EP 4
『格差社会の縮図!お寿司の横で雑草をすする人魚』
神界の下級天使にして大人気ゴッドチューバーのキュララが、ポポロ村に正式に居座ることになって数日。
彼女の居住地は、なし崩し的にキャルルの家(村長宅としてホムセンの二階に増築されたシェアハウス空間)に決定した。
「……なんで私の家が、いつもいつも変な女たちの溜まり場になるわけ?」
リビングのソファで、キャルルがウサギ耳をペタンと垂らし、深いため息をついていた。
ルナミス帝国で冒険者をしていた時代、彼女はリーザやルナと同じマンションでシェアハウスをしていた。ポポロ村に来てようやく一人暮らしの平穏(と、春太の隣という特等席)を満喫できると思っていたのに、気づけば人魚とエルフが入り浸り、さらに今回は天使まで転がり込んできたのだ。
「まぁまぁ、キャルルちゃん。これも何かのご縁ですわ。女の子がたくさんいた方が、お茶会も楽しいですもの!」
ルナが優雅にハーブティーを啜りながら、ピントのずれたフォローを入れる。
「そういうルナちゃんだって、自分の家があるのに毎日入り浸ってるじゃないの……。はぁ、春太に家賃の増額でも交渉しようかしら」
キャルルが愚痴をこぼしている間にも、リビングの一角では、現代社会の闇を凝縮したような『異質な光景』が展開されていた。
「はーい、みんなー! 今日も元気に配信スタートだよっ☆」
キュララが、空中に浮かべたドローンカメラに向かって愛嬌たっぷりに手を振っている。
ホログラムのコメント欄には、いつものように大量の視聴者の声と、チャリンチャリンという軽快な音と共に『金貨のスパチャアイコン』が降り注いでいた。
「ありがとうみんな! キュララ、この要塞村での生活にも慣れてきたよー。でもね、毎日同じようなご飯ばっかりで、ちょっと都会の味が恋しくなっちゃったかも……」
キュララはカメラに顔を近づけ、上目遣いでウルウルと瞳を潤ませる『あざとさ1000%』の表情を作った。
「あーあ、美味しい『お寿司』が食べたいなー♡ アバロン魔皇国で獲れた新鮮な海鮮とか、ルナミス帝国の高級料亭の味が恋しいなぁ……チラッ」
彼女が流し目を送った瞬間。
『任せろ!』『天使ちゃんのためなら!』『俺のクレカの枠をくらえ!』
コメント欄のリスナーたち(主に騎士や貴族、農家の親父たち)が、一斉に財布の紐を引きちぎった。
チャチャチャチャリィィィンッ!!
凄まじい勢いで高額スパチャが飛び交い、それと同時に、キュララのエンジェルすまーとふぉんに『ルナ・イーツ注文完了』の通知が鳴り響いた。
「わぁっ! みんな、ありがとーっ! キュララ、みんなの愛で生きてるよっ♡」
キュララが画面に向かって投げキッスを連発する。
――それからわずか数十分後。
「毎度! ルナ・イーツの配達やで! アバロン産・特上握り寿司の盛り合わせ、お届けや!」
ホムセンの二階に、背中に四角い保温バッグを背負った男がやってきた。
コテコテの関西弁を喋る、ジオ・リザードの賢竜種(に偽装している始祖竜クロノ)であるロードだ。彼は時間を早送りする能力を駆使して、超長距離のデリバリーを爆速でこなしていた。
「ご苦労さん。……おいキュララ、飯が届いたぞ」
一階でレジ打ちをしていた俺が、ロードから受け取った豪華な寿司桶を持ってリビングに入ると、そこには残酷すぎる『格差社会の縮図』が広がっていた。
「わーい! お寿司だお寿司ーっ!」
キュララが歓声を上げ、高級感あふれる漆塗りの桶を開ける。中には、大トロ、ウニ、イクラ、そしてシーラン国の特産であるピラダイの炙りなど、キラキラと輝く宝石のような海鮮がぎっしりと並んでいた。
「いただきまーす! ん〜っ、大トロが口の中でとろけるぅ♡ リスナーのみんな、最高のご飯をありがとうねっ!」
カメラに向かって美味しそうにお寿司を頬張るトップ配信者。
その、真横。
ソファの端っこで、膝を抱えながら、ギリギリと激しい歯ぎしりの音を立てている女がいた。
「……ギギギ……許せませんの……!」
青い芋ジャージを着た地下アイドル、リーザである。
彼女の膝の上には、ホムセンのプラスチックボウルが置かれている。その中に入っているのは、アバロン産の海鮮などではない。
ポポロ公園で摘んできたタンポポの葉、ホムセンの裏に生えていた名もなき雑草、そして、アラトのキッチンからこっそり失敬してきた『マヨ・ハーブ』を大量にかけただけの、純度百パーセントの『雑草サラダ』だった。
「シャクッ……シャクッ……」
リーザは、涙をポロポロとこぼしながら、虚無の表情で雑草を咀嚼していた。
「なんで……なんでこんなに理不尽なんですの……? 私だって、毎朝公園でラジオ体操のスタンプを集めて、タローソンで廃棄弁当の争奪戦に勝って、懸命に生きているのに……! どうしてこの泥棒天使は、カメラに向かって『お腹空いた』って甘えるだけで、特上のお寿司が届くんですの!?」
「それが、資本主義とインフルエンサーの圧倒的な暴力ってやつだよ、リーザ」
俺は哀れな人魚姫の肩をポンと叩いた。
「違いますの! 問題はそれだけじゃないんですの!」
リーザが血走った目で、キュララの配信のホログラムを指差した。
「見てくださいまし! あのコメント欄で、一番高額な『金貨十枚』のスパチャを投げている『ポポロ村のタマンネギ農家・権造』というアカウント! あれ、私の路上ライブで、いっつも最前列で十円玉(銅粒)を投げてくれていた、私の『太客』なんですのよ!!」
「太客の定義が悲しすぎるだろ」
「私の権造おじさんが……私のファンが! 全部この泥棒天使に寝取られましたのぉぉっ!」
リーザが雑草の入ったボウルを抱えながら、床に崩れ落ちて号泣し始めた。
彼女が信奉する【Love & Money】(愛と富は同じもの)という強欲な法則が、より圧倒的な【影響力と可愛さ】という巨大資本の前に、完膚なきまでに叩き潰された瞬間だった。
「リーザちゃん……可哀想に。お腹が空いているなら、私の腎臓を売って、美味しいものを……」
「やめろルナ! 倫理観の底が抜けた慰め方をするな!」
俺がルナのコンプラ違反発言を即座にブロックする。
「うぅぅ……私のリスナー……私のお寿司……私の権造おじさん……」
リーザは床をバンバンと叩きながら、アイドルのプライドを完全にへし折られ、暗黒面へと堕ちかけていた。
「もう嫌ですの……。歌なんか歌っても、どうせ誰も見てくれないんですの……。私、ホムセンの園芸コーナーの肥料袋の中で、一生ダンゴムシと一緒に丸まって生きていきますの……」
芋ジャージの背中が、哀愁という名の真っ黒なオーラを放ち始める。
そんな地獄のような光景がすぐ隣で繰り広げられているというのに、トップ配信者の天使は全く意に介していなかった。
「ん〜っ、やっぱりウニは最高だね! みんな、キュララの食レポ、どうだったかな? あ、でもちょっとお腹いっぱいになってきちゃったかも」
キュララが、チラリとリーザの方を見た。
「あ、そこの底辺……じゃなくて、同居人のジャージのお姉さん。お寿司、あと三個くらい余ってるけど、食べる? どうせ雑草しか食べてないんでしょ?」
ピタッ。
リーザのすすり泣きが止まった。
アイドルのプライド。奪われたリスナー。圧倒的な格差。
ここで寿司に飛びつけば、彼女は完全に「トップ配信者の残り物を漁るハイエナ」に成り下がる。アイドルとしての矜持が、それを許すはずが――。
「……ッ!! 食べますのぉぉぉぉぉっ!!!」
「プライドより食欲が勝ったぁぁっ!?」
俺のツッコミを置き去りにして、リーザは音速の土下座スライディングでキュララの足元に滑り込んだ。
「お寿司! ピラダイの炙り! イクラ! いただきますのぉぉっ!」
リーザは、キュララが箸で差し出した寿司を、野生の獣のようにダイレクトに口で受け止め、涙を流しながら咀嚼した。
「おいひぃぃ……! 雑草じゃない、本物の海の味がしますのぉぉっ……!」
「あははっ、お姉さん、すっごく美味しそうに食べるね! リスナーのみんな、見て見てー! 私が恵んであげたお寿司を食べる、野生のジャージ女だよー!」
『ジャージ草』『食い意地ヤバすぎw』『お腹空いてたんだな……(哀れみ)』
コメント欄が、リーザへの同情と嘲笑で埋め尽くされていく。
「おいリーザ、お前……それでもアイドルかよ」
俺が呆れ果てて額を押さえると、リーザは口の周りに醤油草のタレをつけながら、ビシッと親指を立てた。
「春太プロデューサー。アイドルの前に、私は『命ある生き物』ですの。タダで食べられる高級寿司の前では、プライドなどという無機物は、腹の足しにもならないのですわ!」
「たくましくて涙が出てくるぜ、色んな意味で」
かくして、ポポロ村のシェアハウスでは、圧倒的な資本力を誇るゴッドチューバーと、そのおこぼれに預かるハイエナ底辺アイドルの、いびつな食物連鎖が完成してしまった。
「よしっ、みんな! 今日も配信見てくれてありがとう! 最後に、この要塞村の店長さんにもお礼を言っておこうかな。店長さん、何か宣伝したいことある?」
キュララが、突然カメラを俺に向けてきた。
「えっ、俺か?」
俺は一瞬戸惑ったが、前世の『社畜魂(売上至上主義)』が、この圧倒的な視聴者数を逃す手はないと囁いた。
「……あー、コホン。ポポロ村・総合ホームセンター『タローマン』では、現在、農業資材の特売セールを実施中だ。さらに、新商品の『環境制御型ビニールハウスの組み立てキット』も販売開始! 詳しくは、この画面の……ええと、概要欄のリンクから飛んでくれ!」
『店長ガチ営業キター!』『ホムセンってなんだよw』『ビニールハウス、うちの領地にも建ててみるか?』
コメント欄が、思わぬ方向に盛り上がりを見せ始める。
「あははっ、店長さん、商魂たくましいね! それじゃあみんな、また次の配信で会おうねっ! バイバーイ☆」
キュララがウインクを決めて配信を切ると、ホログラムの画面がスッと消えた。
リビングには、満腹になってソファで寝転がる天使と、残り物の寿司の余韻に浸りながら雑草のボウルを洗う人魚、そして呆れ顔の俺とキャルルだけが残された。
「……はぁ。春太、こんな俗物たちが村に居座って、本当に大丈夫なの?」
キャルルが不安そうに聞いてくる。
「まぁ、村の宣伝(PR)ツールとしては、これ以上ないほど強力なインフラだからな。……とはいえ、この『配信の魔力』に依存しすぎると、痛い目を見る気がするがな」
俺のその予感は、すぐに的中することとなる。
翌日、俺が企てた『ホムセン商品のテレビショッピング配信』が、ポポロ村に更なるパニックと大金をもたらすことなど、この時の俺たちはまだ知る由もなかったのである。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




