第五章 課金勇者の英雄配信(ヤラセ)と、ホムセンインフラの逆襲
『平和な日常と、完璧すぎる英雄配信の違和感』
「ふはははっ! 見ろアラト、この完璧な右肩上がりの売上グラフを! 我がポポロ村の財政は、今まさに黄金期を迎えているぞ!」
ポポロ村の防壁内、ホームセンター『タローマン』の一階。
俺こと神城春太は、レジカウンターに置いたノートパソコンの画面を指差し、歓喜の声を上げていた。
前回のライブコマース(高圧洗浄機の爆発的ヒット)と、指名手配犯をネットの特定班と協力して自首に追い込んだ『神回配信』の恩恵は、計り知れないものだった。
村の知名度はルナミス帝国全土に轟き、タローマンには連日、他国からの商隊や観光客が押し寄せている。ホムセンのインフラと現代知識を駆使した俺のスローライフ計画は、ついに確固たる盤石な地盤を築き上げたのだ。
「ひひひ、違いねえ。厨房の食材予算も倍に増えたからな。今日の賄いは、ロックバイソンの特上サーロインを使ったローストビーフ丼だ。リーザとキュララの底なし胃袋を満たすには、これくらいガッツリ作らねえとな」
厨房から顔を出した相棒のアラトが、血の滴るような巨大な肉塊をタローマン製の包丁で見事にスライスしながら笑う。
「わぁぁっ! お肉ですの! 春太プロデューサーの有能な経営手腕と、私のLove & Moneyの引き寄せの法則が、ついにこの村に特上の富をもたらしたんですのね!」
青い芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、よだれを垂らしながらカウンターに身を乗り出してきた。
「私の魔法で育てたお野菜たちも大繁盛ですわね! これで純金を持ち込まなくても、春太さんを養うことができますわ!」
麦わら帽子を被ったエルフの姫君・ルナが、コンプラ違反な発言を爽やかな笑顔で放つ。
「養われるつもりはないと言ってるだろ。あくまで俺が店長(経営者)だ」
俺はルナの天然ヒモ化計画を即座に却下し、コーヒーを啜った。
「まぁ、平和なのは良いことだけど……春太、最近ちょっと気が緩みすぎじゃない?」
村長のキャルルが、腰にダブルトンファーを提げたままパトロールから戻ってきた。彼女は俺の緩みきった顔を見て、呆れたようにウサギ耳を揺らす。
「何事も油断大敵よ。私たちはルナミス帝国と獣人王国、アバロン魔皇国の三カ国に挟まれた緩衝地帯にいるの。いつまた厄介なトラブルが舞い込んでくるか分からないんだから」
「わかってるさ。だが、ウチには強固なコンクリート防壁もあるし、いざとなれば特定班のリスナーという最強の防犯ネットワークもある。過剰にビビる必要は――」
「あーっ、もう! ムカつくぅぅぅっ!」
俺の言葉を遮るように、休憩スペースの奥から、下級天使キュララの悲鳴のような声が響き渡った。
彼女は純白のフリフリ衣装のまま長机に突っ伏し、エンジェルすまーとふぉんの画面をギリギリと睨みつけている。
「どうした、キュララ。またアンチのコメントが湧いたか? それとも、昨日の配信でやらせがバレたか?」
俺が尋ねると、キュララは涙目で首を横に振った。
「違うの! アンチなんて『ずっ友ロコシ』でとっくに洗脳……じゃなくて、仲良しになったもん! そうじゃなくて、これ見てよ!」
キュララが突き出してきたスマホの画面には、ゴッドチューブの『急上昇ランキング』が表示されていた。
「私のポポロ村のまったり配信、ずっとランキング一位をキープしてたのに……今日になって、急に別の配信者にトップの座を奪われちゃったのぉ!」
「なんだ、そんなことか。ネットの世界の流行り廃りなんて一瞬だろ」
「そんなことじゃないよ! 相手がただの配信者なら私も我慢するけど、このランキング一位の動画、なんかすごいズルいっていうか、ムカつくんだよぉ!」
キュララに促され、俺とアラト、そして女子三人組は、その『急上昇一位の動画』を覗き込んだ。
画面に映し出されたのは、どこか見知らぬ寂れた村の光景だった。
燃え盛る炎。悲鳴を上げて逃げ惑う村人たち。
そして、その後ろから迫り来るのは、不気味な黒い鎧に身を包んだ『魔王軍の残党』らしき魔族の兵士たちだった。
『ひぃぃっ! 助けてくれぇっ!』
『もうおしまいだ……!』
村人たちが絶望の声を上げた、まさにその瞬間。
画面の端から、眩い白銀の聖騎士の鎧とミスリルマントを羽織った、一人の青年が颯爽と飛び出してきた。
彼は燃え盛る炎を背に、ゆっくりと振り返り、カメラに向かってウインクを決めた。
非の打ち所のない、まるで彫刻のように完璧なイケメン(前世の俺の感覚からすると、少し人工的すぎるくらい整った顔立ち)だった。
彼は白い歯をキラリと光らせ、爽やかな、だがどこか芝居がかった声で言い放った。
『――もう安心だ。この勇者ゼロス・ディバインが来たからには、誰一人として傷つけさせはしない!』
その言葉と共に、青年――勇者ゼロスは、オリハルコンソードを引き抜き、魔王軍の残党たちに向かって優雅に斬り込んでいった。
華麗な剣さばき。一切の無駄がない動き。敵の攻撃をオリハルコンシールドで軽々と弾き返し、最後は聖なる光に包まれた一撃で、魔族たちを塵一つ残さず浄化(消滅)させた。
戦いが終わると、ゼロスはへたり込む村人の子供に手を差し伸べ、再びカメラに向かって爽やかな笑顔を向けた。
『魔王軍の脅威は、僕がこの手で必ず打ち砕く。みんなの笑顔を守るためなら、僕の命など惜しくはないさ!』
動画はそこで終わっていた。
だが、画面の横に表示されているコメント欄とスパチャの勢いは、俺たちが以前起こした『強盗自首の神回』を遥かに凌駕するほどの熱狂ぶりだった。
『ゼロス様ぁぁぁっ!』『抱いて!』『本物の勇者様だ!』『かっこよすぎる! 全財産スパチャします!』
投げ銭の金貨アイコンが、文字通り吹雪のように画面を埋め尽くしている。
「はぁ〜……♡ なんて素敵な殿方ですの……! お顔は満点、お声も満点、おまけに勇者様だなんて! 春太プロデューサーとは大違いのキラキラオーラですわ!」
リーザが両手を組み合わせ、うっとりとため息をついている。
「あら、確かに絵に描いたような英雄様ですわね。世界樹の森の妖精の王子様みたいですわ」
ルナもニコニコしながら画面を見つめている。
「ま、まぁ、悪くはないんじゃない? ちょっとキザだけど、ちゃんと村人を助けてるし、実力は本物みたいだし」
キャルルも、どこか頬を染めながら一定の評価を下していた。
だが。
その動画を見た俺とアラトの二人は、感動や感心とは全く無縁の、極めて冷めた、そして薄気味悪い『違和感』を抱いていた。
「……おい、アラト。お前も今の動画見て、同じこと思ったか?」
「ああ。俺の前世のSEとしての勘と、お前の社畜としての宣伝担当の勘が合致してるなら……これは、とんでもなく『臭い』動画だぜ」
俺は腕を組み、ノートパソコンの画面を厳しい目で見つめ直した。
「……キュララ。この動画を撮影してるカメラって、誰が操作してるんだ?」
「え? うーん、多分、ゼロスのパーティーの仲間か、専属のカメラマン(ドローン)じゃないかな? 配信界隈じゃ、専属の撮影係を雇うのは珍しくないよ」
「……だとしたら、不自然すぎるんだよ」
俺は動画を巻き戻し、一時停止しながら画面を指差した。
「いいか? ここは『魔王軍が襲撃してきた、命がけの戦場』のはずだ。村人が逃げ惑い、炎が燃え盛る大パニックの状況だ。……なのに、なぜこのカメラワークは、映画のワンシーンのように『完璧』なんだ?」
「え?」
俺の指摘に、キャルルたちがキョトンとした顔をする。
「普通、パニック状態の戦場でカメラを回せば、手ブレが酷くてまともに映らないはずだ。百歩譲ってカメラマンが優秀だったとしても、この勇者ゼロスの登場シーンを見てみろ」
俺は、ゼロスが振り返って白い歯を見せるシーンを指差した。
「炎を背負ってるのに、勇者の顔に嫌な影が一切落ちてない。瞳にはくっきりと丸い光が入ってる。……これは、俺たちが売った『LEDリングライト』レベルの強力な照明を、カメラのすぐ横から、完全に計算された角度で当てていないと絶対に不可能な映像だ」
「それに、ここもだ」
アラトが横から口を挟んだ。
「敵の魔族の攻撃モーションを見てみろ。こいつら、勇者を殺す気で斬りかかってるはずなのに、どうして『カメラの画角に最も綺麗に収まる位置』で、大振りな攻撃をわざわざストップさせてるんだ? それに、勇者の髪型だ。激しく剣を振るっているのに、前髪のセットが一ミリも崩れてねえ」
「っ……!」
俺とアラトの指摘を聞き、キュララがハッと息を呑んだ。配信者である彼女なら、その『意味』に気づけるはずだ。
「まさか……。春太さん、これって……」
「ああ。これは、命がけの戦いの記録なんかじゃない。何テイクもリハーサルを重ねたかのような、完璧に計算された『PR動画』だ。……いや、もっと悪質かもしれない」
俺は胃の奥底がジリジリと焼け焦げるような、嫌な予感(社畜の直感)を感じていた。
「俺たちも『大食いのやらせ』くらいは黙認してきたが……もし、この勇者と魔族の戦いそのものが、数字(PV)と金を稼ぐために仕組まれた『ヤラセ劇』だとしたら?」
「ヤ、ヤラセ!? 魔王軍の襲撃が!?」
キャルルのウサギ耳がピンと逆立つ。
「仮定の話だ。だが、もしそうなら……こいつらはPVを稼ぐために、わざとどこかの平和な村を魔王軍に焼かせ、そこにタイミング良く現れて英雄のフリをしていることになる。……倫理観の底が抜けてるなんてもんじゃない、本物の『悪意』だ」
俺の言葉に、ホムセンの休憩スペースの空気が一気に冷たくなった。
リーザもルナも、先ほどまでのミーハーな態度は消え失せ、画面の中の作り物めいた笑顔を浮かべる勇者ゼロスを、ゾッとしたような目で見つめている。
「……まぁ、俺たちには関係ない遠い村の話だ。深入りする必要はない」
俺は努めて平静を装い、ノートパソコンの画面を閉じた。
俺はただのホームセンターの店長だ。世界を救う義理もないし、そんな巨大な陰謀に関わる力もない。危険な臭いのするトラブルからは全力で逃げるのが、タローマンの経営方針である。
「そうだな。変な動画見てないで、賄いのローストビーフ丼を食おうぜ。冷めちまう」
アラトも空気を変えるように、美味しそうな匂いのする丼を運んできた。
だが。
俺は気休めを口にしながらも、背筋を這い上がる冷たい悪寒を振り払うことができなかった。
このアナステシア世界における、配信の『数字』と『承認欲求』の闇。
それが、ポポロ村の強固なコンクリート防壁すらも超えて、俺たちの平和な日常を食い破りに来るのは、もう目前に迫っていたのである。
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