EP 6
『イモッカ・ラーメンの洗礼!女子たちの泥酔パニック』
「へいらっしゃい! タローマン特製屋台、いよいよ本命の開店だぜ!」
月明かりとランタンの光に照らされたホムセンの屋上に、アラトの威勢のいい声が響き渡った。
彼がキャスター付きワゴンの上で蓋を開けた木箱には、耐熱ガラス製の『ワンカップ容器』がずらりと並んでいる。その中には、油で揚げたちぢれ乾麺と、特製の粉末ダシがセットされていた。
「おおっ! なんだいアラトさん、その不思議な食べ物は!」
「麺料理か? でも、スープが入ってねえぞ?」
宴の料理(マンガ肉や悪魔の茸ステーキ)を平らげ、いい感じに満腹になりつつあった村人たちが、物珍しそうに屋台の前に群がってくる。
その最前列には、当然のように、底なしの胃袋を持つリーザやキュララ、ルナ、そしてキャルルの女子四人組が陣取っていた。
「ひひひ。こいつは前世の極東の島国で、徹夜明けの社畜たちを救済してきた『カップ麺』っていうジャンクフードの進化系だ。……さあ、最高のスープを注いでやるよ」
アラトが、傍らでグツグツと煮えたぎっていた巨大なヤカンを持ち上げた。
そのヤカンの中に入っているのは、お湯ではない。ルナが育てた『太陽芋』を限界まで蒸留し、ポテトウォッカと芋焼酎の悪魔合体によって生み出された、アルコール度数40パーセントの劇薬酒――『イモッカ』である。
――ジュワァァァァァァァァッ!!!
アラトがヤカンを傾け、熱々に熱された透明なイモッカを、ワンカップの中の乾麺めがけて勢いよく注ぎ込んだ。
アルコールが熱された麺と粉末ダシに触れた瞬間、凄まじい湯気と共に、暴力的なまでの『旨味の香り』が屋上全体に爆発した。
「わぁぁっ……! なんていい匂いなの!」
キュララが目を輝かせ、鼻をひくひくさせる。
「ロックバイソンの豚骨風の野性味と、お椎茸さんの豊かな香りが、未知の甘い香りと混ざり合っていますわ……! これぞ、大自然の恵みのオーケストラですの!」
ルナもうっとりとした表情で、立ち上る湯気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
「おい、ちょっと待てお前ら!!」
俺は、お立ち台から慌てて飛び降り、屋台の前に殺到する女子たちを止めに入った。
「その匂いに騙されるな! ダシの香りでごまかされてるが、そのスープの正体は『度数40パーセントの酒』だぞ! 火をつけたら燃えるレベルの劇薬だ! お前らみたいなアルコール耐性のない未成年(?)が、ラーメンみたいにズズッとすすったら――」
「うるさいですの! タダ飯を前にして『待て』ができるのは、訓練された犬だけですの!」
俺の制止を華麗にスルーし、リーザが一番乗りでワンカップラーメンをひったくった。
「いただきますのぉっ!」
リーザが割り箸を割り、熱々のイモッカをたっぷりと吸い込んだちぢれ麺を、フーフーと冷ますこともなく、豪快に音を立ててすすり上げた。
ズズズズズッ!!
「……っ!!」
リーザの動きが、ピタリと止まった。
彼女の青い瞳が見開かれ、顔面の筋肉が驚愕に強張る。
「……お、美味しいですのぉぉぉぉっ!!」
リーザが天を仰ぎ、歓喜の叫びを上げた。
「なんという強烈なパンチ力! ジャンクな旨味がガツンと来た直後に、喉の奥をカーッと焼くような熱い刺激! そして、胃袋の中から全身に広がる、圧倒的な多幸感! これぞ、大人のための禁断の果実ですの!!」
「本当!? 私も食べるーっ!」
「ズズッ……まぁ! お口の中で、新しい宇宙が弾けましたわ!」
リーザのリアクションに釣られ、キュララとルナも次々とワンカップラーメンに手を伸ばし、麺を勢いよくすすり始めた。
「アラトの野郎、本当に美味しいものを作ったのね。……ズズッ。あ、ホント。ちょっと喉が熱いけど、このスープのコク、クセになるわね」
なんと、普段はストッパー役に回るはずの村長キャルルまでが、熱燗(度数40)仕立てのラーメンの魔力に屈し、箸を進めてしまっている。
「ああっ、バカ! お前ら、一口でやめとけ! それはスープじゃない、熱された高純度のアルコールだぞ!!」
俺が絶叫した、まさにその数秒後だった。
「……ありゃ?」
ワンカップの半分ほどを一気に平らげたキュララが、突然、割り箸をポロリと床に落とした。
「キュララ? どうした?」
「なんか……世界が、ぐにゃぐにゃ、回ってるよぉ……? えへへへっ。春太さんが、三人に見えるぅ……」
キュララの顔が、耳の先から首筋に至るまで、茹でダコのように真っ赤に染まっていた。
頭上の天使の輪は、電波の悪い蛍光灯のようにチカチカと明滅し、背中の純白の羽がだらしなく垂れ下がっている。
「……えへ、えへへへへっ。お金……スパチャ……全部私のものぉ……」
隣では、リーザがだらしない笑みを浮かべながら、その場にヘナヘナと座り込んでいた。彼女の焦点は完全に虚空を彷徨い、芋ジャージの襟元を自らだらしなくはだけさせている。
「あーっ、暑いですのぉ……。世界が、Love & Moneyの熱気で包まれていますのぉ……ふふふっ」
「わぁ……お星さまが、たくさん降ってきますわぁ……綺麗……」
ルナに至っては、立ったまま目を回し、虚空に向かって手を伸ばしてへらへらと笑い始めていた。
――急性アルコールによる、超ド級の『泥酔状態』。
熱いラーメンとしてすすったことで、揮発したアルコール蒸気が鼻の粘膜と肺から直接吸収され、さらに胃袋に流し込まれた度数40の原液が、一瞬にして彼女たちの脳をぶん殴ったのだ。
「おい、キャルル! お前は獣人族だから、まだ代謝がマシなはずだろ! こいつらからラーメンを取り上げ――」
俺が唯一の希望であるキャルルを振り返った瞬間。
「…………しゅんたぁ」
「えっ?」
キャルルが、トロンと潤んだ目で俺を見つめ、ウサギ耳をペタンと寝かせながら、フラフラとした足取りで俺の胸に寄りかかってきた。
「えへへ……しゅんた、いつもおつかれしゃま。私ね、本当はね……もっと、しゅんたに、褒めてほしいのぉ……」
「お前も完全にデキ上がってんじゃねえかァァァッ!!」
俺は、俺の首に腕を絡ませてくるキャルルを必死に引き剥がしながら、絶望の声を上げた。
周囲を見渡せば、女子たちだけでなく、面白がってワンカップラーメンに手を出したドスン(土魔将軍)や村の屈強な男たちまでもが、次々と床にひっくり返り、「うへへへ」「酒が美味え」とゾンビのように蠢いている。
わずか三分。
たった三分で、ポポロ村の屋上ビアガーデンは、正気を保っている者が俺しかいないという、地獄のようなカオス空間へと変貌を遂げてしまったのだ。
「アハハハハッ!! 見ろ店長、大成功だぜ! これが俺の最高傑作、理性を一瞬で焼き切る『悪魔のフェス飯』の威力だ!」
厨房から出てきたアラトが、この阿鼻叫喚の地獄絵図を見渡しながら、腹を抱えて大爆笑している。
「てめぇぇぇっ! アラトォォォッ!!」
俺はキャルルをそっと床に寝かせ、怒髪天を衝く勢いでアラトに詰め寄り、その油まみれのエプロンの襟首を力一杯締め上げた。
「ただのアルコール爆弾じゃねえか! 料理の皮を被ったバイオテロだぞ! こんなの、宴会じゃなくてただの集団昏倒事件だ!」
「ひひひ、固いこと言うなよ。明日が休みの夜くらい、これくらいタガを外さなきゃやってられねえだろ? ほら、店長も一杯どうだ?」
「ふざけんな! 誰がこの後始末と介抱をすると思ってんだ!!」
俺がアラトに説教をしているその後ろで。
アルコールによって完全にタガが外れ、理性のストッパーが消え去ったヒロインたちが、いよいよ『最悪の本性』を爆発させようとしていた。
「さあ、愚民ども! 私のLove & Moneyの前にひれ伏しなさいですのーっ!!」
ドタンッ!
リーザが、長机の上に土足で飛び乗り、顔面に残っていた罰ゲームのパイのクリームをつけたまま、謎のベリーダンスを踊り狂い始めた。
「うふふふふっ……みんなの腎臓、私が純金で買い取ってあげますわぁ〜! さあ、お腹を出しなさいな〜!」
ルナが、コンプライアンス違反の『闇医者モード』を全開にし、世界樹の杖をメスのように構えて、倒れている村人たちを追い回し始める。
「あーもう! ムカつくムカつくムカつくぅっ!!」
そしてキュララは、空のワンカップを床に叩きつけ、神界の空に向かって号泣しながらブチ切れ始めた。
「ルチアナ先輩のバカヤロー! 永遠の17歳とか痛すぎるんだよ! こっちは毎日炎上と隣り合わせで配信してんのに、正座説教なんてクソ食らえだーっ! 有給休暇よこせぇぇっ!!」
「あぁ……終わった。俺の平和な打ち上げが……」
俺は、机の上で踊るアイドル、臓器を狙うエルフ、神に暴言を吐く天使、そして俺の足元で「しゅんたぁ……」と寝言を言うウサギを見下ろし、ガックリと膝から崩れ落ちた。
イモッカ・ラーメンの洗礼。
それは、昨日の魔王軍の襲撃よりも遥かに恐ろしい、ポポロ村崩壊の危機の始まりだったのである。
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