EP 8
『最強防犯グッズと三分間の耐久戦!圏外勇者の末路』
「……たった三分だ。俺が直々に、お前らみたいな害獣の『正しい処理の仕方』を教えてやるよ」
俺が両手に持った『業務用クマ撃退スプレー』と『超高圧スタンガン』を構え、はったり八割のドヤ顔で言い放つと、一千万ゴールドの課金バフを纏った勇者ゼロスは、腹を抱えて甲高い声で笑い出した。
「アハハハハッ! 三分? 寝言は寝てから言いなよ、底辺の店長さん。僕のこの圧倒的なステータスなら、三分もあれば君たち全員を細切れの肉塊にして、お釣りが来るくらいさ!」
ゼロスが黄金のオーラを爆発させ、石畳を砕きながら一歩を踏み出した。
速い。とても人間の目では追いきれない、神速の踏み込み。
俺の心の中の『ビビり』の芯が、完全に限界を突破して悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃぃぃっ! 来るなァァァッ! このクソ客ゥゥゥッ!!」
俺は半狂乱になって絶叫しながら、両手で構えた『業務用クマ撃退スプレー』のトリガーを全力で引き絞った。
――ブシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
オレンジ色の濃厚なガスが、ホムセンの入り口一帯に猛烈な勢いで噴射される。
「フン、そんな煙の目くらましで僕のオーラを――ゲホッ!? ガハッ、ごはぁぁぁっ!?」
突っ込んできたゼロスは、ガスを浴びた瞬間、持っていたオリハルコンソードを取り落とし、顔を両手で覆いながら地面を転げ回った。
「あ、があぁぁっ! 目が! 目がぁぁっ! 息ができないぃぃっ!」
黄金のオーラを纏ったままの勇者が、涙と鼻水とよだれを撒き散らしながら悶絶している。
「タローマンの防犯グッズを舐めるな! ただの唐辛子スプレーじゃない。園芸コーナーで売れ残っていたハバネロの種を、ルナの魔法で限界まで異常濃縮させた『デス・スパイス』を一〇〇〇倍に希釈した特別製だ!」
俺は防毒マスク(塗装用)を素早く装着し、安全圏から冷たく言い放った。
「課金バフで皮膚や筋肉の強度は跳ね上がっても、呼吸をしている限り『粘膜』へのダメージは防げないだろうが! お前みたいに顔を見せるためにノーヘルで戦ってる見栄っ張りには特効薬だよ!」
「チッ、情けない奴め。たかが催涙ガス程度で地に這うとは」
その背後から、魔将軍ミラースが舌打ちをしながら進み出てきた。
「だが、俺にはそんな小細工は通じないぞ、人間。この【ソード】の前に、形あるもの全てを両断してくれる!」
ミラースの妖刀『哭刀』が、不気味な黒光りを放ちながら俺へと迫る。
どんな物質も斬るチートスキル。まともに受ければ、防刃シールドだろうが防弾チョッキだろうが一刀両断だ。
「だったら、形のないもので勝負だ!」
俺は腰の工具ポーチから、野球ボール大の蛍光オレンジ色の球体――『防犯用カラーボール(ルミナス塗料入り)』を三つ連続で投げつけた。
「愚か者が! そんな玩具――」
ミラースは嘲笑いながら、飛んできたボールを妖刀で見事に真っ二つに両断した。
――パァァァンッ!!
「なっ!?」
ボールが斬られた瞬間、中に圧縮して詰め込まれていた『落ちない蛍光塗料』と『強烈な悪臭成分』が、空中で豪快に炸裂した。
逃げ場のない至近距離で塗料を浴びたミラースの顔面が、鮮やかなオレンジ色に染まる。
「ぐあぁぁっ!? 目が……! それに、このドブのような臭いはなんだ!?」
「防犯用カラーボールは、当てて割るのがセオリーだが……お前が勝手に斬ってくれるなら、自爆テロと同じだ! 固体のボールは斬れても、そこから飛び散る『液体』までは斬れないだろ!」
「ええい、小賢しい人間どもめ!」
ミラースが目をこすりながら盲目的に妖刀を振り回す。
「今だ! 女子ども、反撃の狼煙を上げろ!」
俺の号令に、後方で縮こまっていたヒロインたちがハッと顔を上げた。
春太が(ビビりながらも)前線で戦っている姿に、彼女たちのプライドが呼び覚まされたのだ。
「私のお野菜さんたちの成分、とくと味わいなさい! 足元に『ヌルヌル草』、展開ですわ!」
ルナが杖の柄を地面に叩きつけると、塗料で視界を奪われたミラースの足元に、異常な粘液を分泌する苔が一瞬で繁殖した。
「おわっ!?」
巨漢のネフェリムが、バナナの皮を踏んだギャグキャラクターのように派手にすっ転ぶ。
「さらに追撃ですの! 私のLove & Moneyの力で、敵の財布の紐(防御力)をガバガバにしてやりますの!」
リーザが謎のアイドルステップを踏みながらデバフの歌を熱唱し、ミラースの魔力抵抗を削いでいく。
「アタシもやるよ! これでもゴッドチューバーの端くれなんだから! 『ホーリー・スプラッシュ(目眩し用)』!!」
キュララが、ダメージゼロだが強烈な閃光を放つ魔法をミラースの顔面に連続で叩き込み、完全に視覚を奪った。
「ぐぬぉぉぉぉっ! 貴様らぁぁぁっ!」
魔将軍が床を転げ回りながら絶叫する。
「……ハァ、ハァ……。許さない……! よくも僕の美しい顔を……ッ!」
だが、その横で、涙と鼻水まみれになった勇者ゼロスが、黄金のオーラを怒りでさらに膨張させながら立ち上がってきた。
「僕は勇者だぞ! 神界に選ばれた存在だ! お前らみたいな泥臭い底辺のクズどもに、コケにされてたまるかぁぁっ!」
ゼロスが目を真っ赤に充血させながら、オリハルコンソードをメチャクチャに振り回し始めた。
ガシャァァァァンッ!!
ホムセンの陳列棚が破壊され、日用品や園芸資材が宙を舞う。
「ヒィィッ! 俺の在庫が! 商品棚が! 請求書に全部上乗せしてやるからな!!」
俺は悲鳴を上げながら、バックステップで店内へと逃げ込んだ。
「逃がすかぁぁっ!!」
怒り狂ったゼロスが、神速の踏み込みで俺との距離を一瞬で詰める。
「春太っ!!」
倒れていたキャルルが血を吐きながら絶叫する。
俺の目の前に、黄金に輝く凶刃が迫る。
俺は反射的に、タローマンの防犯用具『工業用ポリカーボネート製・大型ライオットシールド』を両手で構えた。
ガギィィィィィンッ!!!!
「ぐおぁぁっ!?」
凄まじい衝撃。防刃シールド自体は破壊されなかったが、一千万ゴールドの課金バフが乗った腕力は、俺の腕の骨を軋ませ、身体ごと後方へ数メートル吹き飛ばした。
「ガハッ……! や、やっぱりパワーの次元が違いすぎる……ッ」
俺は床に叩きつけられ、シールドを取り落とした。
全身の痛みに顔を歪める俺を見下ろし、ゼロスが醜悪な笑みを浮かべて剣を高く振りかぶった。
「終わりだ、店長さん。お前のその泥臭い小細工も、結局は僕の圧倒的な『金』の前には無力だったってことさ。死んで、僕の英雄伝説の引き立て役になりなよ!」
凶刃が、俺の首元に向かって振り下ろされる。
――まさに、その刹那だった。
ピロリロリーン……。
ゼロスの懐に入っていたエンジェルすまーとふぉんから、間の抜けた電子音が鳴り響いた。
『――残高不足、および通信エラーのため、課金ステータスバフの有効時間が終了しました』
無機質なアナウンスが、戦場に響き渡る。
その瞬間。
シュウウウゥゥゥゥ……。
ゼロスの全身を包んでいた禍々しい黄金のオーラが、風船の空気が抜けるように、一瞬にして完全に消え去ったのだ。
「……え?」
ゼロスが、間抜けな声を漏らした。
振り下ろそうとしていた彼の腕から、突如としてすべての『超人的な力』が失われた。
「うおっ!? お、重っ!?」
課金バフが切れたことで、ただの『見栄っ張りのひ弱な青年』に戻ってしまったゼロスの腕力では、聖剣である『オリハルコンソード(推定重量十キロ)』の重さを支えきれなかったのだ。
ガチャンッ!
無様に手から滑り落ちた聖剣が、虚しい音を立ててホムセンの床に転がった。
「あ、あれ……? 僕の、力……。僕の、ステータスが……っ!?」
ゼロスは自分の両手を見つめ、青ざめた顔でガタガタと震え始めた。
俺はゆっくりと立ち上がり、乱れたエプロンをパンパンと払いながら、極上の『社畜の笑み』を浮かべた。
「……三分経過だ。閉店時間だぜ、悪質クレーマー」
「ま、待て! 電波を! 電波を繋げてくれ! 課金さえできれば僕は最強なんだ! まだカードの枠はいっぱい残ってるんだよぉぉっ!」
ゼロスが地べたに這いつくばり、俺の足元に縋り付いて泣き叫ぶ。
「あいにく、ウチの店にはフリーWi-Fiは飛んでないんでね。お前が今まで金と通信環境だけでデカい顔をしてきた、ただの『ハリボテの雑魚』だってことが、これで全世界に証明されたな」
「チッ……。結局は他人の力に頼るだけの、ただのゴミになり下がったか」
その時、床のヌルヌル草から立ち上がったミラースが、顔の塗料を拭いながらゼロスを冷酷に蹴り飛ばした。
「ぎゃあっ!」
「無能な勇者はここで終わりだ。……だが、俺の【ソード】は健在だ。貴様らの小手先の防犯グッズも、これで終わりに――」
ミラースが再び妖刀を構え、いよいよ本気で襲いかかってこようとする。
「……アラト! 俺の言う通りに『アレ』の準備はできてるな!」
「おうよ店長! いつでも発射可能だぜ!」
ジャミング装置の奥で、アラトが何やら巨大なボンベのようなものを抱えてニヤリと笑った。
課金勇者は完全に無力化した。
残るは、いかなる物質をも両断するチート魔将軍のみ。
俺たちのホムセンインフラによる『最後の害獣駆除』が、クライマックスを迎えようとしていた。
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