど! うちの商品の権利を、あのゴルド商会様が!」
「おうよ。ワシの傘下に入れば、おミャーらもこんな泥臭い村でコソコソ商売せんでもよくなるだろ? はした金でワシが丸ごと買い取ったるで、ありがたく印鑑を押すだぎゃあ」
オロチは、懐から分厚い契約書のような束を取り出し、バサッと俺の胸に押し付けてきた。
買い叩いて権利を奪い、自分たちだけが暴利を貪る。典型的な大企業の悪徳買収の手口だ。
普通なら、ここで怒り狂って叩き出すところだろう。
だが、俺は満面の営業スマイルを崩さなかった。
「オロチ会長、なんというありがたいお話……! さすがは大陸の経済を牽引するお方、スケールが違いますね!」
俺は契約書をうやうやしく受け取り、これ以上ないほどへりくだった声で続けた。
「このような素晴らしいご提案、ぜひ前向きに検討させてください。つきましては、オロチ会長の長旅の疲れを癒やすため、今夜、我がタローマンが総力を挙げて『究極の歓迎の宴(接待)』をご用意させていただきます! お話の続きは、ぜひ美味い酒と食事を交えながら……いかがでしょうか?」
「ほう! 接待か! ええ心がけだぎゃあ。おミャー、なかなか見込みがあるわ!」
オロチはガハハッと下品な笑い声を上げ、俺の肩をバンバンと叩いた。
「ええだろう。ワシの舌は肥えとるが、せいぜいワシを満足させる料理を出してみるだぎゃ。期待して待っとるでな!」
そう言って、オロチはふんぞり返ったまま、護衛が用意した折りたたみ椅子にドカッと腰を下ろした。
「は、春太……!? アンタ、正気!? あんなヤツにウチの商品を売る気なの!?」
キャルルが信じられないものを見る目で俺の袖を引っ張る。
「……バカ言え。売るわけないだろ」
俺は、オロチに背を向けたまま、キャルルにだけ聞こえるほどの極小の声で囁いた。そして、俺の顔からは、先ほどのへりくだった笑顔がスッと消え去り、絶対零度の『社畜の怒り』が宿っていた。
「相手は金の力でルールを捻じ曲げるブラック企業の親玉だ。正攻法で断れば、何をされるかわかったもんじゃない。……だから、あいつの脳みそを物理的に破壊して、自分から逃げ出すように『おもてなし』してやるんだよ」
俺の言葉を聞き、厨房の奥で一部始終を見ていたアラトが、油まみれのエプロンを揺らして、最高に邪悪な笑みを浮かべた。
「ひはははっ! そういうことか店長。任せとけ、とびきりの『接待料理』を仕込んでやるよ」
一方、俺たちの足元では、リーザがオロチの極太の金ネックレスを穴の開くほど見つめながら、芋ジャージのポケットの中で『ピカピカに磨かれた五円玉』をギュッと握りしめていた。
「超絶な太客……圧倒的なカモの匂いがしますの……!」
武力ではなく、ビジネスと接待という名の『盤外戦術』。
昭和のパチンコ社長のような成金への、ホムセン流・最悪の接待が、今まさに幕を開けようとしていた。
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