EP 5
『世界初解禁!ホムセン高圧洗浄機・通販ライブは大パニック』
「……マズいな。この在庫、完全にスペースの無駄遣いになってるぞ」
ポポロ村のホームセンター『タローマン』のバックヤード。
俺こと神城春太は、うず高く積まれた段ボールの山を見上げて、深刻な顔で腕を組んでいた。
段ボールに印字されている商品名は『タローマン製・ハイパワー高圧洗浄機(水道直結式)』。
前世では、年末の大掃除や洗車で大活躍する現代の利器だ。俺のユニークスキル【マンション】の恩恵により、ホムセンの倉庫には定期的に現代の品が補充されるわけだが……。
「どうした、店長。また在庫の山を見て前世のノルマでも思い出してんのか?」
厨房から出てきたアラトが、首にタオルを巻きながら声をかけてきた。
「いや、この『高圧洗浄機』だよ。このアナステシア世界じゃ、そもそも『水圧で汚れを吹っ飛ばす』なんて概念がない。魔法使いが水魔法でチョロチョロ洗うか、ドワーフがタワシでゴシゴシこするかの二択だ。いくら店先に並べても、誰も見向きもしないんだよ」
「あー、確かに。見た目がただの黄色いプラスチックの箱にしか見えないからな。使い道がわからなきゃ、誰も金貨を出してまで買わねえだろ」
その通りだ。どれだけ優れたインフラ設備も、その『価値』を顧客に認知させなければ、ただのガラクタである。
俺がどうやってこの在庫の山を捌くか頭を悩ませていた、その時。
「はーい、みんなー! 今日も元気に配信スタートだよっ☆」
休憩スペースの方から、下級天使キュララの甲高い声が聞こえてきた。今日も空飛ぶドローンカメラに向かって、リスナーから投げ銭を巻き上げているようだ。
その光景を見た瞬間、俺の前世の『悪徳営業スマイル』が、無意識のうちに顔に張り付いた。
「……アラト。現代社会において、得体の知れない新商品を爆発的に売るための、最強の宣伝手法を知ってるか?」
「あ? そりゃあ、テレビの深夜通販……まさか」
「そのまさかだ。あいつのあの異常な影響力(PV)と、ホムセンの在庫を掛け合わせる」
俺は段ボールを一つ担ぎ上げ、ギラリと目を光らせた。
「世界初……ファンタジー世界における『ライブコマース(生配信テレビショッピング)』を開幕するぞ」
◆
一時間後。
ホムセンの屋外駐車場に、即席の『特設スタジオ』が完成していた。
背景には商品である『高圧洗浄機』がピラミッド状に積まれ、照明代わりのLED投光器が煌々とステージを照らしている。
「ええーっ!? 私がこの『たろーまん』の商品の宣伝をするの!?」
キュララが目を丸くして聞き返してきた。
「ああ。お前の配信でこの商品を実演販売してくれ。もし在庫が全部売れたら、売上の十パーセントを『案件ギャラ』としてお前に還元してやる」
「じゅっ、十パーセント!? やる! 私、絶対に全部売るよっ!!」
現金な天使は、ギャラの話を聞いた瞬間に目の色を変え、プロの配信者の顔になった。
「ちょっとお待ちくださいまし!!」
そこに、青い芋ジャージを着たリーザが、猛ダッシュで乱入してきた。
「春太プロデューサー! 私という専属アイドルがいながら、この泥棒天使をメインMCに据えるとは何事ですの!? 私も出ます! Love & Moneyの精神で、売上の十パーセントのさらに半分を頂きますの!」
「お前は本当に金と出番の匂いに敏感だな……。わかった、お前は『アシスタント兼・実演モデル』だ。キュララが紹介した後、俺の合図でこの洗浄機のトリガーを引け」
「お任せくださいまし! 完璧なリアクションとポーズで魅了してみせますの!」
俺はカメラの死角(画角の外)に立ち、段ボールの切れ端にマジックで文字を書いた『カンペ(カンペニングペーパー)』を構えた。
「よし、準備はいいな? ……配信、スタート!」
キュララが指を鳴らし、ドローンカメラが宙に浮く。
「はーい! みんなー、今日は特別配信! ポポロ村の『ホームセンター・タローマン』から、信じられない魔法のアイテムを紹介しちゃうよっ☆」
『おっ、今日は外か』『天使ちゃんかわよ』『魔法のアイテム?』
コメント欄が早速反応し始める。
俺はキュララに向けて、スッと【カンペ:商品の凄さをアピールしろ】を突き出した。
「今日紹介するのはコレ! 『タローマン製・ハイパワー高圧洗浄機』だよ! みんな、お城の壁とか、お馬さんの馬車とか、泥だらけになってお掃除が大変じゃない?」
『わかる』『ゴブリンの血とか落ちないんだよね』『ウチの城の壁、苔むしてるわ』
「そんなお悩みを、この魔法の箱が一瞬で解決しちゃいます! それじゃあ、実際にその威力を見てもらうね! アシスタントのリーザちゃん、お願いっ!」
カメラが、芋ジャージ姿のリーザへとパンする。
リーザの目の前には、アラトが裏山から運んできた『ヘドロと魔獣の返り血で真っ黒に汚れた、ドワーフ製の巨大な鉄の盾』が立てかけられていた。
「皆様、ごきげんようですの! それでは、この洗浄機の威力をとくとご覧あれですの! スイッチ、オォォォンッ!!」
リーザが、高圧洗浄機のノズルを構え、トリガーを力強く引いた。
――ガガガガガガガガッ!!!
――ブシャァァァァァァァァァッ!!!
コンプレッサーの激しい駆動音と共に、凄まじい水圧の水の刃が、鉄の盾に叩きつけられた。
その瞬間、盾にこびりついていた頑固なヘドロと血の汚れが、まるで消しゴムで消すように、一瞬にして『銀色のピカピカな地金』へと生まれ変わったのだ。
『なっ!?』『ファッ!?』『おい、今のなんだ!?』『詠唱なしで極大水魔法!?』『汚れが一瞬で消えたぞ!?』
ホログラムのコメント欄が、信じられないほどの速度で滝のように流れ始めた。異世界人たちにとって、水圧による物理洗浄は、もはや最上級の魔法にしか見えないのだ。
「フフッ、見ましたの!? 私のアイドルとしての輝きと同じくらい、ピカピカになりましたのよ!」
リーザが水しぶきを浴びながら、無駄にセクシーなポーズを決める。
俺はすかさず、【カンペ:値段の発表!煽れ!】をキュララに突き出した。
「みんな、驚いた!? この『詠唱いらずの極大水魔法発生器』……普通に魔道具屋で買ったら、金貨十枚は下らないよね? でも今日は! なんと特別価格……!」
キュララがタメを作る。コメント欄は『いくらだ!?』『金貨五枚でも買うぞ!』と熱狂に包まれていた。
「なんと……金貨一枚! 金貨一枚でのご提供ですっ!」
『安すぎぃぃぃっ!』『価格破壊だろ!』『タローマン、頭おかしい(褒め言葉)』
俺は最後のトドメとばかりに、【カンペ:おまけをつけろ!今すぐ買えと言え!】を叩き出した。
「さらにさらに! 今すぐ画面のQRコードからご注文いただいた方には、ポポロ村特製の『陽薬草ドリンク(疲労回復ポーション)』を三本! 三本もお付けしちゃいまーす!! さあ、在庫には限りがあるから、急いでねっ!!」
――チャリーンッ! チャチャチャチャリィィィンッ!!
その瞬間、俺の手元のノートパソコンから、決済完了を知らせる狂ったような通知音が鳴り響き始めた。
『買った!』『ウチの騎士団で十個買う!』『領主の権限で五十個買え!』
ルナミス帝国の貴族から、アバロン魔皇国の兵站担当まで、あらゆる層からの注文が殺到する。
ホムセンの死蔵在庫だった高圧洗浄機が、飛ぶように……いや、文字通り秒速で蒸発していく。
「ふはははっ! 売れる! バカみたいに売れるぞ! これが現代のテレビショッピング(ライブコマース)の威力だ!!」
俺がカンペを放り投げて高笑いしていると、特設ステージの横で、目をキラキラと輝かせている影があった。
「まぁっ! お水が勢いよく飛び出す、魔法のジョウロですわね! これなら、私の可愛いお野菜たちにも、一瞬でお水をあげられますわ!」
農業特区責任者のエルフ、ルナである。
「あ、こらルナ! 勝手に触るな!」
俺が止める間もなく、ルナは実演用の高圧洗浄機のノズルを奪い取り、自分の横に置いてあった『たまんネギ』の入ったカゴに向けてトリガーを引いてしまった。
――ブシャァァァァァァッ!!!
「ギャァァァァァッ!?」
至近距離からの強烈な高圧洗浄。
その圧倒的な水圧に吹き飛ばされたたまんネギたちが、悲鳴を上げながら宙を舞い、実演モデルとしてポーズを決めていたリーザの顔面にクリーンヒットした。
「ぶべぇっ!?」
リーザが芋ジャージごと水浸しになり、たまんネギの直撃を受けてステージから豪快に転げ落ちる。
「きゃあっ!? ご、ごめんなさいリーザちゃん! お水が強すぎましたわ!」
慌てたルナがノズルを振り回したせいで、今度はキュララに極太の水流が襲いかかった。
「ひゃああっ! つ、冷たいっ!? 私の純白の衣装が透けちゃうーっ!」
水浸しになった天使が、悲鳴を上げながらカメラの前でドタバタと逃げ惑う。
『水着(透け)配信キター!』『放送事故www』『エルフちゃんもっとやれ!』『スパチャ投げるからもっと水かけろ!』
ホログラムのコメント欄は、先ほどの購買意欲から一転、スケベな貴族たちからの高額スパチャでカオスな祭りと化してしまった。
「やめろルナ! 暴発させるな! 配信を止めろキュララ! コンプラ違反でBANされるぞ!!」
俺が慌てて飛び出し、ルナからノズルを奪い取ろうと揉みくちゃになる。
その一部始終までが、全世界に生配信されていた。
◆
三十分後。
ホムセンのバックヤードに山積みになっていた高圧洗浄機は、見事に一つ残らず完売していた。
俺のパソコンの売上画面には、これまでの村の収益を軽く上回る、とんでもない桁の数字が表示されている。
「……はくしょんっ! もう、最悪ですの。アイドルの私が泥水まみれですの……」
「うぅぅ……私の衣装がビショビショだよぉ。でも、スパチャはいっぱい稼げたからいっか」
タオルにくるまったリーザとキュララが、ストーブの前でガタガタと震えている。
「チッ、結果オーライだが、お前ら本当にドタバタさせねえと気が済まないのか」
アラトが温かいスープを二人に差し出しながら、呆れたようにため息をついた。
俺は、ノートパソコンの売上画面と、すっからかんになった倉庫を交互に見比べた。
(……ライブコマース。このファンタジー世界において、ネット通販の概念は劇薬だ。金は稼げるが、一歩間違えれば村の平穏が一瞬で崩壊する)
俺は前世の社畜時代に叩き込まれた「急激な成長は組織を壊す」という教訓を思い出し、売上の喜びに浸りながらも、僅かな胃痛を感じていた。
ポポロ村における『インターネット通販の夜明け』。
それは、便利で豊かで……そして最も厄介な、炎上と隣り合わせのインフラが正式に稼働し始めた瞬間であった。
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