EP 6
『アイドルと天使の暴露配信!カメラの裏の泥臭い真実』
「教えてやるよ。薄っぺらい金とチートでデカい顔をしてる奴らに……『本物のインフラの暴力』ってやつをな」
俺が両手に持った『業務用発泡ウレタンフォーム』と『激辛催涙スプレー』を構え、ハッタリ八割のドヤ顔で宣言すると、勇者ゼロスと魔将軍ミラースは一瞬キョトンとし、直後に腹を抱えて爆笑した。
「アハハハハッ! なんだいそれは? 魔法の杖のつもりかな? そんな奇妙な筒切れで、一千万ゴールドの課金ステータスを持った僕に勝てるとでも?」
「ククク……狂ったか、人間。俺の【ソード】の前に、斬れぬものなどない。そんな玩具ごと、貴様らを三枚におろしてやる」
ミラースが妖刀を構え、ゼロスが黄金のオーラを揺らして一歩前に出る。
正直、俺の足は生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた。当たり前だ。前世でクレーム対応は散々こなしたが、本物の刃物を向けられた経験などないのだから。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「(……アラト。準備はどうだ)」
俺は口元を動かさず、背後の相棒に囁いた。
「(急ピッチでやってる。通信石の波長を逆位相でぶつけるための同期に、あと三分はかかる。それまで持ち堪えろ、店長)」
三分。この化け物二人を相手に、非戦闘員の俺たちが耐え凌ぐには絶望的に長い時間だ。
だが、俺には『最強の宣伝部隊(囮)』がいる。
「おい、キュララ! リーザ!」
俺は、後ろで身を寄せ合って震えている女子たちに向かって叫んだ。
「お前ら、それでもプロの配信者とアイドルか!? 自分のシマ(村)で、他人に勝手にカメラを回されて、数字(PV)とスパチャを全部持っていかれてるんだぞ! 指を咥えて見てるつもりか!」
「えっ……?」
「あいつらは『絵に描いたような英雄』を演じて視聴者を騙してる! なら、お前らのその『配信者の目』で、あいつらのメッキを全部引っ剥がしてやれ! カメラにはカメラだ! あいつらの台本を、ゲリラ配信でメチャクチャにしてやれ!!」
その言葉が、二人の『承認欲求』と『プロ意識』に火をつけた。
キュララの瞳から怯えが消え、代わりにゴッドチューバーとしてのギラギラとした光が宿る。
「……そうだよね。私の村で、私より同接(同時接続数)稼ぐなんて、絶対に許せない……!」
リーザも、這いつくばったまま芋ジャージの袖で顔の泥を拭い、バッと立ち上がった。
「春太プロデューサーの言う通りですの! Love & Money! あんな偽物のキラキラに、私の太客のスパチャを奪われるなんて、死んでも死にきれませんの!」
キュララが指を鳴らす。
「みんな、お待たせ! キュララの『裏側暴露・ゲリラ配信』、スタートだよっ☆」
パチンッという音と共に、先ほど引っ込めていたキュララのドローンカメラが再び宙に舞い上がり、ゼロスたちの『背後(死角)』へと猛スピードで回り込んだ。
「なっ、なんだ!? またあの鬱陶しい羽虫か!」
ゼロスが舌打ちをするが、キュララのドローンの動きは、彼自身の撮影用ドローンとは違い、完全に『粗探し』に特化した極悪なカメラワークだった。
「はーい、全国のリスナーのみんなー! 今、あの自称勇者さんの後ろ姿をズームしてるんだけど……見て見て!」
キュララがスマホの画面をタップし、ゼロスの腰回りを限界まで拡大する。
「勇者さんのマントの陰! さっきネタキャベツちゃんが言ってた通り、ポッケがパンパンに膨らんでるよ! これ、完全に『イチゴ味の口臭スプレー』の形だよね!?」
『マジだww』『ボトルの形くっきり浮き出てるw』『戦闘中にエチケット気にしてて草』『ダッサwww』
「チィッ!? や、やめろ! 映すな!」
ゼロスが慌ててマントで腰を隠そうとするが、そこにリーザがすかさずカットインする。
「皆様、さらに注目ですの! あの勇者の足元を見てくださいまし! ポポロ広場の美しい石畳に、何か落ちていますわ!」
リーザの指差す先。ゼロスが立っていた場所のすぐ横に、火が消えかけた煙草の吸い殻が落ちていた。
「あれは……我が村の特産品『ポポロシガー』の吸い殻! しかも、口紅……じゃなくて、ファンデーションみたいな不自然な色の汚れがフィルターについてますの! カメラの前では爽やかなフリをして、裏ではタバコをポイ捨てする不良勇者ですの!」
『うわぁ……』『ポイ捨ては引くわ』『ファンデ塗ってんのかよこの男』『作り物感ヤバすぎ』
「ああっ……! 母なる大地に毒の煙の元をポイ捨てするなんて……完全なるコンプライアンス違反。重罪……ギルティですわ!!」
肩で息をしていたルナが、怒りに震えながら折れた世界樹の杖を掲げる。
「大自然の怒りを知りなさい! 『お仕置きツタさん』!」
ルナの魔法で、石畳の隙間から細いツタがシュルシュルと伸び、ゼロスの足首をペチッ、ペチッと地味に鞭打ちし始めた。
「いっ!? 痛っ、やめろ! 地味に痛い!」
勇者ゼロスの『白銀の英雄』という完璧なイメージが、ポポロ村の女子たちの泥臭いゲリラ配信によって、ものの数分で音を立てて崩れ去っていく。
キュララの配信枠は、本家の英雄配信から流れてきた視聴者で溢れかえり、同接数は過去最高を記録していた。
『やらせ勇者乙』『メッキ剥がれてるぞw』『課金して厚底買ってんの?』
ゼロス自身のチャンネルのコメント欄も、称賛から嘲笑と批判の嵐へと変わっていた。
◆
その惨状を神界のモニター室で見ていた炎上神ワイズは、怒りのあまり自らの髪をかきむしっていた。
「アァァァァァァッ!! なんだこのふざけた配信は!! なぜ奴の口臭スプレーの形など世界中に発信しているのだ!!」
彼が作り上げた『悲劇からの英雄的復讐劇』は、今や『インフルエンサーの裏垢暴露炎上騒動』という、極めて俗っぽく、スケールの小さいネットのオモチャに成り下がっていた。
「ゼロス! 貴様、自分のカメラの管理もできんのか! 今すぐその羽虫を叩き落とし、女どもの口を永遠に塞げ!!」
ワイズの怒鳴り声が念話で響き、ゼロスの堪忍袋の緒が完全に切れた。
「……クソがッ! どいつもこいつもうるさいんだよ!!」
ゼロスの端正な顔が、怒りと羞恥で醜く歪む。爽やかな青年の面影は完全に消え失せ、底意地の悪いチンピラの本性が露わになった。
「配信だの好感度だの、もうどうでもいい! 僕をコケにしたお前ら全員、僕の圧倒的な課金ステータスでミンチにしてやる!」
ゼロスが剣を振りかぶり、キュララたちに向けて殺意の突進を開始しようとした。
だが、その進路を遮るように、俺が立ちはだかった。
「おっと、そっちは通行止めだ」
俺は両手に持った『業務用発泡ウレタンフォーム(特大サイズ)』のノズルを向け、トリガーを全開に引いた。
ブシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
猛烈な勢いで噴射された特殊な化学泡が、ゼロスとミラースの足元一帯の石畳にぶちまけられた。泡は空気に触れた瞬間、モコモコと異常な体積に膨張し、巨大な黄色い『壁』となって彼らの行く手を阻む。
「なんだこの奇妙な泡は! こんなもの、俺の【ソード】で斬り捨てるまで――」
ミラースが鼻で笑い、妖刀を一閃する。
ズパァンッ、と発泡ウレタンの壁は見事に真っ二つに両断された。
――が、斬られたそばから、ウレタンの泡はモコモコと再膨張し、ネチャアッと妖刀の刀身に絡みついたのだ。
「なっ……!? 刀身にまとわりついて……取れん!?」
硬いものを斬るのには最強の【ソード】だが、切断した瞬間に傷口を塞ぐように膨張・接着する『スライム状の化学物質』に対しては、その能力は極めて相性が悪かったのだ。
「ひはははっ! どんな物質も両断するんだろうが、柔らかくてくっつく『接着剤の泡』を斬るのは骨が折れるだろうよ!」
俺が煽ると、ミラースは屈辱に顔を歪ませた。
「小賢しい真似を……! こんな泡、力ずくで突破してやる!」
ゼロスが黄金のオーラを爆発させ、ウレタンの壁ごと強引に俺たちを吹き飛ばそうと、再びエンジェルすまーとふぉんに手を伸ばした。
「五千万ゴールドだ!! 全財産を課金して、この村ごと消し飛ばす究極の範囲魔法を放ってやる!!」
ゼロスの指が、決済ボタンを強くタップした。
……しかし。
彼を包む黄金のオーラは、一向に膨れ上がる気配を見せなかった。
それどころか、先ほどまで輝いていた光さえも、シュウゥゥゥ……と音を立てて消え去ってしまったのだ。
「……え?」
ゼロスが間抜けな声を出し、自分のスマホの画面を二度見する。
そこには、残酷な文字が表示されていた。
『通信エラー:電波が届かない場所にいるか、機内モードになっています。決済を完了できません』
「は……? 圏外? なんで? ついさっきまで配信できていたのに……!?」
ゼロスがスマホを高く掲げ、電波を探して右往左往する。
その滑稽な姿を見下ろしながら、俺の後ろで、不格好な機械の最終スイッチを入れたアラトが、最高に邪悪な笑みを浮かべた。
「タイムアップだ、インチキ勇者。……広域ジャミング、完全作動」
アラトが配線を引き抜いた瞬間、ゼロスのドローンカメラも、キュララのカメラも、全てが同時にポトリと地面に落下し、完全に沈黙した。
「通信がないと何もできない現代っ子には、少々キツいお仕置きだったか?」
俺は空になったスプレー缶を投げ捨て、肩をすくめた。
「ようこそ。一切の課金も助けも届かない、絶望の『オフラインの世界』へ」
ホムセンインフラの真骨頂。
電波と経済の暴力によってメッキを完全に剥がされた悪意への、怒涛の逆襲劇が、ついに最終局面を迎えようとしていた。
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