第四章 炎上御免のライブ配信!底辺アイドルVS俗物天使
『ポポロ村の幸福な朝と、空飛ぶ厄介な羽虫』
「……よし。先月の農業特区の売上高は、前月比で二百パーセント増し。完璧な黒字だな」
朝のポポロ村。
鉄筋コンクリートの強固な防壁に守られたホームセンターの一階、休憩スペース(実演販売用のパイプ椅子と長机)にて。
俺こと、神城春太はノートパソコンの画面を見つめながら、コーヒーを啜って一人ホクホク顔を浮かべていた。
前回の『異常農作物大パニック』――エロ本を読んでオッサン化した玉ねぎ『たまんネギ』や、食べた者の脳内に不採用通知を直接響かせる『お祈りレタス』の暴走劇から数日。
俺たちの命がけの収穫によって捕獲された狂気の野菜たちは、俺の思惑通り、珍品を好むルナミス帝国の貴族や、アバロン魔皇国の高級レストランのシェフたちに飛ぶように売れた。
ホムセンの『農業資材インフラ』と、エルフの次期女王候補ルナ・シンフォニアの『コンプラ違反な植物魔法』が産み出した、我が村が誇る最強の主力商品である。
「へへっ。店長、また悪い顔してやがるな。いくら帳簿の数字が良くても、朝飯食わないと倒れるぜ」
「おっ、待ってました。今日の賄いはなんだ?」
エプロン姿のアラトが、大きな銀色のトレイに乗せて運んできたのは、焼き立ての芳醇なパンの香りと、具沢山のスープだった。
「タローマン製・ダッチオーブンでじっくり煮込んだ、『人参マンドラのポトフ』と、厚切りベーコンエッグだ。お祈りレタスは一ミリも入れてないから、安心して食ってくれ」
「ありがてえ……。朝から前世の就活トラウマで魂をえぐられるのはもう勘弁だからな。……うん、美味い!」
ポトフのスープを口に含むと、人参マンドラ(引っこ抜く時にギャーギャー喚いて脱走するやつ)の、細胞の奥まで濃縮されたフルーツのような甘みと旨味が、口いっぱいに広がった。
俺が胸を撫で下ろして貪り食っていると、長机の周りに陣取っていた女子たちが一斉に目を輝かせた。
「まぁっ! とっても美味しそうですわ、アラトさん! 私がいっぱい愛情と魔力を注いだ人参さんたち、こんなに立派になって……!」
最高級シルクドレスの袖を優雅にまくり上げ、フォークを握りしめているのは、農業特区責任者であるエルフの姫君・ルナだ。
「本当ね! 春太、はやく食べましょう! 冷めないうちにね!」
俺の右腕(自称)にしてポポロ村の村長、月兎族のキャルルが、ウサギ耳をパタパタと嬉しそうに揺らしながら、俺の隣の席をガッチリとキープする。
「ちょっと待ってくださいまし、キャルルちゃん! 春太プロデューサーの隣は、専属アイドルである私の指定席ですの! Love & Moneyの法則に従って、富と愛を引き寄せる私が一番良い席に座るべきですの!」
人魚姫にして地下アイドルのリーザが、ルナミスデパートで買った芋ジャージ姿のままキャルルに強欲なマウントを取る。
「はいはい、席なんてどこでもいいだろ。ほら、リーザ。お前、昨日もタローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と喧嘩して負けただろ。ほら、ベーコンエッグの特大サイズやるから、いっぱい食え」
「春太プロデューサァァァ……! 一生、一生ついていきますのぉぉっ!」
俺がトレイから特大のベーコンエッグを回してやると、彼女は経済格差のやせ我慢も忘れて感動の涙を流し、パンの耳ではない本物の食パンに食らいついた。
穏やかで、騒がしくて、どこか愛おしい朝の風景。
ホムセンの強力な生活インフラがあり、アラトの作る美味い飯があり、やかましいが気のいい仲間たちがいる。
(……最高だ。俺が前世で、月七十二時間残業が当たり前だったブラック企業の社畜時代に、毎日泣きながら求めていた『平穏なスローライフ』が、ここにあるんだ)
俺はコーヒーを再び啜りながら、ジンワリと定住の幸福感を噛み締めていた。
ルナミス帝国の陰謀とか、世界を揺るがす三竦みの覇権争いとか、そういう胃の痛くなるシリアスな問題はひとまず忘れていい。今はただ、この平和な日常を享受する時なのだ。
――しかし。
俺のそんなささやかな願いは、またしても異世界の斜め上の現実によって、音を立ててぶち壊されることとなる。
「……ん?」
ふと、キャルルがウサギ耳をピクピクと動かして動きを止めた。
「どうした、キャルル。スープの中に人参マンドラの手足でも浮いてたか?」
「違うわよ、あれは煮込んだら溶けるから。そうじゃなくて……なんか、外から変な音がしない? 羽音みたいな……」
「羽音? ロックバイソン並みにデカいハチでも迷い込んだか?」
俺が不穏な空気を感じてコーヒーカップを置いた、その時だった。
――ブゥゥゥゥゥン……!
ホムセンの自動ドア(現在は手動で開けっ放し)の向こう、ポポロ村の広場の上空から、明らかに自然界の虫の羽音とは異なる、高周波のモーター音が響いてきたのだ。
「なんだ、あの妙に不快な機械音は……?」
アラトが怪訝な顔でキッチンから顔を出し、外へと歩いていく。俺たちも朝食の手を止め、その後を追ってホムセンの駐車場へと足を踏み出した。
燦々と輝く太陽の下、青空を見上げた俺の目に飛び込んできたのは――。
「うおわぁぁっ!? なんだあのデカい羽虫は!?」
俺は情けない悲鳴を上げ、音速のフットワークでホムセンのレジカウンターの裏へとダイブした。
「ひぃぃっ! て、敵襲か!? ルナミス帝国の新型魔導ドローン爆弾か!? ついに帝国軍の総攻撃が始まったのか!?」
「おい店長、ビビりすぎだ。落ち着いてよく見ろよ」
俺がガタガタ震えながらレジの下で頭を抱えていると、アラトが呆れたようにため息をついた。
恐る恐る顔を出すと、上空をフワフワと滞空していたのは、金属製の無骨な軍事兵器ではなかった。それは、白い天使の翼のような愛らしい装飾が施された、ハンドバックほどの大きさの『魔導通信石』だった。
石の底面からは、カメラのレンズのような水晶体がギョロリと覗いており、さらにプロペラのような淡い半透明の魔力光が回転して宙に浮いている。
「魔導通信石の……浮遊型? ドローンカメラってことか?」
俺が首を傾げていると、その浮遊カメラは、俺たちを見つけるなり、スィーッと吸い寄せられるようにホムセンの入り口まで接近してきた。
そして、その場にピタリと静止したかと思うと、突然、スピーカー部分から明るく甲高いアニメ声のような大音量を響かせた。
『はーい! みんなー、見えてるー!? 今日も元気に配信スタート☆』
「「「えっ?」」」
俺たちポポロ村住人の声が完璧にハモった。
『今日はねー、ルナミス帝国と獣人王国の国境にあるっていう、今噂の「謎の近代要塞村」にゲリラ突撃しに来ちゃいましたー! ほら見て見てリスナーのみんな、すっごく高いコンクリートの壁! ファンタジー世界にこれって、マジでテンション上がるよねー!』
カメラから響く声は、完全に目の前のコンクリート防壁(俺がホムセンの建材で建てたやつ)を映しながら、実況中継をしていた。
俺がポカンと口を開けていると、キャルルが眉をひそめて腰のダブルトンファーに手をかけた。
「春太、これ帝国の怪しい偵察魔道具かもしれないわ。村の機密が漏れる前に、私の月影流で叩き落とす!」
「ま、待てキャルル! 精密機械を物理で殴るな! もし壊して天界かどっかから損害賠償の請求書が来たらどうするんだ!」
俺は慌ててキャルルの服の裾を引っ張って制止する。
その横で、ルナが両手を合わせて目をキラキラさせていた。
「まぁっ! お喋りをして空を飛ぶ、不思議なお石さんですわ! もしかして、新しい新種の妖精さんでしょうか? きっとお腹が空いているに違いありませんわ。ほら、私のとっておきの高級肥料(窒素・リン酸・カリウム配合)をどうぞ……」
「妖精に化成肥料をダイレクトに食わすなバカヤロウ! 石が枯れるだろ!」
俺がすかさずツッコミを入れるが、ルナはカメラに向かって笑顔で肥料の袋をフリフリしている。その様子を、浮遊カメラのレンズがしっかりと捉えていた。
『あははっ! みんな見て、なんだか面白い人たちがいっぱいいるよー! エルフのお姉さんが肥料を差し出してくれてるww あっ、そこのエプロン着たお兄さん、もしかしてこの村の村長代理さん? カメラに向かってピースお願いしまーす☆』
「ピ、ピースだと……?」
俺が戸惑っていると、カメラの周囲の空間に、ホログラムのような半透明の文字が次々と浮かび上がり、凄まじい速度で下から上へとスクロールし始めた。
『うぽつー!』
『マジで変な村だなwww』
『あのドレスのエルフ、超絶美人じゃね!?』
『待て、あのジャージの女、昨日タローソン(コンビニ)の裏で廃棄弁当を巡って野良犬とキャットファイトしてた奴だろwwwww』
「なっ……!?」
俺は前世の記憶を強烈に刺激され、目をひんむいた。
間違いない。この流れる文字の群れ、そしてこの空気感。
「おい、これ……『コメント欄』じゃないか!? このファンタジー世界に、インターネットの『動画配信』の概念が存在するのか!?」
俺が驚愕している間にも、ホログラムのコメントは止まらない。
『ジャージ草』
『底辺アイドルがなんでこんな所にいるんだよ』
『エルフちゃんに肥料(意味深)を植え付けられたい』
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 誰ですか今、底辺アイドルって書き込んだ不届き者は!!!」
突如、リーザが凄まじい形相でカメラの前にしゃしゃり出た。彼女は芋ジャージの胸に輝く『ホムセン従業員バッジ』を無理やりドローンに突きつけながら、カメラのレンズを掴まんばかりに詰め寄る。
「私はルナミス帝国で大成功しているハズの、宇宙一のトップアイドル、リーザですのよ! カメラ、カメラはどこを向いてますの!? ほら、Love & Moneyの精神で、私の圧倒的な美貌と強欲なウィンクを全国のファンの脳裏に焼き付けますの! はいっ、チュッ♡(投げキッス)」
「おいリーザ、やめろ! タダで全世界に顔出しするな! 肖像権の管理はどうなってるんだ! 俺のプロデュース方針がブレる!」
俺がリーザの首根っこを掴んで引き剥がそうとするが、人魚の怪力でカメラに張り付いて離れない。
『あーっ! ちょっと待って! そこ、私のカメラを勝手に独占しないでーっ!』
突然、ホムセンの駐車場の奥、広場のベンチの陰から、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。
現れたのは、純白のフリフリな衣装(聖騎士の鎧を極限までアイドル風に可愛く改造したような謎の装束)に身を包んだ、金髪の少女だった。
背中には、天使族特有の小さな白い羽がパタパタと羽ばたいている。
「あいたた……。魔導通信石の遠隔操作ミスって、カメラが勝手に飛んで行っちゃったんだよね。……あ、リスナーのみんな、お待たせーっ! 神界が誇る超絶キュートな下級天使ゴッドチューバー、キュララだよっ☆」
少女――キュララは、俺たちの前でビシッと指を差すポーズを決め、カメラ目線で完璧なウインクを飛ばした。
その瞬間、空中のホログラムには、それまでとは比較にならないほどの弾幕と、謎の『金貨がジャラジャラ鳴るアイコン(投げ銭・スパチャ)』が乱舞し始めた。
『キュララちゃんキターーー!!』
『今日も天使(本物)』
『かわよ』
『はい、金貨3枚スパチャ(ナイスパ!)』
「ごっど……ちゅーばー……?」
俺は、あまりの情報量の多さと、目の前で繰り広げられる異世界のサイバーパンクかつ俗物的な光景に、完全に脳の処理が追いつかなくなっていた。
太郎型主役として、現代知識には自信があったはずだが、まさかホームセンターの駐車場で「生配信のロケ」に遭遇するとは夢にも思わなかった。
「さぁて! 今日はこの謎の要塞ホームセンター村を、キュララが徹底解剖しちゃうよー! 面白いと思ったら、評価ボタンとチャンネル登録、よろしくねっ!」
キュララが元気いっぱいに配信を続ける中、俺は冷や汗を流しながら隣の相棒に声をかけた。
「……おい、アラト」
「なんだ、店長。お前の胃がキリキリ鳴る音がこっちまで聞こえるぞ」
「なんか……とんでもなく面倒くさい、承認欲求の塊みたいな奴が村に迷い込んできた気がするんだが……」
「奇遇だな。俺も今、全く同じことを考えて、今日の賄いの原価計算を脳内でやり直してるところだ。あいつ、絶対に『リスナーへの企画』とか称して、俺たちの私生活を世界中に晒し散らすタイプだぜ。最悪、俺のGitHubのコミット履歴まで掘り起こされかねん」
神様(公務員)たちがゴッドチューブのPV率で星の予算を削り合う、このアナステシア世界。
その最前線で、生々しい現金と視聴率を稼ぎ出す、生粋の下級天使配信者。
俺たちの平穏なスローライフ(ホムセン経営)に、現代社会の最も騒がしく、最も予測不能なインフラ――『インターネット動画配信』の嵐が、今まさに吹き荒れようとしていた。
俺は激しい胃痛の予兆を感じながら、本気でレジカウンターの下へと永遠に引きこもりたい衝動に駆られるのだった。
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