EP 9
『必殺のウレタンフォーム!装備と金を剥がされた勇者の末路』
「……無能な勇者はここで終わりだ。だが、俺の【ソード】は健在だぞ。貴様らの小手先の防犯グッズも、これで終わりに――」
魔将軍ミラースが、オレンジ色の防犯塗料にまみれた顔を歪め、漆黒の妖刀を構え直した。
課金バフが切れて這いつくばる勇者ゼロスを一瞥すらしせず、その巨体が俺へと向かって殺意の突進を開始する。
「死ねェッ! 人間ども!!」
どんな物質も両断する、防御不能の絶対斬撃。
それが、俺の首を刎ね飛ばすべく、真横に薙ぎ払われた。
「ひぃぃぃっ! 来やがったぁぁっ! アラトォォッ!!」
俺は情けない悲鳴を上げながら、その場にベシャッと伏せて命乞いレベルの土下座回避を決めた。
俺が伏せたその頭上を越えて、背後に控えていたアラトが、抱え込んでいた巨大な二つのガスボンベのバルブを一気に全開にした。
「食らいな、バケモノ! これが俺たちのホムセンインフラ……『業務用・二液混合型ウレタンフォーム』の全力噴射だァッ!!」
――ドバシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
アラトが構えたノズルから、ピンク色と黄色の二種類の特殊な化学液体が、凄まじい勢いで噴射され、空中で混ざり合った。
「フン、また目眩ましのガスか! そんなもの、俺の刃で――」
ミラースは嘲笑いながら、噴射された液体の塊に向かって妖刀を一閃した。
ズバァァンッ!!
確かに、液体は真っ二つに両断された。
――だが。両断された次の瞬間。
空気に触れ、二つの液体が化学反応を起こした『ウレタンフォーム』は、瞬く間に体積を数十倍に膨張させ、真っ白で巨大な『泡の化め』となって爆発的に膨れ上がったのだ。
「な、なんだこれは!? うおおっ!?」
ミラースが驚愕の声を上げた。
彼の妖刀は、確かにウレタンを斬った。しかし、斬ったそばから泡は無限に膨張し続け、妖刀の刀身にネチャアッと絡みつき、さらにはミラースの手首から腕全体を、巨大なマシュマロのような泡の塊で完全に包み込んでしまったのだ。
「クソッ、離れろ! このっ!」
ミラースが強引に刀を振るおうとするが、重い。
二液混合のウレタンフォームは、膨張した数秒後には『カチカチの硬質プラスチック』のように完全硬化する特性を持っている。
あっという間に、ミラースの右腕と妖刀は、直径一メートルはあろうかという巨大で硬いウレタンの塊の中に完全に密閉されてしまった。
「ひはははっ! 大成功だぜ、店長! どんな硬い物質も斬れるって豪語してたがな、『斬った瞬間に刃にまとわりついて固まる接着剤』はどうだ?」
アラトが空になったボンベを投げ捨て、会心の笑みを浮かべた。
「き、貴様らぁぁっ! よくも俺の刀を……こんな無様な姿に……ッ!!」
刀を振るうことすらできず、巨大なウレタンの重りに右腕を固定された魔将軍が、バランスを崩してよろめく。
そこに、肩を押さえたキャルルが、残った片方のトンファーを構えて突っ込んだ。
「アンタの最大の武器は封じたわよ! これで……トドメッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
月影流の強烈な蹴りとトンファーの連撃が、防御を失ったミラースの顎を的確に打ち抜き、巨漢の魔将軍はついに白目を剥いて轟沈した。
「……はぁ、はぁ。や、やった……のか?」
俺は床に這いつくばったまま、ガタガタと震える足でゆっくりと立ち上がった。
魔将軍ミラースは気絶。周囲にいたオークやゴブリンの残党たちも、ルナとリーザ、そしてキャルルの連携によって完全に制圧されていた。
「ひぃっ……! あ、ああっ……」
その光景を見て、床に腰を抜かしたまま後ずさっている男がいた。
課金バフが切れ、自慢のオリハルコンソードすら重くて持ち上げられなくなった、ただの『見栄っ張りの青年』――勇者ゼロスだ。
「く、来るな……! 僕は神界に選ばれた勇者だぞ! 金ならいくらでも払う! 頼む、命だけは……っ!」
泥と涙と鼻水にまみれ、ガタガタと震えながら命乞いをするその姿には、動画で見た「白銀の英雄」の面影は微塵もなかった。
俺は、無言のままゼロスの前に歩み寄った。
そして、床に転がっていた『オリハルコンソード』を足で蹴り退け、冷たい目で見下ろした。
「……命乞いか。随分と安っぽいな、勇者様」
「ひっ……!」
「お前、俺の村をバカにしたよな。泥臭い底辺のクズどもって言ったよな」
俺は、前世の社畜時代に叩き込まれた、絶対に相手を逃がさない『冷徹な詰め』のトーンで、低く静かに言い放った。
「確かに俺たちは、魔法もチートもない、ただ泥臭く働くことしかできない一般人だ。……だがな、俺たちは自分の足で立って、自分の知恵でこの村を作り上げてきた」
俺は、ゼロスの胸ぐらを掴み、その怯えきった顔を真っ直ぐに睨みつけた。
「なぁ、薄っぺらい金とチートでデカい顔をしてきたニセ勇者。お前、その装備と金を全部剥がしたら、後に何が残るんだ?」
「あ……う、ぁ……」
ゼロスの口から、情けない呻き声が漏れる。
何もない。彼には信念も、誇りも、誰かを守るという意志も、何一つ残されていなかった。金と他人の力に依存し続けた男の、哀れな末路だった。
「……そこまでだよ、勇者さん」
不意に、俺の背後から明るい声が響いた。
振り返ると、ドローンカメラを連れたキュララが、完璧なアイドルスマイルを浮かべて立っていた。その横には、勝ち誇った顔のリーザもいる。
「はいっ、カットー! お疲れ様でしたーっ! 最高の映像が撮れたよ!」
キュララがドローンをゼロスの顔の真正面に固定した。
「な……にを……。どうせ、電波は妨害されているはず……」
ゼロスが呆然と呟くと、アラトがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ひひひ、勘違いするなよ。俺のジャミング装置は『決済サーバーに繋がる通信(課金機能)』だけをピンポイントで遮断したんだ。動画配信のアップロード用ポートは、最初から全開で素通しにしてあるに決まってんだろ!」
「えっ……?」
「つまりだ。お前が魔将軍とヤラセ劇を企てていたことも、課金ができなくなってダサく泣き喚いたことも……全部、全宇宙に生配信されてたってことだよ、バーカ!」
アラトの宣告に、ゼロスの顔からスゥッと全ての血の気が引いた。
『最高にダサいww』『これが課金勇者の末路か』『ホムセン店長かっけえええ!』『ざまぁぁぁぁっ!』
キュララの配信画面には、ゼロスへの凄まじい罵倒と、俺たちホムセン陣営への称賛、そして狂ったような額のスパチャが滝のように流れ続けていた。
「あ、あああ……僕の、僕の英雄伝説が……っ」
ゼロスは完全に心が折れ、白目を剥いてその場に気絶した。
チートによる暴力ではなく、現代インフラと知恵による『社会的な完全抹殺』が完了した瞬間だった。
◆
同じ頃。
神界の薄暗いモニター室では、炎上神ワイズが、絶望に顔を歪めて自身のノートパソコンを凝視していた。
「バ、バカな……。私の……私の完璧なヤラセ炎上劇が……。こんな、たかがホームセンターの道具と配信ごときに……ッ!」
画面を埋め尽くすのは、自分が契約していた勇者の無様な敗北と、彼自身(黒幕)への批判のコメントだった。
『裏で糸引いてた神がいるらしいぞ』『ヤラセで村を焼くとか最悪だな』『運営仕事しろ!』
炎上を仕掛けていた彼自身が、全宇宙からの『大炎上』の標的になっていたのだ。
「ひ、ひぃぃっ……! 違う、私はただ、視聴者が求めるものを……ッ」
ワイズが後ずさりした、その時。
ドゴォォォォンッ!!!
モニター室の頑丈な扉が、凄まじい神気と共に吹き飛ばされた。
「……ワイズ。お前、ついに一線を越えたわね」
もうもうと舞う土煙の中から現れたのは、黄金の聖槍を構え、氷のように冷たい視線を放つ天使族の長・ヴァルキュリアだった。
その後ろには、普段の芋ジャージ姿ではなく、世界神としての絶対的な威圧感を放つ女神ルチアナが、腕を組んで立っている。
「ル、ルチアナ様!? ヴァルキュリア殿! ち、違うんです、これはその、PV効率を上げるための正当な演出で……!」
「黙りなさい」
ヴァルキュリアの静かな、だが絶対の怒りを孕んだ声が、ワイズの弁明を切り捨てた。
「お前のその薄汚いヤラセのせいで、神界の信用はガタ落ちよ。……ルチアナ様、コイツの処分は?」
「そうねぇ……」
ルチアナは、パキポキと指の関節を鳴らしながら、最高にドス黒い笑顔を浮かべた。
「人の命と生活を、ただの数字稼ぎの駒にした反社野郎には……シーラン国のマグローザ漁船(強制労働)で、一生タダ働きしてもらうしかないわね。借金(損害賠償)が返し終わるまで、二度と陸には上げないわよ」
「ひぃぃぃぃぃっ!? お許しをぉぉぉぉっ!!」
天界の奥底に、炎上神の惨めな悲鳴が響き渡る。
他人の人生を弄んだ悪徳プロデューサーには、これ以上ないほどふさわしい、完璧な『ざまぁ』の結末であった。
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