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ブラック企業のホムセン店長、異世界で10階建てマンションを召喚する〜無限の近代インフラと最強重機で国境の村をメガロポリスへ〜  作者: 月神世一


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EP 8

『静かな語らい、星降る夜のささやかな野望』

 あれほどのカオスを巻き起こした宴が嘘のように、ホムセン『タローマン』の屋上には、秋の夜風と虫の音だけが戻ってきていた。

 人工芝の上には、解毒ドリンクを飲まされてぐっすりと眠りこけたヒロインたちが、無防備な寝顔をさらしている。リーザは口元にまだクリームをつけて夢の世界へ旅立ち、ルナは寄り添うようにしてキュララの腕に抱きつき、キャルルは俺の足元でウサギ耳をヒクヒクさせながら穏やかな寝息を立てている。

 その光景は、戦いの直後の張り詰めた空気とは対極にある、あまりにも平和で、どこか滑稽なまでの『日常』そのものだった。

「……ふっ。あんなに騒いでたのに、寝顔はどいつもこいつも天使の顔をしてやがるな」

 アラトが自分の持っていた缶ビールの最後の一口を飲み干し、プシュッという音と共に空き缶を床に置いた。

「ひひひ、店長。お前、昨日の戦いからずっと気が張り詰めっぱなしだったろ。ようやく顔つきが緩んできたぜ」

「……うるせえよ。俺だって人間だ。昨日は命のやり取りをしてたんだぞ。これくらいのバカ騒ぎがなきゃ、頭がイカれちまう」

 俺は屋上の手すりに背を預け、ポポロ村の夜景を見下ろした。

 瓦礫はほとんど片付き、村人たちが家々でランプの明かりを灯している。昨日までこの村を焼き払おうとした悪意が存在したことなど、信じられないほど穏やかな光景だった。

「なあ、アラト」

「あ? なんだよ改まって」

「お前さ、この村で、こんな泥臭い生活をしてて、時々バカみたいな計画に付き合わされて……本当に満足か?」

 俺の問いかけに、アラトは少しだけ驚いたような顔をし、すぐにニヤリと笑った。

「満足か、どうかなんて考えたこともねえな。前世でブラック企業で死ぬほど働いて、過労死寸前でこっちに飛ばされて……最初はただ、食うために必死だった」

 彼は夜空を見上げ、少しだけ遠い目をした。

「でもよ、ここの厨房でロックバイソンを捌いて、みんなが美味そうに食う顔を見てると、不思議と『ああ、今日一日、悪くなかったな』って思えるんだ。……お前がホムセンを切り盛りして、インフラを整えてくれるおかげでな」

「俺の方こそだ。お前がいなきゃ、この店はただの箱だ。料理がなきゃ、人は集まってこない」

「お互い様ってやつだな。……それで、お前はどうなんだよ、春太」

 アラトが俺の方を向き、真面目なトーンで言った。

「お前の『野望』ってなんだ? ただこの村をインフラで固めて、スローライフを送る……それだけでお前は本当に満足か? お前なら、もっとデカいことができるはずだろ」

 俺は手に持った缶ビールを見つめ、少しだけ考え込んだ。

 野望。そんなカッコいい言葉は、今の俺には少し重いかもしれない。

「俺の野望か……。そうだな」

 俺はポポロ村の穏やかな夜景を、もう一度見渡した。

「俺は、前世で『数字』と『売上』のために、人の心を踏みにじる連中を死ぬほど見てきた。そういう奴らが、上層部でふんぞり返って『現場のことは現場でなんとかしろ』なんて言って、俺たちの居場所を壊していくのを……ただ見ているしかできなかった」

 俺は拳を強く握りしめた。

「だから、ここには俺の城を作ったんだ。俺の大切な場所が、誰にも踏み荒らされないための城。俺と、俺の仲間たちが、明日も今日と同じようにバカ騒ぎして、腹を抱えて笑える……そんな、誰にも邪魔されない日常を守る場所」

「それが、お前の野望ってことか」

「ああ。……正直、世界を救う勇者になりたいとか、魔王を倒して伝説になりたいとか、そんな大層なことはどうでもいい。ただ、この村に来る奴らが、少しだけ笑顔になって、美味い飯を食って、明日も頑張ろうって思えるなら、俺はそれで十分だ」

 俺は自分のホムセンの屋上から、ポポロ村の灯りを見つめる。

 これこそが、俺の、この世界での唯一の戦い方だ。

 圧倒的な力で敵をねじ伏せる勇者ではなく、知恵とインフラで日常を守り抜く、泥臭いホームセンターの店長。

「お前らしいな。最高に地味で、最高に贅沢な野望だ」

 アラトが笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。

「ま、明日も通常営業だ。コンクリの修理も残ってるし、発注した商品の山も届く。いつもの『死ぬほど忙しい日常』が待ってるぜ、店長」

「ああ、そうだな。……贅沢な話だ」

 俺は缶ビールの残りを一気に飲み干した。

 冷たい炭酸が喉を通り、戦いの疲れが少しだけ癒えていくのを感じる。

 俺たちが戦ってきたのは、勇者や魔王ではなく、『俺たちの日常を壊そうとする悪意』だった。

 それを跳ね除けて守り抜いたこの夜は、どんな伝説よりも価値があるはずだ。

「……ま、とりあえず、今は寝かせてくれ。明日の朝、コイツらが起きてからが本当の地獄だぞ」

 俺は人工芝の上に寝転がり、夜空の月を見上げた。

 昨日までの緊張が嘘のように、今は心底から安心している自分がいる。

 このポポロ村は、俺というただの店長と、仲間たちが作り上げた、かけがえのない『城』だ。

 神々がどう思おうと、勇者がどう荒らそうと、俺はこの日常を何がなんでも守り抜いてやる。

 そんな決意を胸に、俺はゆっくりと目を閉じた。

 遠くの方で、夜の帳を揺らして、星屑のようなものがポポロ村の森へと降ってくるのが見えた気がしたが、今の俺にはそれを確かめる気力も残っていなかった。

 ただ、この星降る夜の静寂が、明日の朝まで続いてくれることを願いながら。

 第六章の宴の夜は、こうして静かに幕を閉じていこうとしていた。

 ……が。

 俺たちが爆睡しているまさにその時、ポポロ村のすぐ隣の森では、一人の女神がワンカップラーメンの容器を両手で持ち、夢中で麺をすすり上げていた。

「ん〜っ! なにこのジャンクな旨味! ロックバイソンの旨味と、芋の蒸留酒のパンチが組み合わさって、脳天がシビれるほど美味しいっ!」

 芋ジャージ姿の女神ルチアナは、月夜の下で独り、宴の残骸から持ち出した『イモッカ仕立てのワンカップラーメン』に完全に心奪われていた。

「ふふふっ。ポポロ村、面白いところじゃない。……太郎型の人間が、こんなに美味しい禁断の味を作っていたなんて」

 ルチアナは、口元についたスープの脂を親指で拭い、最高に悪い女神の笑みを浮かべる。

「ねえ、そこの店長さん。……明日は、あなたのお店の『最高の日常』に、ちょっとだけ刺激を加えてあげようかしら?」

 星々の運命を操る女神が、一人の店長に興味を抱いてしまった。

 この宴の余韻が冷めやらぬ翌朝、ポポロ村に更なる『特大トラブル(という名のコメディ)』が舞い込むことになるなど、夢にも思わずに――。

 俺たちの守り抜いた平和な日常が、神のイタズラによって再び大きく塗り替えられようとしていた、その夜明け前。

 ポポロ村に漂うイモッカの香りが、星々の住人たちをも狂わせる一歩手前まで来ていた。

読んでいただきありがとうございます。

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