EP 7
『絶体絶命の蹂躙!震える店長と揺るがぬ決意』
『通信エラー:電波が届かない場所にいるか、機内モードになっています。決済を完了できません』
エンジェルすまーとふぉんの画面に無機質なエラーメッセージが表示され、勇者ゼロスの顔が間抜けに歪んだ。
「は……? 圏外? なんで? ついさっきまで配信の電波は届いていたのに……ッ!」
ゼロスがスマホを天に掲げ、苛立たしげにタップを繰り返す。だが、アラトが組み上げた『広域ジャミング(電波妨害)装置』は、神界との通信網をポポロ村の周囲から完全に遮断していた。
「ひひひ、無駄だぜインチキ勇者。どんな高額課金も、決済サーバーに繋がらなきゃただの数字の羅列だ」
油まみれのアラトが、不格好なジャミング装置の傍らで会心の笑みを浮かべる。
だが、その余裕が続いたのは、ほんの一瞬のことだった。
「……フン。たかが通信用の魔道具が一つ使えなくなった程度で、随分と取り乱すではないか、ゼロス」
ウレタンフォームの泡に妖刀を絡めとられていた魔将軍ミラースが、深いタメ息を吐き捨てた。
「ネフェリムの力を舐めるなよ、人間ども。俺の【ソード】は物理的な切断だけが能ではない。絡みついて斬れぬのなら、純粋な『魔の力』で吹き飛ばすまでだ」
ミラースの空いた左手に、漆黒の魔力がドス黒い球体となって圧縮されていく。
「闇魔法――『ダーク・ブラスト』」
ドォォォォォォォンッ!!
放たれた闇の爆撃が、俺が噴射したウレタンフォームの巨大な壁を、石畳ごと粉々に吹き飛ばした。
「うおわぁっ!?」
爆風に煽られ、俺はレジカウンターの裏まで派手に転げ回った。
「チッ、厄介なバケモノめ……! 『フェニックス・シュート』!!」
アラトがすかさず弓を引き絞り、紅い闘気と炎属性魔法を纏わせた必殺の矢を放つ。炎の鳥がミラースの喉元へと一直線に飛翔する。
しかし、ミラースは自由になった妖刀を無造作に振り上げた。
――スパンッ。
炎の鳥が、真っ二つに割れて霧散した。
「なっ……!? 炎(魔法)そのものを斬りやがった!?」
アラトが驚愕に目を見開く。
「俺の【ソード】の前では、炎も水も、ただの『斬られるべき事象』に過ぎん。……その小賢しい機械ごと、塵に還れ」
ミラースが妖刀を振りかぶり、アラトとジャミング装置に向かって漆黒の斬撃を放った。
「させないわよっ!」
そこに、肩から血を流したキャルルが飛び込み、残された力を振り絞ってダブルトンファーを交差させた。
ガギィィィィィンッ!!!
「くっ、あぁぁぁっ……!」
キャルルの悲鳴。特注の硬度を誇る彼女のトンファーが、まるで飴細工のようにスッパリと両断され、さらにその余波が彼女の身体を吹き飛ばした。
「キャルルちゃん!」
ルナとリーザが駆け寄るが、圧倒的な暴力の前に彼女たちは完全に萎縮し、一歩も動けなくなっていた。
「アハハハハハッ!!」
その光景を見て、スマホを握りしめていたゼロスが、突如として狂ったような高笑いを上げた。
「なんだ、焦って損したよ! 確かに五千万ゴールドの『追加課金』は通信エラーで弾かれた! だが、僕にはさっき課金した『一千万ゴールド分のステータスバフ』が、あと数分は残っているんだ!」
ゼロスの身体を包む黄金のオーラが、再び危険な輝きを放ち始める。
「それに、よく考えたら好都合じゃないか。カメラ(配信)の電波が遮断されたってことは……僕がここでどれだけ残虐に、お前らをゴミみたいに惨殺しても、神界にも世間にも『証拠が一切残らない』ってことだろ!?」
爽やかなイケメン勇者の顔が、どす黒い悪意と下劣な本性でドロドロに歪んでいた。
「さあ、まずはその生意気なウサギからだ! 僕の顔に傷をつけようとした罪、万死に値するね!」
ゼロスが黄金のオーラを纏い、倒れ伏すキャルルに向かって剣を振り上げる。
「や、やめて……っ!」
キュララが涙声で叫ぶが、下級天使の力ではどうすることもできない。
絶体絶命のピンチ。
レジカウンターの陰で、俺はガタガタと全身を震わせていた。
(……怖い。無理だ。俺はただのホームセンターの店長だ。前世でも喧嘩一つしたことがない、ただの平社員だったんだぞ。あんな、鉄を豆腐みたいに斬る魔将軍や、課金でステータスを異常に跳ね上げた狂人に、勝てるわけがない……)
足が竦む。逃げ出したい。
俺のユニークスキル【マンション】の権限を使えば、このホムセンを一瞬で強固なシェルターモードに密閉することもできるかもしれない。
だが、それをすれば、外にいるキャルルたちは確実に見殺しになる。
バキィッ!!
ゼロスが、キャルルへの見せしめとばかりに、ホムセンの店先に並べてあった『タローマン特製・工具ディスプレイ』を蹴り飛ばした。
俺が昨日、三時間かけて綺麗に並べた工具たちが、無惨に床に散らばり、踏みにじられる。
「アハハハッ! なんだこの貧乏くさいガラクタの店は! こんなゴミの山、僕のオーラで全部燃やして平地に――」
――その瞬間。
俺の脳内で、恐怖を押し流すように『プツン』と何かが切れる音がした。
前世のブラック企業時代。
理不尽な要求を押し付ける取引先。現場の苦労を知らずに数字だけを求める上層部。
彼らはいつもそうだった。俺たちが血と汗と涙(と胃薬)を流して作り上げた大切なものを、自分たちの見栄や利益のために、平気でゴミのように踏みにじった。
俺はいつも、それに愛想笑いを浮かべて頭を下げてきた。
だが、ここは俺の店(城)だ。
俺が磨いた床に、俺の右腕であるキャルルの血が落ちている。
俺が陳列した商品を、薄っぺらい金で買った力で踏みにじっている。
「……ふざけんなよ」
俺の口から、低く、ドス黒い声が漏れた。
俺はガタガタと震える両足に力を込め、レジカウンターの裏からゆっくりと立ち上がった。
「あ?」
ゼロスが不快そうにこちらを振り向く。
「なんだい、店長さん? まだ息があったのか。命乞いなら――」
「おい、クソ客ども」
俺は、前世で最も厄介なクレーマーを相手にする時にだけ使っていた、一切の感情を排除した冷酷な声で言い放った。
「俺の店で好き勝手に暴れ回って、商品をぶちまけて……タダで帰れると思ってんのか?」
「……ハッ! なんだその目は? レベル1のしがない村人風情が、一千万ゴールドのステータスを持ったこの僕と、魔将軍ミラースに勝てるとでも思ってるのかい?」
ゼロスが腹を抱えて嘲笑する。ミラースも「狂ったか」と冷たい目を向けている。
「……アラト。アイツの課金バフ、あとどれくらいで切れる?」
俺はゼロスから目を離さず、背後の相棒に尋ねた。
「血反吐を吐きながらの計算だが……ジャミングで追加課金が塞がれた以上、今残ってる一千万のオーラは、あと『三分』で完全に底をつく」
「三分か。上等だ」
俺は、レジの下に隠しておいた『タローマン防犯コーナー・最強セット』を両手に掴み、ゆっくりと歩み出た。
右手に持っているのは、熊すらも一撃で悶絶させる超高濃度の『業務用クマ撃退スプレー(ハバネロ成分一〇〇〇倍濃縮)』。
左手に持っているのは、ドワーフの雷魔石を魔改造して組み込んだ『工業用超高圧スタンガン(一〇〇万ボルト)』。
俺は戦闘のプロじゃない。剣も振れないし、魔法も使えない。
だからこそ、俺は『現代の防犯インフラ』という名の暴力で、害獣駆除を行うだけだ。
「俺の城で、薄っぺらい金と力でデカい顔をするな」
俺は、震える足を必死に隠し、最高に据わった目でニヤリと笑った。
「たった三分だ。俺が直々に、お前らみたいな害獣の『正しい処理の仕方』を教えてやるよ」
圧倒的なステータスと能力を持つ化け物たちに対し、ただのホームセンターの店長が、現代の防犯グッズだけを手に立ち向かう。
ヤラセ配信で世界を騙した悪意に対する、徹底的に泥臭い『防衛戦(害獣駆除)』が、今まさに火蓋を切った。




