EP 4
『アラトの狂気!度数40の「ワンカップラーメン」爆誕』
宴の準備が進むポポロ村の広場を抜け、俺はホムセン『タローマン』の裏手にある厨房へと足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間。
「……っ!? なんだこれ、目が、目がぁぁっ!」
俺は思わず顔を覆い、むせ返った。
厨房の中に充満していたのは、美味しそうな料理の匂いではない。まるで工業用のアルコール工場か、はたまた理科室のアルコールランプを百個同時に叩き割ったかのような、強烈で揮発性の高い『酒の蒸気』だった。
「ひひひ。むせるなよ店長。換気扇は全開にしてるんだが、なにせ度数が度数だからな」
もうもうと立ち込めるアルコールの湯気の向こう側で、相棒のアラトが、防毒マスク(塗装用)を首から下げ、巨大な寸胴鍋をかき混ぜながら悪魔のように笑っていた。
「お前、一体何を煮込んでるんだ!? この匂い、ただの料理酒のレベルじゃないぞ! もし厨房のコンロの火が引火したら、ホムセンごと吹き飛ぶ爆発事故になるぞ!」
俺が慌てて火の元を確認しようとすると、アラトは「安心しろ、IHヒーター(魔導コンロ)だ」とケラケラ笑った。
「昨日の激戦の慰労会だ。ただのビールやエールじゃあ、あのヤラセ勇者とバケモノ魔将軍を相手にした俺たちの疲労とストレスは吹き飛ばせねえ。……だから、ルナが農業特区で作りすぎた『太陽芋』をベースに、俺のSE時代の徹夜明けの狂気をブレンドして、こいつを精製したのさ」
アラトが寸胴鍋の横にある、大きなオーク樽をポンと叩いた。
「名付けて、特製ポテトウォッカと芋焼酎のブレンド悪魔酒……『イモッカ』だ。アルコール度数、控えめに言って40パーセント」
「40パーセント!? テキーラやウォッカの原液レベルじゃねえか! そんなもの、ドワーフの親父でも一気飲みしたら急性アルコール中毒でひっくり返るぞ!」
「だから『割る』んだよ、店長。前世で俺たちが愛してやまなかった、あの『ジャンクフード』の概念と掛け合わせてな」
アラトはニヤリと笑うと、作業台の下から『ある物』を大量に取り出し、ズラリと並べた。
「これは……タローマンの食器コーナーで売ってた、耐熱ガラス製の『保存ビン』か?」
「前世の日本では『ワンカップ』の容器として親しまれたフォルムだ。今回は紙コップの在庫が足りなかったんで、こいつを器に代用する」
アラトは手際よく、そのワンカップ大のガラス容器の中に、油で揚げた『ちぢれ乾麺』の塊をポンと落とし込んだ。さらにその上から、茶色い粉末と乾燥ネギを振りかける。
「ロックバイソンの骨を砕いて徹夜で煮込んだ特濃豚骨風スープに、ルナの育てた特大椎茸の旨味を凝縮させた『特製粉末ダシ』だ」
「……まさか」
俺の嫌な予感をよそに、アラトは巨大な寸胴鍋から、グツグツと煮えたぎる透明な液体――度数40の『イモッカ』を大きなお玉ですくい上げた。
「そして、熱湯の代わりに……この『熱々のイモッカ』を、並々と注ぎ込む!!」
ジュワァァァァァァァッ!!
煮えたぎる度数40のアルコールが、乾麺と粉末ダシにぶっかけられた瞬間。
厨房内に、暴力的なまでの『豚骨魚介の旨味』と『強烈なアルコール蒸気』が混ざり合った、未知のテロリズム的香りが爆発した。
「完成だ。手軽に持ち運べて、一口ですすれる狂気のフェス飯……『イモッカ仕立てのワンカップラーメン』だ!!」
アラトがガラスの容器を天に掲げ、高らかに宣言する。
麺は熱々のアルコールを吸って見る見るうちにほぐれ、茶色いスープの表面にはロックバイソンの濃厚な脂がキラキラと浮いている。
一見すると、信じられないほど美味しそうな、極上のジャンクフードのミニラーメンだ。
「……バカヤロウッ!!」
俺は顔を引きつらせて叫んだ。
「お前、アルコール度数40の酒を『スープ代わり』にしてラーメンを作ったのか!? ラーメンってのはズルズルすするもんだろうが! そんな度数の熱い液体を麺と一緒に一気に気管に流し込んだら、酔うとかそういう次元じゃなく、脳の血管がブチ切れるぞ!!」
「ひはははっ! 心配すんなって。熱々に熱した時点でアルコールは多少飛んでる。体感度数としては、せいぜい20パーセントの熱燗をラーメンスープにしてるようなもんだ」
「20パーセントでも高えよ! 日本酒の原酒よりキツいラーメンスープなんか聞いたことねえ!!」
俺が抗議するが、アラトは「試しに匂いだけでも嗅いでみろ」と、出来立てのワンカップラーメンを俺の鼻先に突きつけてきた。
「うっ……」
警戒しながら鼻を近づけた俺だったが、次の瞬間、脳を直接ぶん殴られるような『圧倒的なジャンクの誘惑』に襲われた。
ロックバイソンの野性味あふれる肉の香りと、干し椎茸の暴力的なまでのグルタミン酸。それが、イモッカ特有の甘く芳醇な芋の香りと完璧に融合し、食欲の中枢を無理やりこじ開けてくる。
「……匂いだけは、前世で徹夜明けに食ったカップ麺の百倍美味そうだ。……だが、これを女子どもに食わせる気か? ルナやキュララなんて、アルコール耐性ゼロだぞ。一口すすっただけで、完全にタガが外れて大惨事になるに決まってる」
「だからいいんじゃねえか。今日くらい、あのやかましい女どものタガを完全に外して、最高にバカ騒ぎする宴にするんだよ」
アラトが最高に悪い笑顔(ブラック企業の飲み会を仕切る悪徳幹事の顔)を浮かべる。
「あいつら、昨日は死にそうな目に遭いながらも、俺たちのために体を張ってくれた。……俺たちみたいな底辺のオッサンにできる恩返しなんて、美味い飯と、頭を空っぽにできる強い酒(劇薬)を振る舞うことくらいだろ?」
「……お前、意外と仲間想いなんだな。やり方が完全にマッドサイエンティストだけど」
俺はため息をつきながら、アラトの作ったワンカップラーメンの山を眺めた。
確かに、前世の俺たちも、理不尽なトラブルの後は、ストロング系の安酒と脂っこいラーメンで胃と脳を破壊し、無理やりストレスをリセットしてきたものだ。
健康には最悪だが、精神の衛生上、これほど即効性のある『癒やし』はない。
「わかったよ。だが、飲む(食う)のは自己責任ってことだけは徹底させろよ。それと、水と陽薬草の解毒ドリンクは大量に用意しておくからな」
「おう! 任せとけ。さあ、店長、このガラス瓶の山を屋上に運ぶのを手伝ってくれ。月下のビアガーデン、そろそろ開店の時間だぜ」
アラトがワンカップラーメンの詰まった木箱を担ぎ上げる。
俺も、タローマンのロゴが入ったジョッキや紙皿の束を抱え、厨房を後にした。
アルコール度数40の原液で作られた、悪魔のジャンクフード。
これが、強欲アイドルとコンプラ違反エルフ、そして下級天使の胃袋に流し込まれた時、果たしてどれほどのカオスが巻き起こるのか。
胃痛の種は尽きないが、今日ばかりは俺も、ホムセン店長としての責任を少しだけ脇に置き、この狂騒の宴に身を任せることにしよう。
夜風が心地よく吹き抜けるポポロ村。
タローマンの屋上に設置されたランタンの灯りが、宴の始まりを今か今かと待ちわびるように、オレンジ色の暖かな光を放っていた。




