第六章 『月下の狂宴とイモッカの洗礼!強欲アイドルと堕女神の夜』
『戦いの後始末と、ホムセンの請求書』
「……よーし、そこだ! もう少し左にセメントを流し込め! 中に空洞ができないように、しっかりバイブレーターで振動をかけろよ!」
「おうよ店長! だがな、こんなモン、手作業でやってたら日が暮れちまうぜ! ドスンのおっさん(土魔将軍)が出張してくれりゃ、一瞬で終わるのによ!」
課金勇者ゼロスと魔将軍ミラースによる『ヤラセ炎上襲撃事件』から一夜明けた、ポポロ村の南門。
俺こと神城春太は、泥とセメントの粉にまみれながら、作業着(タローマン製ニッカポッカ)姿で声を張り上げていた。
目の前にあるのは、ミラースの妖刀によってスッパリと斜めに両断された、無惨な鉄筋コンクリート防壁である。
崩れ落ちたコンクリートの塊を、キャルルとスアイの怪力コンビにどかしてもらい、露出した鉄筋に新しい鉄筋を溶接で継ぎ足し、型枠を組んでセメントを流し込むという、完全なガテン系土木作業の真っ最中だった。
「文句を言うな、アラト。これも村のインフラを守る店長の務めだ」
俺は額の汗をタオルで拭いながら、コンクリートミキサー車の代わりにホムセンの電動攪拌機で練り上げたセメントをバケツで運んだ。
「あのバカども、俺の城に傷をつけやがって……。昨日、帝国軍に渡した請求書、ちゃんと全額支払われるだろうな。もし踏み倒されたら、俺が直々にルナミス帝国の城まで出向いて、皇帝の玉座をコンクリで固めてやる」
「ひひひ、違いねえ。だがまぁ、人的被害がゼロだったんだから、良しとするしかねえだろ。……それに、あの事件のおかげで、ウチの村の宣伝効果は絶大だったみたいだぜ?」
アラトが顎でしゃくった先。
少し離れた広場の安全な場所で、純白のフリフリ衣装を泥で少し汚した(という演出の)天使が、ドローンカメラに向かって愛想を振りまいていた。
「はーい、みんなー! キュララだよっ☆ 昨日は本当に怖い思いをしたけど、みんなの応援のおかげで、ポポロ村は今日も元気に復興に向けて頑張ってるよー!」
キュララが、ウルウルと瞳を潤ませながら、あざとさ全開でカメラにアピールする。
「今、村長代理の春太さんたちが、汗水流して防壁を直してくれてるの。でも、復興にはまだまだお金がかかるんだ……。だからみんな、ポポロ村の平和のために、少しだけキュララに力を貸してねっ♡」
その言葉の直後。
――チャチャチャチャリィィィンッ!!!
キュララの持つエンジェルすまーとふぉんから、狂ったような勢いでスパチャの決済音が鳴り響き始めた。
『天使ちゃんが無事でよかった!』『復興支援スパチャ!』『村長たちも頑張れ!』『私の金貨十枚、使ってください!』
ホログラムのコメント欄は、昨日の「悪を倒したカタルシス」と「健気な天使への同情」がないまぜになり、かつてないほどの投げ銭の嵐と化していた。
「……たくましいこった。転んでもただでは起きないってやつか」
俺が呆れて見ていると、キュララのカメラの画角に、ズザザッと音を立てて青い芋ジャージがスライディングで入り込んできた。
「全国の皆様! 宇宙一のアイドル、リーザも復興のために尽力しておりますの! どうか、Love & Moneyの精神で、私にも復興支援という名の愛(現金)を直接投げ込んでくださいましーっ!」
リーザがキュララを突き飛ばし、カメラのドアップになってアピールする。
「ちょっと! 何勝手に入ってきてるのよ! これは私のチャンネルの復興応援配信なの!」
「ケチケチしないでくださいまし! 昨日、一緒に戦った仲ではありませんの! 私の太客の権造おじさん、今すぐ私にスパチャを投げるのですわ!」
「あーっ! また人のリスナー横取りしようとしてる!」
瓦礫の横で繰り広げられる、醜いインフルエンサーのPV争奪戦。
昨日のシリアスな命のやり取りが嘘のように、村はいつもの騒がしい日常を取り戻しつつあった。
「春太さーん! 見てくださいませ!」
今度は、麦わら帽子を被ったエルフの姫君、ルナが小走りでやってきた。彼女の後ろでは、斬り裂かれた防壁に絡まっていたツタや、村の広場の植え込みが、異常なほどの生命力で青々と茂っている。
「私、傷ついた植物さんたちに、たっぷりと回復魔法と『タローマン特製・超即効性化成肥料』をあげましたの! みんな、とっても元気になりましたわ!」
「元気になったのはいいが、ルナ、ちょっと育ちすぎじゃないか……?」
俺が指差した先では、ただの朝顔のはずの植物が、大蛇のように太いツルを伸ばし、ホムセンの看板を飲み込もうとバキバキと音を立てていた。
「まぁ! 元気いっぱいで可愛らしいですわね! このままお空まで届くかもしれませんわ!」
「届かせなくていい! 防壁の基礎が根っこで破壊されるだろ! 今すぐ成長を止めろ!」
俺が慌てて除草剤(安全なやつ)のスプレーを構えると、ルナは「ひどいですわ!」と頬を膨らませた。
「……まったく、どいつもこいつもうるさいわね。少しは休んだらどうなの?」
そこに、パトロールを終えたキャルルが戻ってきた。
彼女は肩の傷を包帯で保護しているが、足取りは軽く、顔色も良かった。
「お疲れ、キャルル。村の被害状況はどうだ?」
「ええ。幸い、あのヤラセ勇者たちが暴れたのはこのホムセンの周辺と広場だけだったから、一般の民家への被害はゼロよ。ケガ人も出てないわ」
キャルルが安堵の息を吐きながら報告する。
「そうか。そいつは重畳だ」
俺は手に持っていたコテを置き、大きく背伸びをした。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、関節がバキバキと鳴る。精神的にも肉体的にも、昨日の戦いと今日の復旧作業で限界に近い。
だが、村人たちが無事で、俺の城もこうして立ち直りつつある。
前世の理不尽なトラブル対応と違い、この疲労感には、確かな『達成感』があった。
「……よし。防壁の応急処置も、あと少しで終わるな」
俺は作業着のポケットからタブレット端末を取り出し、現在のタローマンの売上と、キュララが稼ぎ出したスパチャの総額(俺がマージンを何割かピンハネする契約になっている)を確認した。
その圧倒的な数字を見て、俺の口元に自然と笑みが浮かぶ。
「おい、お前ら! ちょっと手と口を止めろ!」
俺が広場に響き渡る声で呼びかけると、アラトも、いがみ合っていたキュララとリーザも、ルナもキャルルも、一斉にこちらを向いた。
「昨日は、とんだクレーマーどものせいで散々な目に遭った。だが、俺たちは生き残り、村を守り抜いた!」
俺はタブレットを天に掲げ、高らかに宣言した。
「復旧作業のメドもついた! タローマンの売上も絶好調だ! ……ってことで、今夜はポポロ村・ホムセン屋上ビアガーデンで、盛大な『打ち上げの宴』をやるぞォォォッ!!」
その言葉が響いた瞬間。
「「「わぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
女子たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「やったーっ! 打ち上げ! 宴会! 私、美味しいものが食べたぁい!」
キュララがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「最高ですの! 春太プロデューサーの奢りで、タダ飯が死ぬほど食えますの!」
リーザが芋ジャージの袖でよだれを拭う。
「まぁ! 打ち上げですわね! 私、とびきり美味しいフルーツをたくさん魔法で出しますわ!」
ルナが世界樹の杖を振って花吹雪を散らす。
「ふふっ……。春太ったら、たまには村長代理らしい、いいこと言うじゃない」
キャルルも、嬉しそうにウサギ耳をパタパタと揺らして微笑んだ。
「ひひひ、そういうことなら、料理長(俺)の出番だな」
アラトが、首に巻いたタオルを外し、ニヤリと不敵に笑った。
「ただの宴会飯じゃあ面白くねえ。昨日の激戦を乗り越えた俺たちにふさわしい、ガツンと胃袋と脳天を揺らす『新作フェス飯』を開発してやるぜ。店長、酒の在庫は十分にあるか?」
「ああ。倉庫に太陽芋から作った特製の『イモッカ』が山ほど眠ってる。好きに使え」
「上等だ。悪魔の宴を楽しみにしてな」
アラトがエプロンを締め直して厨房へと消えていく。
青空の下、セメントの匂いと、仲間たちの賑やかな笑い声がポポロ村に響き渡る。
理不尽な悪意をインフラの力でぶっ飛ばし、汗水流して働いた後に、仲間たちと美味い飯を食い、酒を飲む。
これこそが、俺が前世のブラック企業で夢見ていた『当たり前の幸せ』なのだ。
今夜の屋上ビアガーデンは、間違いなく最高のバカ騒ぎになるだろう。
俺は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、残りのセメントを型枠へと流し込んだ。
……だが。
この『打ち上げの宴』の匂いと、キュララの配信の電波に釣られて。
神界の奥底から、とんでもなく厄介で、永遠の17歳を自称する『最強の駄女神』が、お忍びで下界へと降りてこようとしていることなど、この時の俺たちは知る由もなかったのである。
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