EP 2
『見えない刃の恐怖!コンクリート防壁、豆腐のように両断される』
「……よし、四番カメラの映像クリア。六番カメラも正常に稼働してるな」
ポポロ村のホームセンター『タローマン』の一階。
俺こと神城春太は、レジカウンターに設置したノートパソコンの画面を複数に分割し、満足げに頷いていた。
画面に映し出されているのは、ポポロ村の四方とホムセンの周囲のリアルタイム映像である。
「ひひひ、俺の前世のSE技術と、ホムセンの『屋外用ワイヤレス防犯カメラ』の悪魔合体だ。魔導通信石の微弱な電波を中継器にして、村の死角を完全にゼロにしてやったぜ」
隣でコーヒーを淹れながら、相棒のアラトが自慢げに笑う。
先日、白昼堂々ホムセンに強盗が押し入るという事件(配信の特定班と母親の電話で自首したが)があったため、俺たちは村のセキュリティをさらに一段階引き上げることにしたのだ。
現代の防犯カメラネットワーク。これさえあれば、不審者の侵入も一目瞭然である。
「完璧なインフラだ。これで俺たちの平和なスローライフは、より強固なものに――」
バンッ!!
俺がコーヒーカップに手を伸ばした瞬間、ホムセンの自動ドアが勢いよく開け放たれた。
「は、春太っ!! 大変よ!」
飛び込んできたのは、ポポロ村村長のキャルルだった。
彼女はウサギ耳を限界までピンと逆立て、息を乱している。普段、冷静沈着にパトロールをこなす彼女が、ここまで血相を変えるのは珍しい。
「どうした、キャルル。またキュララとリーザが鳩の餌を巡って取っ組み合いでもしてるのか?」
「違うわよ! そんなくだらないことじゃないわ! ……村の『防壁』が、やられたのよ!」
「防壁が……やられた?」
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
ポポロ村の外周を守る壁は、俺のホムセンから無限に湧き出るセメントと鉄筋を使い、魔族であるドスンの土魔法で基礎を固めた、厚さ五十センチの『鉄筋コンクリート防壁』である。
オークの群れが丸太で突進しても、飛竜の火球を受けてもビクともしない、我が村が誇る最強の絶対防衛ラインだ。
「まさか……帝国軍か魔皇国の攻城兵器でも撃ち込まれたのか!?」
俺は血の気を引かせながらレジを飛び出し、キャルルの案内で村の南門近くの防壁へと走った。
◆
現場に到着した俺は、目の前の光景に言葉を失った。
「……なんだこれ」
アラトも、後ろからついてきたキュララたちも、ポカンと口を開けて絶句している。
厚さ五十センチ、高さ五メートルの強固な鉄筋コンクリート防壁。
それが、約十メートルに渡って、斜めに『スッパリ』と両断され、上半分の巨大なコンクリートの塊がズレて地面に滑り落ちていたのだ。
「まぁ……! 可哀想に。壁のツタさんたちが、真っ二つに泣いていますわ」
エルフのルナが、防壁に這わせていた植物の切断面を撫でながら悲しそうに眉を下げる。
俺は震える手で、その切断面に触れてみた。
「……ツルツルだ。コンクリートのザラつきが一切ない。鏡みたいに滑らかだぞ」
俺は背筋にゾクゾクと氷を当てられたような悪寒を感じた。
前世の知識で考えれば、鉄筋コンクリートを切断するには、先端にダイヤモンドの刃をつけた巨大なカッターや、重機による破砕が必要だ。それでも、こんなに綺麗に、しかも一瞬で切断することなど物理的に不可能だ。
「爆発の痕もない。炎や雷の魔法特有の焦げ跡もない。……ただ純粋に、物理的に『斬られた』ってことかよ」
アラトが顔を引きつらせている。
「嘘でしょ……。こんな分厚い鉄と石の塊を、刃物一つで一刀両断するなんて……どんなバケモノの仕業なのよ」
武術に精通しているキャルルでさえ、その異常な斬撃の威力に恐れおののいていた。
「ひぃぃぃっ! Love & Moneyの法則が通じない、純粋な暴力の気配がしますのぉっ!」
リーザが俺の背中に隠れてガタガタと震え出す。
「わ、笑えないぞ、コレ……。ウチの最強のインフラが、まるで豆腐みたいに斬り裂かれてるじゃないか……ッ!!」
俺は恐怖で足の震えが止まらなくなった。
魔法なら防ぐ手立てはある。物理的な打撃ならコンクリートの厚みで耐えられる。だが、どんな物質であっても『絶対的に切断される』というのであれば、防壁など紙切れも同然だ。
「店長、落ち着け! ここはパニックになるより、証拠の確認だ! この場所、さっき設置した防犯カメラの画角に入ってるはずだぞ!」
「そ、そうか! カメラだ! すぐに映像を確認するぞ!」
俺たちは脱兎の如くホムセンへと逃げ帰り、レジカウンター裏のノートパソコンにすがりついた。
アラトの高速タイピングで、昨夜から今朝にかけての録画データが呼び出される。
「……あった。昨日の深夜三時頃だ。南門の第六カメラ」
画面に映し出されたのは、月明かりに照らされた防壁の外側だった。
そこに、ノイズにまみれた黒い影が、ゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。
『なんだ、あの男は……?』
漆黒のローブを深く被った大柄な男。その背中には、禍々しいオーラを放つ一本の刀(妖刀)が背負われている。
男は防壁の前に立ち止まると、ゆっくりと妖刀を鞘から抜いた。
大上段に構えるわけでもなく、闘気や魔力を極限まで高める素振りもない。ただ無造作に、片手でスッと、空間を薙ぐように刃を振るった。
――ズレェェェェェェンッ。
監視カメラの映像に、一瞬だけ激しいノイズが走った。
そして次の瞬間、画面の中の分厚い防壁が、音もなく斜めに滑り落ちていた。
「「「…………」」」
俺たちは、全員無言のまま画面を見つめていた。
「……おい。今、ただ刀を振っただけだぞ。防壁に刃すら届いていない距離から……空間ごと斬り裂いたってのか?」
アラトの声が、乾いて掠れていた。
「あわわわわっ……! 無理だ! こんなの無理に決まってる! 俺はただのホムセン店長だぞ! なんでこんな次元を斬り裂くようなヤバい剣豪と戦わなきゃいけないんだ!!」
俺の心の中の(ビビり)の芯が、完全に限界を突破して悲鳴を上げた。
「アラト! 今すぐホムセンの防犯グッズコーナーから『有刺鉄線』と『人感センサーライト』を全部持ってこい! 入り口にバリケードを築くんだ! あと、レジの下に逃げ込める地下シェルターの設計図を引け!」
俺が半狂乱になってガムテープと段ボールでレジの周りを補強し始めていると、画面を食い入るように見つめていたキュララが、突然「あっ!」と声を上げた。
「春太さん! この黒いローブの男の胸元に、なんかマークみたいなのがついてるよ!」
「マーク?」
俺は段ボールを被ったまま、パソコンの画面をズームアップした。
画質が粗いが、確かに男のローブの胸元に、赤黒い炎とドクロを組み合わせたような不気味な紋章が刺繍されていた。
「これ……昨日見た動画に映ってたマークと同じだ!」
「昨日見た動画って……まさか」
「うん。あの『勇者ゼロス』が戦ってた、魔王軍の残党のマークだよ!」
キュララが確信を持った声で言う。
その瞬間、俺の脳内に、昨日の動画の不自然なカメラワークと、計算され尽くした『ヤラセ』の疑惑がフラッシュバックした。
「……魔王軍の残党。つまり、あの動画で村を焼いていた連中と同じ組織の奴が、このポポロ村の防壁を斬ったってことか」
俺は冷や汗を拭いながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「偶然にしては出来すぎている。もし、俺たちの推理通り、あいつらがPV稼ぎのために平和な村をわざと襲撃させている『ヤラセ炎上集団』だとしたら……」
「……このポポロ村が、次の『動画の撮影現場(生贄)』に選ばれたってことね」
キャルルがトンファーを強く握りしめ、低い声で言った。
「そうですの!? じゃあ、あの胡散臭いイケメン勇者も、この村に来るんですの!?」
リーザが怯えながらも、どこかアイドルとしての対抗心を燃やしている。
「……クソッ。俺たちの平和な村を、自分たちの承認欲求と小銭稼ぎのための『炎上コンテンツ』にする気かよ」
俺の心の中に、恐怖とは別の、重く黒い『怒り』が湧き上がってきた。
前世で、現場の苦労も知らずに、数字のためだけに無茶な要求を押し付けてきたブラック企業の上層部に対する、あの底知れぬ怒りだ。
このポポロ村は、俺とアラトが血と汗と涙(と胃薬)を流して作り上げた、大切な居場所だ。
キャルルが体を張り、リーザが歌い、ルナが植物を育て、キュララが配信で盛り上げてきた。
それを、薄っぺらいヤラセ劇の舞台として焼き払うなど、ホムセン店長の誇りにかけて絶対に許せるわけがない。
「……アラト。防犯カメラの映像は常に監視しておけ。あいつらがいつ本隊を率いて襲ってくるかわからない」
俺は被っていた段ボールを脱ぎ捨て、目つきを鋭くした。
「真っ向勝負の斬り合いなんざ御免だが……。俺の『城』で、好き勝手なヤラセ配信ができると思うなよ」
圧倒的な暴力を持つ課金勇者と、次元を斬り裂く魔将軍。
そして、その裏で糸を引く神界の悪意。
絶体絶命の危機が迫る中、俺は知恵と現代インフラの全てを駆使して、このふざけた『炎上配信』を根底からへし折ってやる決意を固めたのだった。
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