EP 9
『笑いのピーク!特定班のデジタルタトゥーと盗賊の自首』
激辛カレー大炎上(物理)の放送事故から数日。
消火器の粉まみれになったホムセンの一階を死に物狂いで掃除し終えた俺たちは、ようやく元の平穏な(?)日常を取り戻しつつあった。
「はーい、みんなー! 今日もキュララのまったり雑談配信、始まるよーっ☆ ……あ、昨日の粉はもう綺麗に落ちたから心配しないでね!」
休憩スペースでは、キュララがホムセンの『LEDリングライト』を煌々と浴びながら、空飛ぶドローンカメラに向かって愛想を振りまいている。
過激な企画は懲りたのか、今日はお茶を飲みながらの平和な雑談枠だ。コメント欄も穏やかで、スパチャの額も安定している。
「ふぅ……。ようやく、俺の胃袋にも休息の時間が訪れたようだな」
俺はレジカウンターの中で温かい陽薬草茶をすすりながら、平和な光景に目を細めた。
村長のキャルルは村の外周パトロールに出ており、アラトは厨房で仕込み中。ルナは農業特区で野菜に怪しい魔法をかけていて、リーザはタローソンへ廃棄弁当のパトロールに向かっている。
適度に人が少なく、静かな午後だ。
――ガシャァァァァァァンッ!!
だが、俺のささやかな平穏は、ホムセンのガラス扉が乱暴に蹴り破られる音と共に、またしても粉々に砕け散った。
「動くなァッ!! 大人しく金貨と売り物を全部鞄に詰めろ!!」
土足で踏み込んできたのは、薄汚れたマントを羽織り、目出し帽を被った大柄な男だった。その右手には、ギザギザに刃こぼれした物騒な蛮刀が握られている。
白昼堂々の強盗(盗賊)である。
「ひぃぃぃぃぃっ!? ご、強盗だァァァッ!!」
俺は音速で悲鳴を上げ、レジカウンターの裏にダイブした。
ファンタジー世界に来てから色々な異常事態を経験してきたが、純粋な『刃物を持った凶悪犯』に対する耐性など、平和な日本で育ったただの社畜(店長)にあるわけがない。
「おい、そこの女! 妙な真似をしたら斬るぞ!」
盗賊が蛮刀を振りかざし、リングライトの前に座っていたキュララを威嚇する。
だが、神界のトップ配信者は、凶刃を向けられても全く怯んでいなかった。怯むどころか、彼女の瞳には『絶好のコンテンツ(PV)を見つけた』という、肉食獣のようなギラギラした光が宿っていた。
「みんな! 神回だよっ! 生配信中に本物の盗賊さんが乱入してきましたーっ!」
「あァ!? 誰に向かって喋ってやがる!」
「カメラ目線、バッチリいくよっ! 変身っ!」
キュララが指を鳴らすと、純白のフリフリ衣装がまばゆい光に包まれ、無駄に装飾の多い『聖騎士の鎧(アイドル仕様)』へと一瞬でチェンジした。
「神界の正義の鉄槌、受けてみなさいっ! 必殺……『レイピア・フラァァァッシュ』!!」
キュララが空間から細身の剣を取り出し、盗賊に向かって突きを放つ。
――ピカァァァァァァァァァッ!!!
物理的なダメージはほとんどないが、その剣先から放たれたのは『致死量の光量』だった。
「ぐあぁぁっ!? 目、目がァァッ!?」
盗賊が目を押さえて悶絶する。そこにすかさず、キュララが追撃を放つ。
「さらにとどめっ! 『ホーリー・スプラァァァッシュ』!!」
ド派手なエフェクトと共に、極太の光属性レーザー(ダメージよりも見た目の派手さを最優先した映え専用魔法)がホムセンを駆け抜け、盗賊の目出し帽を吹き飛ばした。
「よしっ、ドローンちゃん! 犯人の顔、ズームアップ!!」
キュララの指示で、ドローンカメラが地面に倒れて目を白黒させている盗賊の顔面に、容赦なく4Kの高画質レンズを向けた。
その瞬間。
空中のホログラム(コメント欄)が、異様な熱気と共に、凄まじい速度で動き始めた。
『おい、こいつの顔……どっかで見たことあるぞ』
『右頬の十字傷……。賞金首の「疾風のゴメス」か?』
『違う。ゴメスはもっと顎が割れてる。こいつは多分、ルナミス帝国東部の「赤牙団」の下っ端だ』
『待て、ちょっと魔導通信網で過去の指名手配書を検索してくる』
レジ裏からこっそりホログラムを覗き見していた俺は、背筋にゾクッと冷たい汗が流れるのを感じた。
(……おいおい。異世界にもいるのかよ。『特定班』ってやつが……っ!)
ネットの海に潜む、暇を持て余した魔術師や情報屋たちによる『集合知』。
その恐るべき特定速度は、魔法が存在するこの世界において、地球のネット民を凌駕する脅威だった。
『ビンゴ。こいつの顔、帝国東部のオハーク村の出身者名簿と一致した』
『本名:ゴンザエモン。28歳。三年前まで実家のパン屋を手伝ってたが、素行不良で家出』
『実家の住所:オハーク村三番街四の二。母親の名前は「マーサ」』
『おい、近所に住んでる奴いないか? ちょっと母親の「マーサ」の魔導通信石の番号、誰か知ってたら教えてくれ』
「……ひぃっ。地球よりエグいぞ、こいつら……」
俺はガタガタと震えながら、現代の魔女狩りとも言える恐るべき『デジタルタトゥー』の刻印作業を目の当たりにしていた。
「くそっ、なんなんだこの光る羽虫は! どっか行け!」
視力が回復してきた盗賊が、顔の周りを飛び回るドローンカメラを鬱陶しそうに手で払いのけた。
「ええい、舐めやがって! 女子供ばかりの店だと思って油断したが、俺の本気を見せてやる! 全員斬り刻んで――」
ゴンザエモンが再び蛮刀を構えた、その時だった。
――ピロリロリンッ! ピロリロリンッ!
ゴンザエモンの懐で、彼個人の『魔導通信石』がけたたましい着信音を鳴らしたのだ。
「……あ? こんな時に誰だ、クソッ」
ゴンザエモンは舌打ちをしながら、反射的に懐から通信石を取り出し、通話ボタンを押してしまった。
「もしもし!? 俺は今、仕事中(強盗中)で忙しいんだよ!」
『――――ゴンザエモォォォォォォンッ!!!!』
通信石のスピーカーから、怒りに震える中年女性の大絶叫が、ホムセン中に響き渡った。
「ひぃっ!? か、母ちゃん!?」
『この大バカ息子が!! 今すぐその蛮刀を下ろしなさい!!』
「な、なんで母ちゃんが俺の仕事(強盗)を……!?」
『なんでじゃないわよ! あんた、自分が今どこに映ってるかわかってるの!? 近所の奥さんが「マーサさん、お宅の息子さんがゴッドチューブで強盗の生配信してるわよ!」って血相変えて教えに来てくれたのよ! うちのパン屋の信用をどうしてくれるの!!』
それは、どんな物理攻撃よりも、どんな強力な魔法よりも、男の心(自尊心と社会的地位)を完膚なきまでにへし折る、最恐の攻撃だった。
全世界(数万人)が見守る生配信のど真ん中で、実家のカーチャンからガチの説教の電話がかかってきたのである。
『だいたいあんた! そのマント、私が誕生日に縫ってあげたやつじゃない! それを着て強盗なんて、情けなくて涙が出てくるわ!』
「か、母ちゃん、ごめん! 俺が悪かった! やめて、みんな見てるから! 俺の恥ずかしいプライベートを全世界に晒さないでくれぇぇっ!」
蛮刀を床に取り落とし、大柄な盗賊が、通信石を両手で握りしめながらボロボロと涙をこぼして泣き崩れた。
『今すぐその天使の女の子と、店長さんに土下座して謝りなさい! そして自首しなさい! じゃないと、二度と実家の敷居は跨がせないわよ! 警察(ルナミス軍の駐屯地)には私が今から通報しておくから!!』
「わ、わかった! 自首する! 俺が全部悪かったですぅぅぅっ!」
ブチッ、と無情にも通信が切れた。
静寂に包まれるホムセン。
床に正座し、滝のような涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と咽び泣く大男。
それを、ドローンカメラが静かに、そして冷酷に全世界へと配信し続けていた。
『草』『特定班GJ』『オカン最強』『伝説の神回www』
コメント欄は、かつてないほどの『草(w)』とスパチャの嵐で埋め尽くされていた。
「……す、すごい」
俺はレジカウンターの裏からゆっくりと立ち上がり、乱れたエプロンを整えた。
刃物を持った強盗が、俺が指一本触れることなく、ネットの『特定班』と『母親の電話』だけで完全無力化されたのだ。
「……おーい、店長。騒がしいと思ったら、なんだこのおっさん」
厨房からフライパンを持ったアラトが出てきたが、すでに事態は完全に収拾していた。
「あ、アラト……。ホムセンの防犯グッズから『荷造り用の頑丈なトラロープ』を持ってきてくれ。あとで警察に引き渡す」
「おう。なんか知らんが、自分で正座して待ってるみたいだしな」
俺はカメラの画角に入り、咳払いを一つして、ニヤリと営業スマイルを浮かべた。
「えー、リスナーの皆さん。お騒がせいたしました。ご覧の通り、ポポロ村のセキュリティは『世界最高峰(特定班との強力な連携)』となっております。どんな悪党も、実家のカーチャンには勝てません」
『店長出てきたw』『ポポロ村こえええ』『絶対に強盗に入りたくない村No.1』
「そして! 当店『タローマン』では、いざという時の防犯グッズも多数取り揃えております! この『荷造り用トラロープ(金貨一枚)』や、催涙スプレー代わりの『激辛デス・スパイス』まで! 自首待ちの強盗を縛るのに最適ですよ! お買い求めは、概要欄のQRコードから!」
俺のちゃっかりした宣伝に、コメント欄はさらに爆笑とスパチャの嵐に包まれた。
「みんな、今日は最後まで見てくれてありがとう! 特定班のみんなも、お母さんも、協力ありがとうねっ! キュララでした、バイバーイ☆」
キュララが完璧なウインクを決めて配信を切る。
「……ふぅ。一時はどうなることかと思ったが、ネットの力ってのは本当に恐ろしいな」
俺が縛り上げられたゴンザエモンを見下ろして苦笑していると、キュララがエンジェルすまーとふぉんを見せながら鼻息を荒くしてきた。
「春太さん! 今の配信、同接(同時接続者数)が過去最高を記録したよ! スパチャの売上も、一ヶ月分くらい一気に稼げちゃった!」
「ははは、そりゃ重畳。これで当分は、お前らのバカみたいな食費(メガ盛りや高級寿司)も賄えそうだな」
ライブ配信という現代のインフラは、時に大炎上を引き起こす劇薬だが、味方につければこれほど強力な『防犯・宣伝ツール』もない。
ルナミス警察とのWin-Winな関係(公開手配のデジタルタトゥー)も築き上げ、ポポロ村の知名度はさらに盤石なものとなったのである。
――だが。
この『神回』と呼ばれる配信が、とある『不穏な影』の目に留まっていたことを、俺たちはまだ知らなかった。
神界のモニター室で、その男はマイタンブラーを傾けながら、薄暗い笑みを浮かべていたのだ。
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