EP 7
『炎上御免のライブ配信!底辺アイドルVS俗物天使』
第7話:『美肌の光を求めて!お悩みグッズ「LEDリングライト」の狂気』
「あーっ、もう! ダメダメ、全然ダメだよぉ!」
夕暮れ時のポポロ村。
ホムセン『タローマン』の休憩スペースで、エンジェルすまーとふぉんを構えていたキュララが、突然不満げな声を上げてテーブルに突っ伏した。
「どうした、キュララ。またアンチのコメントでも湧いたか? それとも、ずっ友ロコシの効き目が切れたか?」
レジで売上計算をしていた俺が顔を上げると、キュララは涙目で首を横に振った。
「違うの、春太さん! 見てよこの画面! 夕方になって日が落ちてきたせいで、私の顔に嫌な影ができちゃってるの! これじゃあ、私の最強キュートな天使肌が、ただの『疲れた村娘』みたいに見えちゃうよぉ!」
キュララが突き出してきたスマホの画面には、確かに夕暮れの薄暗い光のせいで、目元にどんよりとした影が落ちた彼女の顔が映っていた。
「……別に、普通に可愛いと思うが」
「ダメなの! ゴッドチューブの世界では『盛れ具合』がすべてなの! 肌は白く、瞳には星の輝きがなきゃ、リスナーのスパチャの額がガクッと落ちちゃうんだから! ああーん、アバロン魔皇国のプロの照明係みたいな魔法使いが欲しいよぉ!」
トップ配信者としてのプロ意識なのか、ただの強欲なのか。キュララは頭を抱えてジタバタと暴れている。
「お待ちくださいまし! 『盛れ具合』が足りないのは私も同じですの!」
そこに、いつもの青い芋ジャージを着たリーザが、血相を変えて乱入してきた。
「最近、キュララちゃんの配信の端っこに映り込む私の顔が、なんだか『ただのジャージを着たヤバい女』にしか見えないとリスナーから指摘されましたの! 私は宇宙一のアイドルですのに、このままではLove & Moneyの法則が崩壊してしまいますの!」
「お前がただのヤバい女なのは照明のせいじゃないと思うが……」
俺がツッコミを入れようとしたが、二人の『美に対する執念』は本物だった。
前世の地球でも、ユーチューバーやインフルエンサーにとって『照明』は命である。どれだけ美人でも、光の当て方が悪ければ魅力は半減し、逆に光さえ完璧なら、多少の粗はすべて吹き飛ぶ。
それを知っている俺は、ふと、ホムセンの家電コーナーの奥で埃を被っている『ある商品』の存在を思い出した。
「……お前ら。そんなに『盛れる光』が欲しいか?」
「「欲しい(ですの)!!」」
二人の声が見事にハモる。
「よし。ちょっと待ってろ」
俺はバックヤードに向かい、一つの細長い段ボール箱を抱えて戻ってきた。
「これだ。現代社会が誇る、配信者と自撮り女子のための最強の神器……『スマートフォン用・LEDリングライト(三脚スタンド&自撮り棒付き)』だ」
俺が箱から取り出したのは、直径三十センチほどの白い輪っか状のライトと、それを支える黒い三脚スタンドだった。
「わぁっ……! なんですか、この不思議な白い輪っかは!?」
キュララが目を丸くする。
「ただの輪っかじゃない。これは、顔の真正面から均等に光を当てることで、嫌な影をすべて消し去る魔法の照明だ。しかも……」
俺は、リングライトの中央にあるホルダーにキュララのエンジェルすまーとふぉんを固定し、大容量のモバイルバッテリーにUSBケーブルを繋いだ。
「スイッチ、オンだ」
カチッ。
――ピカァァァァァァッ!!
夕暮れの薄暗い休憩スペースに、まるで小さな太陽が出現したかのような、白く強烈な、しかし眩しすぎない柔らかな光が放たれた。
「ひゃああっ!? 明るっ!」
「さあ、キュララ。その光の輪の正面に立って、スマホの画面を見てみろ」
俺に促され、キュララが恐る恐る画面を覗き込む。
その瞬間、彼女は雷に打たれたように硬直した。
「えっ……? うそっ……これ、私……!?」
画面の中には、先ほどまでの「疲れた村娘」の面影は微塵もなかった。
リングライトの均等な光が顔全体のくすみを完全に吹き飛ばし、肌は陶器のように白く輝いている。そして何より――。
「見て、春太さん! 私の瞳の中に……丸い『光の輪っか』ができてる!」
「それが『キャッチライト』だ。瞳に光を入れることで、表情が生き生きとして、三割増しで可愛く見えるんだよ」
「きゃあああああっ!! すごい、すごすぎるよこれぇっ! 神界の聖なる光より盛れてる! 私、絶対これ買う! いくら!? 金貨何枚!?」
キュララがスマホを握りしめ、歓喜の悲鳴を上げながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ずるいですの! 私も、私もやらせてくださいまし!」
リーザがキュララを突き飛ばし、リングライトの前に陣取った。
「ああっ……! 芋ジャージの毛玉の影まで消え去って、私からあふれ出るロイヤルな人魚姫のオーラが完璧に可視化されていますの! これがあれば、投げ銭の額が今の十倍に跳ね上がること間違いなしですの!」
リーザもまた、瞳に丸いキャッチライトを宿しながら、恍惚とした表情で自撮りポーズを決めまくっている。
「……あらあら、ずいぶんと騒がしいですわね。何のお祭りをしていますの?」
そこに、農業特区での作業を終えたエルフの姫君・ルナが、麦わら帽子を被ってやってきた。
「ルナちゃん! 見てくださいまし、春太プロデューサーが、女の子を最強に可愛くする魔法の光の輪を出してくれましたの!」
「まぁ、可愛く? ……ふふっ、私は世界樹の加護がございますから、すっぴんでも十分に――」
ルナが余裕の笑みを浮かべながら、何気なくリングライトの前に立ち、スマホの画面を見た瞬間。
「――――ッ!?」
エルフの姫君の動きが、ピタリと止まった。
「……なんということでしょう。私のエルフ耳の先まで、神々しい後光が差しているように見えますわ。それに、この瞳に映る丸い光……まるで、夜空に浮かぶ満月のようですわね」
ルナは震える手で自分の頬を包み込んだ。
「村長さん(春太)。これ……もう一つ、ありませんこと? 私、これで毎日お野菜たちとの記念撮影をしたいですわ」
あの天然エルフのルナでさえ、現代の『自撮りの魔力』には抗えなかった。
「ちょっとちょっと、あんたたち! 仕事もせずに何遊んでるのよ!」
最後に現れたのは、ポポロ村村長のキャルルだった。腰にトンファーを提げ、パトロールから戻ってきたらしい。
「春太! また何か変な魔道具を出したの!? だいたいね、女の子が光の加減ひとつで一喜一憂するなんて、武の道に生きる私からすれば軟弱極まりない――」
「ほらキャルル、一回だけ画面見てみろ」
俺は強引にキャルルの肩を掴み、リングライトの前に立たせた。
「ちょっと、やめなさいよ! 私はそういうチャラチャラしたのは嫌い――」
画面を覗いたキャルルは、無言になった。
リングライトの光は、彼女の長いウサギ耳のフワフワ感を極限まで際立たせ、いつもはキツめのツンデレな表情を、ふんわりとした柔らかい『乙女の顔』へと変貌させていた。
「…………」
キャルルは無言のまま、自分のウサギ耳の角度をミリ単位で調整し、少しだけ顎を引き、最も可愛く見える角度(所謂、奇跡の一枚の角度)を必死で探り始めた。
「……なぁ、キャルル。武の道はどうした?」
「う、うるさいわねっ! これはその……村長としての威厳を、村民にどうアピールするかの、政治的な視察よ! ……春太、これ、私にも一つちょうだい。いくらでも払うから」
顔を真っ赤にしながら、ヤンデレ気質の村長までもがリングライトの軍門に降った。
女性という生き物の、根源的な『美への執着(承認欲求)』。
前世の地球で、数億人の女性を虜にした魔法のアイテムの威力を、俺は完全に甘く見ていたのだ。
◆
翌朝。
ホムセン『タローマン』の開店と同時に、俺は信じられない光景を目の当たりにした。
「開けろぉぉぉっ! 魔法の光の輪を出せぇぇっ!」
「キュララちゃんの配信で見たのよ! 瞳に星が宿る魔法の魔道具!」
「金ならある! 領主の夫のカードで一括払いよ!」
ホムセンの入り口から、ポポロ村の広場を越え、防壁の外にまで続く、おびただしい数の『女性たちの行列』ができていた。
村の娘たちはもちろん、ルナミス帝国の貴族の令嬢、果てはアバロン魔皇国の女魔族や、レオンハート獣人王国の猫耳族まで。種族や国境を越え、「配信で見たあの美肌ライトが欲しい」という執念だけで、数百人の女性が殺到していたのだ。
「ひぃぃっ!? な、なんだこの暴動は!?」
俺が悲鳴を上げていると、アラトが青ざめた顔で走ってきた。
「店長! マズいぞ! 昨日の夜、キュララとリーザの奴が『このリングライトで誰が一番盛れるか選手権』を深夜まで配信しやがったんだ! それを見た世界中の女どもが、眼の色変えて押し寄せてきやがった!」
「お、落ち着け! 在庫はある! 家電コーナーの倉庫に、間違えて大量発注してたリングライトが山ほどあるはずだ! よし、これを金貨三枚で売りさばくぞ!」
俺は即座に商人(社畜)の顔になり、メガホンを手に取った。
「皆さん、並んで! 順番に案内します! あ、ちなみにリングライトを外で使うには『大容量モバイルバッテリー(金貨二枚)』が必要になります! セットで買うとお得ですよー!」
飛ぶように、という表現すら生ぬるい。
山のようにあったLEDリングライトとバッテリーの在庫が、女性たちの怒涛の勢いに飲まれ、わずか一時間で文字通り消滅した。
俺の手元には、またしても莫大な量の金貨と、売上記録の束が残された。
「……ふふふっ。ボロ儲けだ。女の承認欲求は、どんな強力な魔法よりも金を動かすんだな……」
俺がレジカウンターの裏で札束(金貨)の匂いを嗅いでいると、外からアラトの呆れたような声が聞こえてきた。
「おい店長。儲かったのはいいが……外を見てみろよ。完全にディストピアだぞ」
「え?」
俺がホムセンの外を見ると、そこには異様な光景が広がっていた。
広場のあちこちで、買ったばかりのリングライトを三脚に立て、自分の顔に煌々と光を当てながら、ブツブツと独り言を言って自撮りをし続ける女性たちの群れ。
「私、最高に輝いてるわ……」
「見て、この瞳のキャッチライト……」
誰も前を向いて歩かず、ただひたすらに光の輪に向かってポーズを決め続けている。まるで、光に群がる羽虫か、何かの宗教儀式のような光景だった。
「……やべえ。俺、とんでもない『パンドラの箱』を開けちまったかもしれない……」
美肌の光がもたらした、狂気の自撮りパンデミック。
ファンタジー世界に現れた現代の魔道具は、平和な村の景観を、一瞬にして『SNSの闇』へと染め上げてしまったのである。
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