EP 2
『ポポロ公園の食糧危機!鳩の餌を奪い合う二大ヒロイン』
「さぁて! 今日はこの謎の要塞ホームセンター村を、キュララが徹底解剖しちゃうよー! 面白いと思ったら、評価ボタンとチャンネル登録、よろしくねっ!」
純白のフリフリ衣装を身に纏った下級天使・キュララが、空飛ぶ魔導ドローンカメラに向かって満面の笑みでウインクを飛ばす。
宙に浮かぶホログラムには、スパチャ(金貨アイコン)と『可愛い!』という弾幕が滝のように流れ続けていた。
だが、その完璧なアイドルスマイルが崩れたのは、ほんの数秒後のことだった。
――きゅるるるるるるるぅぅぅぅぅ……。
ホムセンの駐車場に、地響きのような野太い音が鳴り響いた。
それは、間違いなくキュララの華奢なお腹から発せられた『腹の虫の合唱』だった。
『えっ?』『今の音なに?』『天使のお腹鳴ったwww』『腹の虫の音量バグってて草』
ホログラムのコメント欄が、一瞬にして草(w)で埋め尽くされる。
「あ、わわわっ! ち、違うよみんな! 今のはこの村の防空サイレンで……そう! サイレンのテスト鳴動で……あっ、もう! ごめん、ちょっと魔導通信石の通信トラブルが発生しましたー! 一旦配信切りまーす!」
キュララが顔を真っ赤にして指を弾くと、空中のドローンカメラがパチンと弾け、羽を折りたたんで地面にボトリと落ちた。
配信が切断されたことを確認した瞬間。
「ああぁぁぁぁ……もうダメぇ……。限界……」
先程までのキラキラしたトップ配信者のオーラはどこへやら。
キュララはフリフリの衣装のまま地面に四つん這いになり、力なく突っ伏してしまった。
「おい、大丈夫か?」
俺が恐る恐る声をかけると、キュララは涙目でこちらを見上げた。
「大丈夫じゃないよぉ……。私、ルナミス帝国に行けばキラキラした都会生活と美味しいスイーツが待ってるって思って天界から来たのに……道中で財布落として、もう三日も何も食べてないの……。草でもいいから食べたい……」
「財布落としたのかよ。それにしても、お前みたいな有名なゴッドチューバーなら、その『エンジェルすまーとふぉん』でどうにでもなるんじゃないのか?」
「ダメなの……! スマホのクレジットカード機能は先輩のルチアナ様やヴァルキュリア様に監視されてるから、私みたいな下級天使が勝手にルナ・イーツ(デリバリー)なんて頼んだら、後で地獄の正座説教が待ってるのぉ……!」
神様(公務員)の組織も、下っ端は色々とブラックらしい。
俺が前世の社畜時代(経費精算で経理部に怒られ続けた記憶)を思い出して同情していると、ホムセンの目の前にある『ポポロ広場』の方から、のどかな声が聞こえてきた。
「ほーれ、ポッポッポッ。今日もいっぱいお食べ」
村の老人が、日課の鳩の餌やりを始めたのだ。
老人が袋からパラパラと撒いているのは、乾燥した豆や、細かく砕いたパン屑だった。平和な田舎の朝の光景である。
しかし、地面に倒れ伏していたキュララにとって、それは『神の恵み』に他ならなかった。
「あ、あれだ……! 無料のご飯……!!」
キュララの目に、猛禽類のようなギラギラとした光が宿った。
彼女は四つん這いのまま、ゴキブリ……いや、狩りに向かう肉食獣のような凄まじいスピードで、広場に向かってカサカサと這い進んでいった。
「おい待て! お前、天使が鳩の餌を食うつもりか!?」
俺が止めようとしたが、遅かった。キュララは広場の鳩の群れに向かってダイブした。
――だが、そこに『先客』がいた。
「フフッ、今日のおじさんは気前が良いですの! 私の大切な朝食シリアルがいっぱいですの!」
青い芋ジャージ姿のリーザだ。
彼女は華麗なステップで群がる鳩たちを「シッ! シッ!」と蹴散らしながら、地面に落ちる前のパン屑を器用に両手でキャッチしていた。
「ちょっとアンタ! それ、私が先に目をつけてたのよ! よこしなさい!」
キュララがリーザに飛びかかり、リーザの手からパン屑を奪おうとする。
「なっ、何者ですの!? このポポロ公園の鳩の餌は、私と鳩たちとの熾烈な生存競争によって管理されている、私の大切な縄張りですのよ! 新参者が荒らすんじゃないですの!」
バチバチバチッ!!
ポポロ広場のど真ん中で、純白のフリフリ衣装を着た天使と、芋ジャージを着た人魚姫による、あまりにも醜い『鳩の餌争奪戦』が勃発した。
「あんたみたいなジャージ女、どう見ても金欠でしょ! 私は財布を落として無一文なの! 三日ぶりのご飯なんだから譲りなさいよ!」
「甘いですの! 財布を落として無一文? 私は最初から財布すら持っていない、万年無一文ですの! ポイ活と無料配布だけで生き抜くプロを舐めないでくださいまし!」
「いばるな! だいたいアンタ、人魚でしょ!? 海に帰って海藻でも食べてればいいじゃない!」
「陸に上がったアイドルに海藻を勧めるなんて、営業妨害ですの! えーい、月収十万回再生(?)の底辺アイドルの意地、見せてやりますの!」
リーザがキュララの頬をつねり、キュララがリーザの芋ジャージを引っ張る。
ファンタジー世界の高貴な種族であるはずの二人が、鳩の餌(豆とパン屑)を巡って地面を転げ回る姿は、まさに格差社会と資本主義の闇を煮詰めたような地獄絵図だった。
「……なぁ、春太。あれ、私たち止めた方がいいのかしら?」
一部始終を見ていたキャルルが、完全にドン引きした表情でウサギ耳をペタンと寝かせている。
「まぁ! お二人とも、そんなに地面の豆がお好きなのでしたら、私が世界樹の魔法で、この村を突き破るほどの巨大な『ジャックと豆の木』を天まで伸ばして差し上げますわ! そうすれば一生、豆には困りませんの!」
ルナが世界樹の杖を取り出し、善意百パーセントの危険な発想で事態を解決(悪化)させようとする。
「やめろルナ! また村の景観が崩壊して、俺のホムセンが日陰になっちまうだろ!」
俺は胃の痛みに耐えながら、大きくため息をついた。
こんな醜争いを放置しておけば、村の治安と俺の精神衛生上、非常に良くない。何より、あの天使の配信で「ポポロ村の住人は鳩の餌を食っている」などという風評被害が広まったら、せっかくの農業特区のブランド価値が暴落してしまう。
「おい、お前ら! いい加減にしろ!」
俺は広場に足を踏み入れ、取っ組み合っている二人の間に割り込んだ。
「神城春太(ホムセン店長)の権限において、鳩の餌を巡る争いを禁止する! お前ら、神聖な種族としてのプライドってものはないのか!」
「プライドでお腹は膨らみませんの! 私は今日を生き延びるために必死なんですの!」
「そうよ! こっちは大人気ゴッドチューバーなのに、餓死寸前なのよ! お腹が空いて背中の羽が抜けそうなの!」
俺の前世の部下たち(新入社員)よりも、遥かに図太く、たくましい底辺根性だった。
俺は頭を抱え、背後に立っている相棒に目配せをした。
「……アラト。あのまま鳩の餌を食われて食中毒でも出されたら、村の責任問題(インフラ管理者の怠慢)になる。悪いが、まともな飯を食わせてやってくれないか」
「チッ、しょうがねえな。ホムセンのブランドを守るための『経費』として処理しとけよ、店長」
アラトがエプロンをパンッと払い、腕を組んでキュララを見下ろした。
「おい、そこの腹ペコ天使。俺が『まともな飯』を作ってやるから、おとなしくこっちに来い。鳩の餌なんか食ってたら、せっかくの羽が泣くぞ」
その言葉を聞いた瞬間、キュララの動きがピタリと止まった。
「えっ……ま、まともなご飯……!? 本当に!? タダで!?」
「ああ。ポポロ村名物、ガッツリ腹にたまる特製メニューだ」
「食べる!! 私、お肉が食べたい! あと甘いスイーツも!」
「調子に乗るな。出されたものを黙って食え」
俺は呆れながら、這いつくばっているキュララにホムセンの特売タオル(一枚銅貨一枚)を投げてやった。
「その代わり、うちの村で変な配信をして迷惑をかけないってのが条件だ。いいな?」
「もちろんだよ! 美味しいご飯くれるなら、なんでも言うこと聞くっ!」
キュララはタオルで泥だらけの顔を拭きながら、尻尾を振る犬のように何度も頷いた。
その横で、リーザが「ズルいですの! 私もアラトさんの特製ご飯が食べたいですの!」と抗議していたが、俺は「お前はさっき特大ベーコンエッグを食っただろ」と冷たく却下した。
こうして、ルナミス帝国を目指していたはずの神界のトップ配信者は、空腹と鳩の餌争奪戦の末、あっさりと俺たちホムセン陣営に『餌付け』されることとなったのである。
しかし、俺はこの時の判断を、数時間後に激しく後悔することになる。
動画配信の数字(PV)と金に取り憑かれた天使の『やらせ配信』の狂気は、アラトの作ったカツ丼を舞台にして、最悪の形で牙を剥くのだった。
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