EP 5
『本気の殺意と課金勇者の暴力!仲間たちの絶体絶命』
『――台本は破棄だ! そのふざけた女どもを本気で殺せ!』
神界の炎上神・ワイズからの直接の念話(命令)が下った瞬間。
ポポロ広場に立っていた勇者ゼロスと魔将軍ミラースの纏う空気が、劇劇の三文芝居から『本物の殺気』へと変貌を遂げた。
「チッ……。神サマのヤロー、簡単に言ってくれるぜ。台本を無視して素人をぶち殺せば、後始末が面倒になるってのに」
ゼロスが舌打ちをし、被っていた「爽やかなイケメン勇者」の仮面をかなぐり捨てた。その端正な顔は、チンピラのように歪んでいる。
「フン。元より俺は、こういう面倒な茶番は嫌いだった。魔王になるための資金稼ぎだと思って付き合っていたが、全てを斬り捨てるだけでいいなら、話は早い」
漆黒の巨漢・ミラースが、低く濁った声で笑い、妖刀『哭刀』を構え直した。
二人の圧倒的なプレッシャーの前に、ゲリラ配信で場を荒らしていたキュララとリーザが、思わず後ずさる。
「な、なんか、いきなりおじさんたちの目がマジになったんですけど……!」
キュララがドローンカメラを背中に隠しながら震える。
「ひぃぃっ! Love & Moneyの法則が通じない、本物の暴力の匂いがしますの!」
リーザも芋ジャージの裾を握りしめ、青ざめた顔で後ずさった。
「まぁ! あなたたち、少しばかりお行儀が悪すぎますわよ。ハッピー・ドリームさんたち、あの方たちを大人しくさせてあげて!」
エルフの姫君ルナが杖を振るい、広場を埋め尽くす巨大な紫色の食虫植物たちが、一斉に触手を伸ばして二人に襲いかかった。
「……目障りだ」
ミラースが、無造作に妖刀を一閃した。
――ズシュッ。
空間がズレるような錯覚。
次の瞬間、ルナの魔力を受けて鋼鉄以上の強度を持っていたはずの食虫植物の触手たちが、まるで細い糸でも切られたかのように、音もなくスッパリと両断され、地面にボトボトと落ちた。
「えっ……? うそっ」
ルナが目を見開く。
「私の植物さんたちが……。どんな強い刃でも、私の魔力が通っていれば絶対に斬れないはずなのに……!」
「言ったはずだ。俺の【ソード】の能力の前では、あらゆる物質の『硬度』など意味を成さない。魔力だろうが、鋼鉄だろうが、ただ斬り裂かれるのみだ」
ミラースは嘲笑いながら、ゆっくりと女子三人組に向かって歩みを進める。
「ちぃっ! 魔王軍の残党ども、私の村で好き勝手させてたまるか!!」
その時、広場の入り口から、弾丸のようなスピードで飛び込んできた影があった。
ポポロ村の村長、月兎族のキャルルである。
彼女は避難誘導を終え、即座にホムセンから取って返してきたのだ。
「月影流・流星脚!!」
特注の安全靴に闘気を込め、キャルルが宙を舞う。
マッハを超えるかという圧倒的なスピードから繰り出された飛び蹴りが、ミラースの配下であるオークやゴブリンの群れを、ボーリングのピンのように次々と粉砕して吹き飛ばした。
「邪魔な取り巻きは片付けたわよ! ルナちゃん、リーザちゃん、キュララちゃん、下がってなさい! あいつらは私が――」
「おいおい、ウサギのお嬢ちゃん。僕の出番を奪わないでくれないか?」
キャルルがダブルトンファーを構えてミラースに立ち向かおうとした瞬間、彼女の背後に、白銀の鎧が音もなく回り込んでいた。
「なっ!?」
キャルルが驚愕して振り返る。勇者ゼロスの動きは、先ほどのヤラセ劇の時とは比べ物にならないほど速かった。
「驚いた? これでも一応、『勇者』の肩書きを持ってるからね。……まぁ、僕の強さの秘密は、血のにじむような努力でも、世界を救う愛でもないんだけどさ」
ゼロスはニヤリと笑うと、懐からエンジェルすまーとふぉんに似た『魔導決済端末』を取り出した。
そして、画面を指でタップし、狂気に満ちた声で叫んだ。
「――『一千万ゴールド、一括課金』!!」
ピロリロリーンッ!
決済完了の無機質な電子音が響いた瞬間。
ゼロスの全身が、まるで超新星爆発を起こしたかのような、圧倒的で暴力的な『黄金のオーラ』に包まれた。
「な、何なのよその禍々しい光は!?」
キャルルがトンファーを盾にして防ごうとするが、そのオーラの圧力だけで体が後ろに押し流されそうになる。
「これが僕のユニークスキル【マネー】だ。リアルな金貨(課金)を注ぎ込むほどに、ステータスが限界を突破して跳ね上がる! 努力も才能もいらない、金こそが世界最強の力なんだよ!!」
ゼロスが黄金のオーラを纏ったまま、一瞬でキャルルの懐に飛び込んだ。
速い。月兎族のキャルルの動体視力ですら、完全に捉えきれない速度だ。
「月影流――!」
キャルルが迎撃のためにトンファーを振るうが、課金によって圧倒的な筋力を得たゼロスのオリハルコンソードが、それを強引に弾き飛ばした。
「くっ……!」
「もらったァッ!」
ゼロスが剣を振り下ろす。キャルルは間一髪で体を捻って避けたが、肩口を浅く斬り裂かれ、鮮血が舞った。
「キャルルちゃん!!」
ルナが悲鳴を上げ、癒やしの魔法を放とうとするが、その前にミラースの妖刀が立ちはだかる。
「よそ見をしている余裕があるのか、エルフ」
「きゃあっ!?」
ミラースの斬撃が、ルナの世界樹の杖の先端を、いとも容易くスッパリと切り落とした。杖を破壊されたルナは、魔法の制御を失ってその場にへたり込む。
「ルナちゃん! この泥棒勇者とバケモノ! 私のLove & Moneyで――」
リーザが前に出ようとするが、ゼロスが冷たい目で見下ろした。
「君の言う『富』なんて、僕の課金額に比べたらパンの耳のカスみたいなものさ。引っ込んでな」
圧倒的な暴力。
どんな物質も両断する魔将軍の【ソード】と、金でステータスを青天井に上げる課金勇者の【マネー】。
この二つのチート能力の前では、ポポロ村のヒロインたちが束になっても、時間を稼ぐことすら困難だった。
「……はぁ、はぁっ。バケモノめ……」
キャルルが肩から血を流しながらも、落ちたトンファーを拾い上げ、再び構える。
だが、その足は限界を迎え、微かに震えていた。満月の夜であれば完全回復も可能だが、今はまだ白昼だ。彼女の体力は容赦無く削られていく。
「さあ、茶番は終わりだ。神サマの言う通り、お前らの綺麗な顔を絶望に染めて、全世界に死体を晒してやるよ」
ゼロスが黄金のオーラをさらに高め、剣を上段に構えた。
ミラースも妖刀を構え、逃げ場を完全に塞いでいる。
ドローンカメラが、キュララたちヒロインの絶望の表情を、冷酷に映し出し続けていた。
(……春太。ごめん、私、ここまでみたい……)
キャルルが悔しげに唇を噛み、死を覚悟して目を閉じた。
その、瞬間だった。
「――随分と、俺の村の女子たちを虐めてくれたじゃねえか。三流の役者ども」
静かだが、底冷えのするような男の声が、ポポロ広場に響き渡った。
ゼロスとミラースが、何事かと声のする方向へと視線を向ける。
キャルルがハッと目を開けると、そこには、ホムセンの緑色のエプロンを身につけた男と、油まみれの服を着た男が並んで立っていた。
「……は、春太!」
「春太さん!」
キャルルとキュララたちが、希望を見たように叫ぶ。
神城春太と、アラト・バレンタインの二人の『元・限界社畜』コンビだ。
だが、その出で立ちは、いつもの平和なホムセン店長のものではなかった。
アラトは、複数の魔導通信石と無停電電源装置(UPS)、そして無数の配線がむき出しになった『巨大で不格好な機械』を背負い、肩で息をしている。
そして春太は、両手にそれぞれ、タローマン製の巨大な『業務用スプレー缶(発泡ウレタンフォーム)』と『防犯用催涙スプレー(激辛仕様)』を握りしめていた。
「なんだ、貴様らは。ただの村人風情が、この俺と勇者に逆らうつもりか?」
ミラースが鼻で笑い、妖刀を弄ぶ。
「フン、その変な機械で何をするつもりか知らないけど、無駄だよ。僕のこの課金ステータスと、彼の全てを斬る剣の前に、ただの人間が勝てるわけないだろ?」
ゼロスも、黄金のオーラを輝かせながら嘲笑した。
だが、春太の顔には、一欠片の恐怖もなかった。
あるのは、ブラック企業で理不尽な上司と徹夜で戦い抜いてきた、冷酷で計算高い『大人の怒り』だけだ。
「……チートスキルに、課金のステータス。確かに、正面から殴り合えば俺たちは一秒で死ぬだろうな」
春太は、スプレー缶のセーフティピンをカチンと弾き飛ばし、ニヤリと笑った。
「だがな、お前らは根本的なことを勘違いしてるんだよ。ここは剣と魔法のファンタジーの戦場じゃねえ。俺の城……『ホームセンター』の敷地内だ」
「な、何を言っている……?」
「教えてやるよ。薄っぺらい金とチートでデカい顔をしてる奴らに……『本物のインフラの暴力』ってやつをな」
絶体絶命のピンチに駆けつけた、二人の非戦闘員。
だが、彼らが背負ってきたのは、魔法よりも恐ろしい『現代の知恵』だった。
ヤラセ配信を仕組んだ悪意への、最高にドロドロで大人げない『逆襲』が、今まさに始まろうとしていた。
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