EP 10
『二日酔いの朝と、神の足音はラーメンの匂いと共に』
「うぅぅ……頭が……ガンガンしますの……。誰か、私の脳みそをハンマーで叩き割って、新しいものと交換してくださいまし……」
「ダメですわ……私のお花(頭)に、ドクドクと不気味な脈打ちが……枯れてしまいますわ……」
「羽が重いよぉ……天使の輪っかが、二重に見えるぅ……」
翌朝。
ポポロ村のホムセン『タローマン』の屋上には、清々しい朝日と、秋の爽やかな風が吹き抜けていた。
だが、人工芝の上に転がっているヒロインたちからは、この世の終わりのような重低音のうめき声が漏れ続けていた。
「だから言っただろうが。あんな度数40の『イモッカ・ラーメン』を、一気にすするからこうなるんだ。完全に急性アルコール中毒一歩手前の、超ド級の二日酔いだよ」
俺はため息をつきながら、バケツにいっぱいの『陽薬草ドリンク(二日酔い特効薬・超苦い)』を作り、柄杓で紙コップに注いで回った。
「ほら、四の五の言わずに飲め。肝臓の数値を強制的にファンタジーの力で正常化させる薬だ」
「に、苦いですのぉ……。こんなのお金をもらっても飲みたくないですの……」
「四番カメラの映像データ、昨日の夜のお前らの『奇行』の録画をゴッドチューブにアップしてもいいんだぞ?」
「……ゴクゴクゴクッ! ぷはぁっ! 良薬口に苦しですの!」
リーザが涙目で紙コップを一気飲みし、床に突っ伏した。
他の面々も、死にそうな顔で陽薬草ドリンクを飲み干していく。
そんな中、一人だけ顔を真っ赤にして、俺の視線を必死に避けようとしているウサギがいた。村長のキャルルだ。
「おい、キャルル。お前も飲んどけ。昨日は一番ひどい絡み酒だったからな」
俺が紙コップを差し出すと、キャルルはビクッと肩を震わせ、ウサギ耳を限界までピンと逆立てた。
「わ、私、昨日の夜のことなんて、な、なーんにも覚えてないわよ!? しゅ、しゅんた……じゃなくて! 春太の頭をナデナデしろとか、全然言ってないんだからねッ!」
「……お前、完全に覚えてるだろ」
昨晩の『俺の太ももスリスリ事件』と『キス一歩手前(五円玉のせいで未遂)事件』の記憶がフラッシュバックしているらしく、キャルルの顔はトマトのように真っ赤だった。
「あ、あと、裏拳で春太の鼻血を出させたのも、わざとじゃないから! 事故よ、事故! ……ご、ごめんなさい」
最後はシュンとして俯くキャルル。
どうやら彼女はアルコールが抜けると、とてつもなく素直で気まずい状態になるらしい。
「気にしてねえよ。俺の顔面の防御力も上がったしな。ほら、飲んだら下で顔を洗ってこい」
俺が優しく言うと、キャルルは「う、うん……」と蚊の鳴くような声で頷き、逃げるように階段を下りていった。
「ひはははっ! 青春してやがるな、店長。二日酔いの朝の特権ってやつだ」
厨房から、巨大な鍋を抱えたアラトが上がってきた。
「朝飯はロックバイソンの出汁で炊いた『胃に優しい特製おじや』だ。昨日の宴の残りの肉も細かく刻んで入れてある。腹に流し込んで、さっさと通常営業の準備を始めるぞ」
「ああ、そうだな。……おいお前ら、おじや食ったら防壁の修理と荷下ろしの続きだ。宴のツケは労働で払ってもらうぞ」
俺の言葉に、女子たちから「鬼……」「悪魔……」という怨嗟の声が上がったが、そんなものは社畜の俺にはノーダメージである。
女子たちがフラフラと一階の食堂へと降りていった後、俺とアラトは屋上に残った宴の残骸(ゴミや食器)の片付けに取り掛かった。
「……ん?」
俺は、アラトが昨晩使っていたキャスター付きワゴンの横で、空になった『ワンカップ』のガラス瓶をゴミ袋にまとめている時に、ふと違和感を覚えた。
「おい、アラト。このワンカップラーメン、昨日いくつ作ったんだっけ?」
「ん? ちょうど五十個だ。なんでだ?」
「空き瓶が、四十九個しかない。それに、木箱の中に残っていたはずの『未調理のストック(麺と粉末ダシが入った容器)』が、一つ足りない気がするんだが」
俺が木箱の中を指差すと、アラトも首を傾げた。
「おかしいな。最後に俺が確認した時は、まだ三つ残ってたはずだぜ。誰か酔っ払いが、夜中に腹減ってそのまま持って帰ったんじゃねえか?」
「いや……それだけじゃない」
俺は、屋上の端、ホムセンの敷地の外(森の方角)へと続くフェンスの金網に歩み寄った。
そこには、朝日に照らされてキラリと光る『一本の細い糸(繊維)』が引っかかっていたのだ。
「……なんだ、これ」
俺は手袋越しにその繊維をそっとつまみ上げた。
それは、見慣れない『ピンク色』の、妙に肌触りの良い化学繊維……ジャージの生地の破片だった。
「リーザの芋ジャージは青色だ。この村で、こんな派手なピンク色のジャージを着ている奴なんて、見たことがないぞ」
俺の言葉に、アラトも顔をしかめた。
「……ってことは、昨日の夜、俺たちがぶっ倒れてる間に、外部から何者かがこの屋上に侵入したってことか?」
「ああ。しかも、ご丁寧に『イモッカ・ラーメン』のストックを一つだけパクって、森の方へ消えていった」
俺は背筋にゾクッと冷たいものが走るのを感じた。
タローマンの防犯インフラは、昨日の夜は『宴会モード』で一時的に警戒レベルを下げていたとはいえ、四番カメラも六番カメラも稼働していた。
だが、タブレットで録画データを確認しても、何者かが侵入した形跡一切残っていなかったのだ。
「……カメラに全く映らず、俺たちの気配探知もすり抜けて、酒とラーメンだけを盗んでいく侵入者。……泥棒にしちゃ、手際が良すぎる上に目的がショボすぎる」
俺はピンク色の繊維を指先で弄りながら、嫌な予感(前世のクレーマーや厄介な取引先が現れる直前の、あの胃痛の予兆)を感じ取っていた。
「アラト。……もしかすると、俺たちはとんでもない奴に目をつけられたのかもしれないぞ」
「とんでもない奴? 魔王軍の残党か?」
「わからない。だが……この『ピンク色のジャージ』には、見覚えがあるような気がするんだ。キュララの配信の背景で、一度だけ……」
俺はフェンスの向こうに広がる、ポポロ村郊外の鬱蒼とした森を、険しい目で見つめた。
宴の熱気と二日酔いのカオスが去った後、俺たちの日常に、音もなく忍び寄る『新たな足音』。
その正体が何であれ、俺のホムセン店長としての胃痛の日々は、まだまだ終わる気配がなかった。
◆
――同じ頃。
ポポロ村から少し離れた、誰も寄り付かない深い森の奥で。
巨木の上に腰掛けた一人の女性が、朝日を浴びながらご機嫌なハミングを奏でていた。
彼女は、ピンク色の芋ジャージをだらしなく着崩し、その手には、タローマン特製の耐熱ガラス容器――『イモッカ仕立てのワンカップラーメン』が握られている。
「ん〜っ!! 美味しいっ!!」
ズズズズズッ!
という豪快な音を立ててちぢれ麺をすすり上げ、彼女は恍惚とした表情で天を仰いだ。
「なにこれ! ロックバイソンの濃厚な豚骨風の出汁に、太陽芋の強烈なアルコールがスープとして完璧に調和してる! 神界の星屑のスープなんかより、何百倍もパンチがあって、何千倍もジャンクで最高じゃない!!」
彼女こそが、アナステシア世界の創造主であり、天界を統べる絶対的存在。
そして、永遠の17歳を自称する最強の駄女神――ルチアナであった。
「ぷはぁっ! 朝から度数40のラーメンなんて、最高に背徳的でテンション上がるわねぇ」
ルチアナはスープの最後の一滴まで飲み干し、「ぷっぷくぷー」と上機嫌でガラス瓶を天界の四次元ポケット(ジャージのポケット)にしまった。
「キュララがいつも愚痴ってる『ポポロ村』……。あの神城春太っていう人間、ただのホムセンの店長かと思ってたけど、すっごく面白いおもちゃ……じゃなくて、人材ね」
ルチアナは、ポポロ村の方角を見下ろし、口元にニヤリと『最高に悪戯好きな女神の笑み』を浮かべた。
「ヴァルキュリアには『ちょっと下界の視察に行ってくる』って言って抜け出してきたけど……これは当分、神界には帰れないわね。あそこのローストビーフも、このラーメンも、全種類制覇するまで帰るわけにはいかないわ!」
創造主の圧倒的なまでの職務放棄宣言。
神々ですら介入をためらう下界の辺境の村に、今、宇宙で最も強大で、最も厄介で、最も食い意地のはった女神が、完全なる『お忍びの長期滞在』を決め込もうとしていた。
「ふふふ。待ってなさい、太郎型の店長さん。あなたのその『泥臭くて最高に楽しい日常』に、この私が、直々にスペシャルな刺激をプレゼントしてあげるからね!」
ピンク色のジャージを翻し、女神の影が森の奥へと消えていく。
魔王軍の襲撃も、ヤラセ勇者の炎上劇も、全ては前座に過ぎなかった。
神のイタズラと、インフラの逆襲。
ポポロ村のホムセン『タローマン』を舞台にした、次元を超えたバカ騒ぎと日常防衛戦は、最強の堕女神の来訪という特大の火種を抱え込み、次なる波乱の章へと突入していくのであった。




