EP 3
『大食い配信の光と影!やらせの共犯者たち』
「さぁて、腹ペコ天使に、底辺アイドル。お前らの胃袋を限界まで満たしてやるから、そこで大人しく待ってな」
ホムセン一階のキッチンエリアで、エプロンを締めたアラトが不敵な笑みを浮かべていた。
彼の手元にあるのは、分厚く切り出された『ロックバイソン』の赤身肉だ。岩のように硬いとされる魔獣の肉だが、アラトはユニークスキル【家庭科】による完璧な下処理と、ホムセンの工具コーナーから持ってきた『肉叩き(兼・木槌)』を使って、繊維を徹底的に打ち砕き、驚くほど柔らかく仕上げていた。
それに塩胡椒を振り、小麦粉、卵、そしてホムセンの保存食コーナーから調達した特製パン粉をまぶす。
熱したタローマン製の大型ダッチオーブンには、シープピッグから取れた極上のラードがなみなみと注がれていた。
「いくぜ。……ジュワァァァァッ!」
黄金色の油の中にバイソン肉が投下されると、食欲を暴力的に刺激する凄まじい音が響き渡り、香ばしい匂いがホムセン全体に充満した。
さらにアラトは、隣のコンロで醤油草と砂糖、そしてダシを効かせた特製の『カツ丼のタレ』を煮立たせ、そこにスライスしたたまんネギ(エロ本を没収されて賢者モードに入った甘み最強の個体)を投入する。
揚がったばかりの巨大なトンカツをザクッ、ザクッと包丁で切り分け、タレの中へ。仕上げに大量の卵を回し入れ、半熟の状態で火を止めた。
「完成だ。アラト特製・ロックバイソンの特大メガ盛りカツ丼だ!」
どんぶり……というより、もはや小さな『洗面器』ほどの大きさがある器に、米麦草の白飯が山のように盛られ、その上に黄金色に輝くカツとトロトロの卵が乗っている。総重量は軽く三キロは超えているだろう。
「わぁぁぁぁっ……! お肉! お肉の山だよぉ!」
キュララが目を輝かせ、背中の小さな白い羽をパタパタと激しく羽ばたかせる。
「素晴らしいですの! これなら私のお腹も三日は持ちますの!」
隣に座ったリーザも、よだれを拭うのを忘れて洗面器サイズのカツ丼に釘付けになっていた。
「ほらよ、食え。ただし、残したらぶっ飛ばすからな」
ドンッ、とアラトが二人の前にそれぞれメガ盛りカツ丼を置いた。
普通の女子なら見ただけで胃もたれを起こしそうな量だが、空腹に狂った二人は「いただきまーす!」と声を揃えた。
――が、キュララはすぐに箸を持つのではなく、空間の歪みから先ほどのドローンカメラを取り出した。
「ちょっと待ってね。せっかくのデカ盛りご飯だし、これは絶対『配信映え』するから、カメラ回すねっ!」
キュララが指を鳴らすと、ドローンカメラがふわりと空中に浮遊し、レンズが彼女の顔を捉えた。同時に、空中に半透明のホログラム(コメント欄)が展開される。
「はーい! みんなー、お待たせっ! キュララだよっ☆ さっきは通信が切れちゃってごめんね! でも見て見て! この謎の村の優しいお兄さんが、こんなに大きな『カツ丼』を作ってくれたのー!」
キュララがウインクを飛ばしながらメガ盛りカツ丼をカメラに近づけると、コメント欄が一気に加速した。
『デカすぎワロタ』『天使ちゃんそんなに食えるの!?』『カツ丼美味そう』『はい、ナイスパー!(金貨アイコン)』
投げ銭のチャリンチャリンという軽快な音が響く。
「ふふっ、キュララ、神界のアイドルとして『メガ盛り三キロ完食チャレンジ』、やっちゃいまーす! みんな、応援してねっ♡」
キュララが割り箸を割り、トロトロの卵が絡んだカツを一切れ持ち上げた。
「んーっ! サクサクでお肉がジューシー! お兄さん、これすっごく美味しいよぉ!」
キュララは一口目を最高の笑顔で頬張り、幸せそうに咀嚼した。
……ここまでは良かった。
問題は、この直後に起きた。
俺はレジカウンターの裏から、その一部始終を呆然と見つめていた。
「あつっ! これすっごく熱いよぉ。ふー、ふーっ。みんなにもフーフーしてあげるねっ♡」
キュララはドローンカメラを自分の顔の真正面に固定し、口を尖らせて息を吹きかける『あざといファンサービス』を展開し始めた。
カメラの死角――つまり、カメラからはキュララの顔のアップしか見えない状態になった瞬間。
彼女の左手が、信じられないほどの滑らかな手つきで、メガ盛りカツ丼の器を自分の右隣へと『スライド』させたのだ。
右隣に座っているのは、言うまでもなく、青い芋ジャージを着た人魚姫・リーザである。
(……え?)
俺が目を疑っていると、リーザは待ってましたとばかりに、自分にスライドされてきたキュララのメガ盛りカツ丼に猛然と食らいついた。
ズォォォォォォォッ!!
まるで最新式の業務用掃除機のような圧倒的な吸引力。リーザは、音を立てずにカツと白飯をブラックホールのような胃袋へと吸い込んでいく。
「みんなの応援のおかげで、すっごく食欲湧いてきたよー! キュララ、まだまだイケるからねっ☆」
キュララはカメラに向かって愛想を振りまきながら、時折、リーザが食い進めている器から箸で小さな白飯の塊をすくい取り、「あーん♡」とカメラの前で口に運ぶ。
視聴者から見れば、「キュララが笑顔でカツ丼をバクバク食べている」ようにしか見えない。
だが、現実は違った。カツの九割五分、白飯の九割五分は、カメラの死角で『底辺アイドル』の胃袋へと音速で消えていたのである。
(お、おい……。あれって……)
俺は冷や汗を流しながら、隣で腕を組んでいるアラトの肩を叩いた。
「……アラト。俺の目が狂ってなければ、あの天使、自分が食うふりをして、残りを全部リーザに食わせてるよな?」
「ああ。完全に食わせてるな。見ろよあの人魚、自分の分のメガ盛りを完食した上に、天使の分の三キロもペロリと平らげようとしてやがる。合計六キロだぞ。あいつの胃袋は四次元空間にでも繋がってるのか?」
ものの五分後。
「ふぅーっ! みんなの応援のおかげで、見事、完食だよーっ!」
キュララが、空っぽになった器(リーザが米一粒残さず舐め回すように綺麗にした器)をカメラの前にドヤ顔で突き出した。
『うおおお!』『すげええ!』『天使ちゃん細いのに大食いギャップ萌え!』『スパチャ投げるわ!』
画面は称賛のコメントと、大量の金貨アイコンで埋め尽くされた。
「ありがとうみんな! それじゃあ今日の配信はここまで! またねーっ☆」
キュララがウインクを決めて配信を終了し、ドローンカメラを空間に収納した。
しんと静まり返るホムセンの休憩スペース。
キュララは「ふぅ、良い仕事したわ」と額の汗を拭い、リーザは合計六キロのカツ丼を腹に収めて「ぷはぁーっ、久しぶりに満腹ですの! 命が繋がりましたの!」と腹鼓を打っている。
俺は、無言のままゆっくりと立ち上がり、二人の前に歩み寄った。
「……お前ら」
「あ、村長代理のお兄さん! カツ丼すっごく美味しかったよ! 私、これでフォロワーがまた増えちゃったかも!」
キュララが無邪気な笑顔を向けてくる。
ドンッ!!
俺は長机を両手で強く叩き、前世で使っていたクレーム対応用の『凄みのある低音ボイス』で言い放った。
「ふざけるな! お前ら、今やってたのは完全な『やらせ配信』だろうが!!」
「ひゃああっ!?」
キュララがビクッと肩を跳ね上がらせ、リーザも口をモゴモゴさせて俺から視線を逸らした。
「カメラの死角で料理をスライドさせて、別の奴に食わせる!? なんだその古典的かつ悪質な手口は! もし視聴者にバレたら一発で大炎上して、神界のアカウントBANどころか、俺の村まで『やらせに加担した悪徳施設』としてネットニュースに晒されるだろうが!!」
「だ、だってぇ……」
キュララが涙目になりながら言い訳を始める。
「私、本当はすっごく少食なんだもん……。カツなんて三切れでお腹いっぱいになっちゃうし。でも、ゴッドチューブの世界では『美少女の大食い』って一番手っ取り早く数字(PV)とスパチャが稼げるキラーコンテンツなんだよ!? 背に腹は代えられないじゃない!」
「開き直るな! 食べ物を粗末にするのは前世でも大問題になってたんだぞ! 食えないなら最初から大盛りなんて頼むな!」
俺が激詰めしていると、横からリーザが「むんっ」と胸を張って割り込んできた。
「お待ちください、春太プロデューサー! 彼女のやったことは確かに褒められたことではありません。ですが、この『システム』は極めて合理的ですのよ!」
「合理的だぁ?」
「そうですの! キュララちゃんは『数字とスパチャ』が欲しい。私は『お腹いっぱいのご飯』が欲しい。彼女がカメラの前で数字を稼ぎ、余ったご飯を私が裏で頂く。私のお腹はいっぱいになり、彼女のアカウントは潤う。まさに完璧な『Win-Winのビジネスモデル』ですの!」
リーザがドヤ顔で語るその言葉に、俺は一瞬、返す言葉を失った。
(……Win-Win、だと?)
俺の脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。
テレビ番組の『大食い企画』や、ユーチューバーの『メガ盛りチャレンジ』の裏側で、食べきれなかった大量の食品がゴミ袋に廃棄され、「食品ロスだ」「倫理観がない」と大炎上していたあのニュースの数々。
それに比べれば……。
「……なるほど。確かに、残飯としてゴミ箱に廃棄されるわけじゃない。リーザが文字通り『一粒残さず』胃袋に収めているなら、食べ物を無駄にしていないという点においては、極めて『エコ(SDGs)』だな……」
俺は顎に手を当て、妙な感心を寄せてしまった。
倫理観としては底が抜けているが、実利と食品ロスの観点から言えば、この二人の『やらせ偽装システム』は、地球の悪質なユーチューバーよりもある意味で健全だった。
「だろ、店長。作り手である俺としても、手塩にかけたメガ盛りカツ丼がゴミ箱にぶち撒けられるより、誰かの胃袋で美味い美味いって消化された方が、何万倍もマシだ」
料理人としてのアラトも、フライパンを磨きながらあっさりと二人の共犯関係を容認してしまった。
「えっ……? じゃあ、怒らないの?」
キュララが恐る恐る上目遣いで聞いてくる。
「……褒められたことじゃないが、村に実害が出ないなら俺からこれ以上言うことはない。だが、絶対に視聴者にバレるなよ。もし炎上したら、ポポロ村は一切関与してないって公式声明を出すからな」
「やったー! 春太さん、話がわかるぅーっ!」
キュララは歓声を上げ、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「私、決めた! ルナミス帝国の都会に行くのはやめる! ご飯は美味しいし、やらせに理解のある店長さんはいるし、カメラの裏でご飯を処理してくれる『便利なゴミ箱(人魚)』もいるし!」
「誰が便利なゴミ箱ですの! 私は次世代のトップアイドルですのよ! ……まぁ、三食ご飯を回してくれるなら、裏方をやってあげてもよろしくてよ!」
最悪の共犯関係が、ここに成立してしまった。
数字の亡者たる俗物天使と、食い意地の張った底辺地下アイドル。相反するはずの二人が、カツ丼を前にして奇妙な友情(?)で結ばれたのだ。
「私、今日からこの村に住むね! もちろん、家賃は配信で稼いだスパチャで払うから安心してっ!」
キュララがピースサインを決める。
こうして、俺たちの平穏なホムセン生活に、神界からやってきた厄介なゴッドチューバーが正式に仲間入り(居座り)することとなった。
だが、この『エコなやらせ配信』が、ポポロ村の現代インフラと結びついた時、さらにカオスな事件を巻き起こすことになるとは、俺はまだ気づいていなかった。
ネット通販の概念、炎上対策の謝罪会見、そしてアンチとの果てしなき戦い。
ポポロ村のデジタル化は、俺の胃痛を伴いながら、急速に加速していくのだった。
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