EP 8
『胃袋を即時再生!激辛カレー配信の放送事故』
「やらせはもう出来ないし、炎上も怖い……。でも、手っ取り早くバズってスパチャ(金貨)を稼ぐ企画が必要なんだよぉ!」
ホムセン『タローマン』の一階休憩スペースで、エンジェルすまーとふぉんを睨みつけながら、キュララが頭を抱えていた。
先日の謝罪会見(ずっ友ロコシによる買収)で見事に大炎上を鎮火させた彼女だが、配信者としての悩みは尽きないらしい。
「普通にゲーム実況でもやってればいいだろ。なんでお前ら配信者は、常に体を張らなきゃいけない強迫観念に駆られてるんだ」
俺がレジカウンターの中から呆れ声で言うと、キュララは「店長さんはわかってない!」と机をバンッと叩いた。
「ファンタジー世界のリスナーは血の気が多いの! 魔獣討伐とか、体を張ったデスゲームみたいな企画じゃないと、高額スパチャは飛ばないの! ……そうだ! 地球のユーチューバーがよくやってる『アレ』にしよう!」
キュララがひらめいたように指を鳴らし、厨房にいるアラトに向かって叫んだ。
「アラトさん! すっごく辛い、それこそ一口食べたら火を噴くような『激辛カレー』を作って!」
「あ? 激辛カレーだぁ?」
「うんっ! 『致死レベルの激辛カレー完食チャレンジ』! これなら絶対にバズるよ!」
その提案に、アラトの料理人としての(悪の)スイッチが入った。
「……ひひひ。いいだろう。タローマンの園芸コーナーで売れ残っていた『ハバネロの種』をルナの魔法で異常濃縮栽培させた、特製の『デス・スパイス』がある。泣いて謝っても水はやらねえからな」
数十分後。
テーブルの上に置かれたのは、もはやカレーと呼んでいいのかわからない、赤黒くドロドロと煮えたぎる『マグマの沼』だった。
「……おい、アラト。これ、匂いだけで俺の目が潰れそうなんだが」
俺はタオルで口と鼻を覆いながら後ずさる。
「そうですの! なんだか目がシパシパしますの! これは食べ物というより、化学兵器ですわ!」
離れた席で茹で卵を食べていたリーザも、危険を感じてホムセンの防犯用シールドの裏に隠れている。
「ふ、ふふんっ! これくらい、神界の天使の舌にかかれば……余裕、だよっ!」
キュララは強がっているが、その足は生まれたての子鹿のように震えていた。
(……おかしい。あいつ、絶対に辛いものが得意なタイプじゃないぞ)
俺が訝しんでいると、キュララは配信をスタートする直前、カメラの死角で隣に座るルナに小声で耳打ちをした。
「(……ねぇルナちゃん。さっきの打ち合わせ通り、よろしくね?)」
「(はいっ! お任せくださいませ、キュララちゃん! 私、全力でサポートいたしますわ!)」
ルナが世界樹の杖を握りしめ、純度百パーセントの善意の笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしない。エルフの姫君が『全力でサポートする』と言った時、ポポロ村で平穏無事に事が済んだ試しがないのだ。
「はーい、みんなー! 今日も元気に配信スタートだよっ☆」
キュララがドローンカメラを起動し、いつものアイドルスマイルを振りまく。
「今日はね、アラトさん特製の『地獄のマグマカレー完食チャレンジ』をやっちゃいまーす! 見事完食できたら、みんな、いっぱいスパチャ投げてねっ!」
『うわ、色がヤバい』『それ食い物か?』『天使ちゃん死んじゃう!』
コメント欄がどよめき、期待と不安のスパチャが飛び交い始める。
「それじゃあ、いただきまーす!」
キュララがスプーンで赤黒いカレーをすくい、思い切って口に運んだ。
――その瞬間。
「っっっっっっっっ!?!?」
キュララの顔から一切の表情が消え去り、白目を剥いて硬直した。
辛い、という次元ではない。痛覚の限界を突破した『暴力』が、彼女の舌と胃袋を蹂躙したのだ。
「(い、今だよルナちゃんっ!!)」
声にならない悲鳴で、キュララが隣のルナに合図を送る。
「(はいっ! 大自然の癒やしよ……彼女の胃袋を、即・時・再・生しなさいっ!!)」
カメラの死角から、ルナが世界樹の杖をキュララの背中に押し当て、強烈な回復魔法を直接流し込んだ。
「……あ、あれ? 痛くない! 全然痛くないよっ!」
キュララの顔に血色が戻る。
ルナの超高出力の回復魔法が、激辛スパイスによって破壊されていくキュララの舌と胃の粘膜を、破壊されるそばから『コンマ一秒の速度で超回復(細胞分裂)』させていたのだ。
「ん〜っ! 辛いけど美味しいっ! 私、まだまだイケるよーっ!」
『ええええっ!?』『マジで食ってる!?』『天使の胃袋どうなってんの!?』『すげえええ! ナイスパー!』
痛覚を麻痺……いや、リアルタイムで物理的に再生させながら激辛カレーをバクバクと食い進めるキュララの姿に、コメント欄は熱狂の渦に包まれた。
「ひひひ、食うじゃねえか天使。だが、そこからがデス・スパイスの本番だぜ」
アラトが腕を組んでニヤリと笑う。
その言葉通り、半分を過ぎたあたりから、キュララの体に異変が起き始めた。
「あ、あつっ……! なんだか、体がすっごくポカポカ……いや、熱いよぉ……!?」
キュララの全身から、尋常ではない量の汗が噴き出し始めた。
激辛スパイスによる『極限の発汗作用(燃焼)』と、ルナが流し込み続ける『過剰な生命エネルギー(回復魔法)』。
相反する二つの強大なエネルギーが、キュララの小さな体の中で衝突し、暴走を始めていたのだ。
「ル、ルナちゃん……! ちょっと魔法、弱めて……熱い、熱いぃっ!」
「えっ!? だ、駄目ですわキュララちゃん! カレーの破壊力が私の回復魔法を上回ろうとしています! もっと、もっと生命力を注ぎ込まないと、胃に穴が空いてしまいますわ!」
ルナはテンパってしまい、さらに世界樹の杖の出力を最大に引き上げた。
「豊かに! もっと豊かに! 細胞よ、爆発しなさいっ!!」
――ボシュウゥゥゥゥッ!!!
「あついいいいいぃぃぃっ!?」
ついに、キュララの体から『ピンク色の湯気(魔力のオーラ)』が噴き出し始めた。
過剰な回復魔法と激辛カプサイシンが化学反応を起こし、彼女の体温が異常上昇。そして……。
ボワッ!
「ひゃああっ!? ふ、服がっ! 私のアイドルの衣装が燃えてるぅぅぅっ!?」
なんと、魔力摩擦と高熱によって、キュララの純白のフリフリ衣装(可燃性のレース素材)が自然発火したのだ。
『ファッ!?』『燃えた!?』『放送事故だあああっ!』『水着配信超えて火だるま配信キター!!』
ホログラムのコメント欄が、過去最大の速度で流れ、熱狂とパニックのスパチャが乱れ飛ぶ。
「やめろルナ! 魔法を止めろ! 細胞が活性化しすぎて摩擦熱で燃えてるんだよ!!」
俺がレジカウンターから飛び出し、絶叫する。
「あわわわっ! ど、どうしましょう村長さん! お水を、高圧洗浄機でお水をかけないと!」
ルナがパニックになり、またしても高圧洗浄機を持ち出そうとする。
「水圧で服が吹き飛ぶからやめろと言ってるだろ!!」
火だるまになった天使が、泣き叫びながらホムセンの休憩スペースを走り回る。
「熱い! 熱いよぉぉっ! 誰か助けてぇぇっ!」
「キュララちゃん、こっちですの! 私のLove & Moneyのバフで火を消しますの!」
「お前の強欲なバフじゃ余計に燃え上がるだろリーザ! 下がってろ!」
まさに地獄絵図。
大炎上(物理)の放送事故を全世界に生配信するという、ゴッドチューバーとしてある意味で伝説に残る最悪の事態。
俺が胃痛で気絶しそうになった、その時だった。
「――そこを退きなさい、バカ者ども!!」
ドスゥゥゥンッ!
ホムセンの入り口から、特注の安全靴で地面を蹴り砕きながら、月兎族のキャルルが猛スピードで突っ込んできた。
彼女の手には、タローマンの防災コーナーに設置されていた、真っ赤な『業務用ABC粉末消火器』が握られている。
「キャルル! やれっ!」
「月影流・白煙の舞いっ!!」
キャルルが消火器の安全ピンを引き抜き、レバーを力強く握りしめた。
――プシュアァァァァァァァァァッ!!!!!
凄まじい勢いで噴射されたピンク色の消火粉末が、火だるまになっていたキュララを頭から足の先まで完全に包み込んだ。
「むぐっ!? ごふっ、げふぅぅっ!?」
粉まみれになったキュララが、むせ返りながらその場に倒れ込む。
ホムセンの休憩スペースは、視界ゼロのピンクの粉塵に包まれ、ドローンカメラのレンズも粉で完全に真っ白に染まった。
『…………』
『……えっと』
『天使ちゃん、生きてる?』
真っ白になった画面の向こうで、コメント欄の動きがピタリと止まる。
「……ゲホッ、ゴホッ……は、配信、終了ぉ……」
真っ白な粉の塊と化したキュララが、震える手で指を鳴らし、ようやくドローンカメラがオフになった。
静寂が戻ったホムセン。
焦げた衣装と消火剤の粉にまみれ、白目を剥いて倒れているトップ配信者。
激辛カレーの空き皿を持ったまま、呆然としているアラトとルナとリーザ。
そして、消火器を持ったまま仁王立ちしているキャルル。
「……はぁ」
俺は、粉まみれになったホムセンの床と、売るはずだった商品たちを見て、その日一番の深いため息をついた。
「やらせの次は、放送事故かよ。お前ら、一日一回は村のインフラを破壊しないと死ぬ病気にでもかかってるのか……?」
「ご……ごめんなさぁぁい……」
粉まみれのキュララが、床に突っ伏したまま泣きじゃくっている。
結局、この日稼いだ膨大なスパチャの全額は、ホムセンの清掃費用と、ダメになった商品の弁償代として、俺のレジ(タローマンの売上)へと強制的に回収されることとなった。
ゴッドチューバーの道は険しく、そしてホムセン店長の胃の粘膜は、今日もまた一ミリ薄くなるのだった。
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