EP 3
『宴の準備と、キュララの金銭感覚バグ』
リーザの『顔面パイ・完食(およびおかわり要求)』というカオスな幕切れで一段落したレジ前だったが、戦いは終わっていなかった。
次に待ち構えていたのは、スパチャという名の『禁断の果実』を喰らい、金銭感覚がバグりきった地下アイドルこと、キュララによる爆買いラッシュである。
「はい次、キュララ。お前の買い出しリストを見せろ」
俺は疲労困憊の体を引きずり、死んだ魚のような目でキュララに声をかけた。
先ほどのリーザ騒動で体力を使い果たした俺に、これ以上の理不尽な精算は勘弁してほしい。
「はーいっ! 店長さん、お疲れ様だよっ!」
キュララは、自分のエンジェルすまーとふぉんに表示された『現在の所持金(スパチャ売上)』をタップし、スマホを俺に突き出した。
その画面には、俺の月給の数倍に相当する金貨の桁が並んでいる。
「昨日の『強盗自首回』と『復興支援配信』で、スパチャがとんでもないことになっちゃったの! だからね、今夜の打ち上げの宴は、ポポロ村史上、最高に豪華なパーティーにするって決めてるの!」
「ほう、やるじゃねえか。なら、村の特産品や酒を多めに――」
「違うよ! もっと! こう、ゴージャスで、煌びやかで、インスタ……じゃなくてゴッドチューブ映えするやつ!」
キュララは鼻息を荒くし、ホムセンの売り場へと駆け出していった。
「あ、あの『超高級・聖なる泉の羽毛トリートメント』! これ一個で金貨五枚だけど、今夜の打ち上げ用に買っちゃおうかな! あと、ルナちゃんの野菜を盛り付けるための『金細工のフルコース皿セット(一点物)』も、インテリアコーナーにあるよねっ!?」
「……キュララ、待て。ちょっと待て」
俺は慌てて彼女の背中を追いかけた。
「お前、宴会の食材を買うんじゃなかったのか? なんで宴会に、高級羽毛トリートメントが必要なんだよ! しかも金貨五枚って、村の防壁修繕費の十分の一だぞ!」
「だって、宴の最中に私の天使の羽をメンテナンスしなきゃいけないんだもん! 最高に美しい状態でみんなとお酒を飲んで、それを生配信するの! きっとまたスパチャが跳ね上がるよぉ!」
キュララは完全に『スパチャの魔力』に支配されていた。
彼女の中では、宴会=贅沢品を買うための口実、になってしまっている。
「却下だ。そんなものは宴会費には含まれん。必要なのは、みんなで食える肉と野菜、そして……まぁ、アラトが言うには『度数の高い酒』だ」
「ええ〜っ! ケチだよぉ! 私のスパチャなんだから、好きに使わせてよ!」
キュララが地団駄を踏み、ホムセンの通路で暴れ始める。
「この『自動発光・装飾用シャンデリア』も欲しい! これがあれば、屋上の宴会場が夜空の星みたいに輝くんだよ!」
「そんなもの、ポポロ村の屋上に設置したら、近所の野鳥がパニックを起こすだろ!」
キュララの爆買いリストは、どんどん私物化の方向へと加速していく。
『天使専用・純白のシルクパジャマ』『神界の流行の香水セット』『ゴッドチューブ専用・高画質特注三脚(装飾ダイヤ付き)』。
その総額、すでに金貨五十枚を超えていた。
「おい、キュララ!!」
俺が制止しようと叫んだその時だった。
背後から、トンファーを振り回しながら凄まじい殺気を放つ影が飛び込んできた。
「キュララァァァッ!!」
「ひゃああっ!?」
キュララが振り返ると、そこには目を吊り上げた村長・キャルルが立っていた。
「アンタねぇ! 村が昨日あんな目に遭って、みんなで汗水流して復旧作業をしてるっていうのに、アンタは自分のお買い物に夢中!? スパチャを稼いだら稼いだ分だけ、全部自分の美容代に消すつもり!?」
「ち、違うよ! これは、その……みんなのために、宴会を盛り上げるための投資だよ!」
「嘘を吐くんじゃない! その『金細工のお皿』、誰の役に立つっていうのよ!」
キャルルはトンファーで棚を叩き、キュララの爆買いリストを強引に奪い取った。
「私がチェックしてあげる。……なにこれ。全部、あんたの私物じゃない!」
キャルルはペンを取り出し、キュララの爆買いリストを真っ赤になるまで修正し始めた。
「高級トリートメントは却下! シャンデリアも却下! その代わり、この『ロックバイソン特上肩ロース・二十キロ』と、『特大椎茸の箱詰め・五十個』と……アラトがリクエストしていた『蒸留用の樽』を追加。これこそが、村人みんなが笑顔になれる本当の『宴の備品』よ!」
「ええ〜っ! そんなの地味だよぉ! もっとこう、華やかなものがほしいの!」
キュララが抵抗するが、キャルルは冷徹に言い放った。
「華やかさが欲しければ、あんたの『天使の力』で広場を照らしなさい。それが仕事でしょ! それとも、この村の復興よりも、あんたの髪の毛のツヤの方が大事なの?」
「うっ……それは……」
キュララが口ごもる。さすがに村の村長としての権限には逆らえないらしい。
「わかりましたよぉ……。でも、お肉とお椎茸くらい、最高級のものを卸してくださいね! それくらいは、私のスパチャで買ってあげますから!」
「そうよ。それでいいのよ。あんたの配信の利益を、こうして村の胃袋に還元する。これぞ真の『英雄の宴』ってもんでしょ!」
キャルルが満足そうに頷き、リストを俺へと突き出した。
「店長。これで発注を確定させて。今すぐ仕入れと調理に取り掛かるわよ」
「……へいへい、承知いたしました、村長様」
俺は苦笑しながら、キャルルが修正したリストで端末を操作する。
結局、リーザとキュララの暴走を、リーザには『顔面パイ』を、キュララには『村長による修正』をぶつけることで、なんとか宴の予算を適正なラインに引き戻すことができた。
だが。
俺がレジを打ちながら、ふとホムセンの入り口の方を見ると、そこには先ほどまで荒れ狂っていた『人参マンドラ』たちが、なぜか整列して宴の装飾用リボンを咥えて並んでいる姿があった。
「……あいつら、意外と役に立つんだな」
昨日の敵は今日の友。いや、ただのアホな植木だが、なんだかんだ言って、この騒がしい連中と宴会を作るのは、それなりに楽しいかもしれない。
「春太さーん、これ、お肉の仕分け終わったよー!」
キュララが、先ほどまでのふくれっ面が嘘のように、嬉しそうに肉のパックを運び込んでくる。
「次は私たちが、タローマン特製の『月下の大宴会』を盛り上げるんだもんね!」
「そうね! 私の魔法で、お肉を焼くための聖なる炎を供給しますわ!」
ルナも加わり、店内は一気に活気づいていく。
強欲なアイドルも、無駄遣い天使も、コンプラ違反の妖精も。
騒がしいけれど、今の俺にはなくてはならない家族のような存在だ。
この宴が、昨日までの殺伐とした戦いの後の、最高の『癒やし』になることを信じて。
「よし! お前ら、屋上の設営を急げ! 今夜の月は、ポポロ村の歴史に残る、最高にバカ騒ぎする月になるぞォォッ!!」
俺の号令に、みんなが「おーっ!」と声を上げる。
俺たちの『月下の狂宴』の準備は、着々と、そしてドタバタと整いつつあった。
――屋上の隅で、何者かが美味しそうな匂いに釣られて、既にスタンバイしていることにも気づかずに。
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