EP 10
『ネット通販の夜明けと、モニター室から覗く不穏な影』
「いやぁ、ポポロ村の皆さんには本当に頭が下がります。この『疾風のゴメス』……じゃなくて、赤牙団の末端であるゴンザエモンは、帝国各地で強盗を働いていた厄介な賞金首でしてね。まさか、実家の母親からの公開説教で泣き崩れて自首するとは、我々ルナミス帝国軍の駐屯部隊も予想外でしたよ」
生配信中の強盗未遂事件から翌日。
ホムセン『タローマン』の駐車場には、ルナミス帝国軍の装甲馬車が停まり、立派な鎧を着た駐屯部隊の小隊長が、俺に向かって深々と頭を下げていた。
その後ろでは、ホムセンの荷造り用トラロープでぐるぐる巻きにされた大男が、「母ちゃん、ごめんよぉ……」とまだメソメソ泣きながら馬車に押し込まれている。
「いえいえ、お役に立てて何よりです。これも全て、我がポポロ村の強固なセキュリティインフラと、ネットの特定班の皆様の迅速な連携の賜物ですから。あ、こちらがトラロープの代金と、強盗によって蹴り破られた自動ドアの修理費の請求書になります」
俺は前世の社畜時代に鍛え上げられた、完璧な一〇〇パーセントの営業スマイルを浮かべ、小隊長に『金貨の請求書』と『ゴンザエモンの賞金受け取り書』をスッと差し出した。
「ははは、さすがは噂の村長代理殿。ちゃっかりしておられる。……しかし、あの『ごっどちゅーぶ』という魔法の配信とやら、実に恐ろしいものですな。一瞬にして個人の素性を暴き、社会的に抹殺してしまうとは。軍の諜報部でも、あの特定班のスカウトを検討しているくらいですよ」
小隊長は苦笑しながら書類にサインをし、賞金であるずっしりと重い金貨の袋を俺に手渡した。
「毎度ありです。あ、ついでにそちらの兵士の皆さんへの差し入れとして、我が村の特産品『ずっ友ロコシ』をどうぞ。これを食べれば、帝国軍とポポロ村の絆も、よりズブズブ……ゲフンゲフン、より強固なものになること間違いなしです」
「おお、お気遣い痛み入ります! では、我々はこれで!」
小隊長たちは茹でたてのトウモロコシを嬉しそうに受け取り、装甲馬車を走らせて帝都の方角へと帰っていった。
「……よし。賞金首の報奨金に、トラロープの売上、さらに昨日の『ライブコマース(高圧洗浄機)』の莫大な利益。今月のポポロ村は、過去最高の黒字達成だ」
俺は受け取った金貨の袋をポンポンと弾ませ、一人ホクホク顔でホムセンの店内へと戻った。
休憩スペースでは、今日も今日とて、騒がしくも平和な日常が繰り広げられていた。
「はーい、みんなー! 今日のキュララのランチ配信は、アラトさん特製の『メガ盛りカツカレー・チーズ乗せ』だよっ☆ 昨日のお礼も兼ねて、みんなでワイワイ食べるねっ!」
キュララが、リングライトで美肌に盛られた顔をドローンカメラに向け、愛嬌たっぷりにウインクを飛ばす。コメント欄には、昨日の『神回』の余韻もあってか、大量のスパチャと称賛のコメントが滝のように流れていた。
「あーんっ! ん〜、チーズがトロトロで最高ぉっ! 私、これなら三キロ全部ペロリと食べられちゃいそうだよっ!」
キュララがカメラ目線で一口目を頬張り、あざとい笑顔を振りまく。
――そして、カメラが完全にキュララの顔のアップになった瞬間。
彼女の左手が、音速の滑らかさでメガ盛りカツカレーの器を右隣へとスライドさせた。
「フフッ、今日のアラトさんの味付けは、一段と気合が入っていますの! Love & Money! スパチャの富はキュララちゃんに、カロリーの愛は私の胃袋に! これぞ完璧な食物連鎖ですのぉぉっ!」
カメラの死角で待ち構えていた青い芋ジャージの人魚姫が、ダイソンも顔負けの吸引力で、メガ盛りカツカレーをズォォォォッと飲み込んでいく。
俗物天使と底辺アイドル。
最初は鳩の餌を巡ってポポロ公園で取っ組み合いの喧嘩をしていた二人は、今や『スパチャ稼ぎの表の顔』と『残飯処理(やらせ大食い)の裏の顔』という、強固な共犯関係(Win-Winのビジネスモデル)を築き上げていた。
「まぁ! リーザちゃんもキュララちゃんも、とっても食欲旺盛ですわね! カツカレーには、私が育てた『マヨ・ハーブ』と『お祈りレタス(マイルド亜種)』のサラダがよく合いますわよ!」
天然のコンプラ違反エルフであるルナが、トラウマを引き起こす危険な野菜をニコニコしながら取り分けようとする。
「やめなさいルナちゃん! あんた、また春太を吐血させる気!? そのサラダは私があとで裏山に埋めてくるから、こっちに渡しなさい!」
村長のキャルルが、ウサギ耳を逆立てながらルナの皿をトンファーで強引に没収する。
「ひひひ。今日も我がホムセンは平和でうるせえな、店長。おっと、お前の分の賄いは、お祈りレタス抜きの普通のサラダにしてあるから安心しろ」
厨房から出てきたアラトが、俺の前にコーヒーとまともな昼食を置いてくれた。
「助かるよ、アラト。本当に、お前がいてくれなきゃ、俺はとっくに胃に穴が空いて過労死してるぜ」
「違いねえ。だが、こうして見ると……ネットの生配信ってやつも、使い方次第だな。あの強盗が一瞬で自首したのを見た時は、俺もさすがにゾッとしたが」
「ああ。炎上と隣り合わせの劇薬だが……うまくコントロールすれば、これほど強力な宣伝(PR)インフラはない」
俺はコーヒーを啜りながら、ドタバタと騒ぐ仲間たちを眺めた。
前世の社畜時代、俺が七十二時間の残業の末に夢見ていた『平和でスローな日常』。
ファンタジー世界でのそれは、決して静かなものではなかったが、退屈とは無縁の、温かくて騒がしい日々だった。
ホムセンのインフラと、仲間たちの個性。それらを俺の現代知識(社畜スキル)で束ねていけば、どんなトラブルだって乗り越えていける。
(……色々あったが、やっぱり俺は、この村での生活が気に入ってる。これからも、この騒がしい日常がずっと続けばいい)
俺は心の中でそう呟き、カツカレーの残りを頬張った。
俺のささやかな願いは、俺の知恵と努力で守り抜くことができると、そう信じていた。
――だが。
世界の裏側で、俺たちのその平穏な日常を『最も忌み嫌う者』が、静かに悪意の牙を研いでいたことを、俺はまだ知る由もなかったのである。
◆
その頃。
天界の中心から遠く離れた、薄暗い一室――通称『モニター室』。
壁一面に無数の光る画面が浮かび上がり、アナステシア世界のあらゆる場所のゴッドチューブ配信が映し出されている。
その部屋の中央に置かれた高級なレザーチェアに深く腰掛け、マイタンブラーに入れた熱いカプチーノを啜っている男がいた。
彼の名は『ワイズ』。
最近神界に配属されたばかりの新入りにして、第3種惑星創造神格公務員――通称『炎上神』である。
「……チッ。どいつもこいつ、つまらない配信ばかりだ。視聴者はもっと過激な刺激を求めているというのに」
ワイズは、手元の専用ノートパソコン(エンジェルすまーとふぉんと同期された特別端末)のキーボードを不機嫌そうに叩いた。
彼の視線の先にあるメインモニターには、今まさにキュララが行っている『ポポロ村の平和な大食い配信』が映し出されていた。
『カツカレー美味そう!』『天使ちゃん今日も平和だね』『特定班の俺ら、今日は出番なしかー』
平和でほのぼのとしたコメントが流れ、PV(視聴率)も同接数も、他の配信を圧倒してトップを独走している。
「……反吐が出る。本当に、反吐が出る光景だ」
ワイズは、タンブラーを机に乱暴に置き、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「平和な日常? 温かい仲間との団欒? そんな『物語のない茶番』が、神界のランキングで一位を取るなど、私の美学が許さない。……ゴッドチューブに必要なのは、血と涙だ。圧倒的な理不尽に踏みにじられ、そこから這い上がる『復讐』と『ざまぁ』の狂熱こそが、視聴者を最も熱狂させる究極のエンターテインメントなのだ」
ワイズの専門は『炎上』と『復讐劇』のプロデュースだった。
彼は裏で魔王軍の将軍と結託し、平和な村をわざと焼き討ちさせ、大量の死人と悲劇を生み出す。そして、生き残った村人の前に、彼がスポンサーとなっている『契約勇者』を絶妙なタイミングで登場させ、復讐を成し遂げさせる。
その血みどろのヤラセ劇で、彼は神界の莫大なPVと予算を稼ぎ出してきたのだ。
「あの『タローマン』の店長とかいう小賢しい男……。私の仕掛けた炎上(やらせ疑惑)を、小手先の謝罪会見とトウモロコシで鎮火させ、挙句の果てには強盗事件すら宣伝に利用した。……目障りだ」
ワイズは、パソコンの画面に表示された『ポポロ村』の座標を、マウスでゆっくりとドラッグした。
そして、その座標データを、魔界の奥底で蠢く一つのアイコン――『魔王軍・将軍ミラース』の元へと送信した。
「……良い数字(PV)を持っている村だ。だが、その平和な箱庭も今日で終わりだ。私が『本物の炎上』というものを見せてやろう。天使も、アイドルも、あの生意気な店長も、すべてを業火で焼き尽くし、絶望の中で視聴者に媚びを売らせてやる」
ワイズは薄暗い部屋の中で、カプチーノの甘い香りを嗅ぎながら、醜悪な笑みを深めた。
「さあ、始めようか。最高に胸糞悪く、最高に数字が取れる『ざまぁ配信』の幕開けだ」
ポポロ村の防壁の外。
木々と土のファンタジー世界の彼方から、圧倒的な武力と悪意を持った『魔王軍』の軍靴の音が、少しずつ、だが確実に近づき始めていた。
ホームセンターのインフラと知恵で乗り切ってきた俺の平和な日常に、かつてない『シリアスな暴力』が牙を剥こうとしている。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




