EP 10
【日常の〆と不穏な影】新たな名産品と動き出す帝国
夜風が心地よい、ホムセンの屋上ビアガーデン。
ポポロ村の防壁内は、柔らかなLEDランタンの光と、極上の料理の匂いに包まれていた。
「……ふははははっ! 売れる。これはバカみたいに売れるぞ!」
俺はジョッキの冷えたエールビールを片手に、ノートパソコンの画面を見つめながら下品な笑い声を漏らしていた。画面に表示されているのは、ホムセンの会計ソフトで作った『今後の利益予測グラフ』だ。
「店長、また悪い顔をしてるぜ。あんまり計算ばかりしてると、せっかくの飯が冷めるぞ」
アラトが、大皿に盛られた『異常野菜のフルコース』をテーブルのど真ん中にドンと置いた。
人参マンドラの甘いグラッセ、たまんネギ(賢者モード)のオニオングラタンスープ、そして、普通の野菜と混ぜ合わせた彩り豊かなサラダ(※トラウマを発症させる『折れたス』は、俺とアラトの分には絶対に入っていない)。
「いや、聞いてくれアラト。ルナが育てたあの『異常農作物』たちだが、ルナミス帝国やアバロン魔皇国の商人たちから、問い合わせが殺到してるんだ」
俺は画面を指差す。
「あの甘すぎる『たまんネギ』は高級レストランのシェフたちが金貨を積んででも欲しがっているし、食べた者に精神的ダメージを与えるあの『折れたス』でさえ、アバロンの物好きな貴族たちが『新しい暗殺(嫌がらせ)の道具』として高値で買い取ってくれるらしい」
「ひひひ、マジかよ。エロ本読んで悟りを開いた玉ねぎと、お祈りメールを発するレタスが、俺たちの村の『主力商品』になっちまうのか。世も末だな」
アラトが呆れながらも、嬉しそうに肩を揺らす。
フェスという『娯楽インフラ』による一過性の利益だけでなく、ポポロ村に永続的な富をもたらす『農業インフラ』が完全に確立された瞬間だった。
「春太プロデューサー! 難しいお話はあとにして、早く食べましょう!」
リーザがフォークとナイフを両手に持ち、目をキラキラと輝かせている。
「そうよ春太。今日はルナちゃんの『正式な入居祝い』なんだから、店長が音頭を取らないと始まらないわよ」
キャルルがウサギ耳を揺らしながら、俺の背中をポンと叩いた。
テーブルの向かい側には、エルフの次期女王候補であるルナ・シンフォニアが、少し緊張した面持ちで座っていた。彼女の最高級シルクドレスの左腕には、俺がホムセンのカラーテープで作ってやった『農業特区責任者』という腕章が巻かれている。
「……そうだな」
俺はパソコンを閉じ、ジョッキを高く掲げた。
「ルナ。お前の規格外の魔力と善意には何度も肝を冷やしたが……ホムセンのビニールハウスで管理する限り、それはこの村にとって最高の宝だ。純金の持ち込みと臓器売買の提案は禁止だが、その腕章をつけている限り、お前はこの村の大切な『責任者(仲間)』だ」
「春太さん……!」
「ポポロ村農業特区の完成と、新名物の誕生。そして、ルナの正式入居を祝って……乾杯!」
「「「カンパーイ!!」」」
カチンッ!とジョッキがぶつかり合い、星空の下で宴が始まった。
「美味しいですわぁ……! 私の育てたお野菜が、アラトさんの手でこんなに素敵なごちそうになるなんて!」
ルナがオニオングラタンスープを口に運び、感動の涙を流している。
「だろ? お姫様が素材を作って、俺が調理する。これが最高のチームプレーってやつだ」
「ふふっ、ありがとうございます! これで私も、名実ともに春太さんの『囲われの身』ですわね!」
ルナが純度百パーセントの笑顔で、とんでもない爆弾発言を投下した。
「だから従業員だバカヤロウ! 囲うな! お前はまだ俺を純金で養おうとしてるのか!」
俺が即座にツッコミを入れると、キャルルとリーザが猛然と抗議の声を上げた。
「ずるい! ルナちゃん、また財力で春太を独占しようとしてる! 私が春太の右腕(正妻)なんだからね!」
「そうですの! 私と春太プロデューサーは『雇用契約書』という魂の契約で結ばれてるんですの! 泥棒エルフですの!」
「あらあら、お二人とも。でも私、農業責任者として村の財政を一番支えていますわよ?」
ウサギと人魚とエルフによる、賑やかで不毛なマウント合戦(ルナキン女子会・屋上編)が再び勃発する。
俺はあきれ果ててため息をつきながらも、夜風に吹かれてエールビールを流し込んだ。
(いろいろと胃の痛くなるトラブルはあったが……結局、俺の現代知識とホムセンのインフラがあれば、どうにでもなる。美味い飯があって、バカを言い合える仲間がいる。これこそが、俺の求めていた平穏なスローライフだ)
俺は、星空を見上げながら、ポポロ村の永遠の平和を確信していた。
◆
――だが。
俺が知恵とアイテムで切り抜けてきた数々の『異例の事態』は、すでに「辺境の村の騒動」として見過ごせるレベルを遥かに超えていたのだ。
同じ頃。
大陸最大の国家、ルナミス帝国。その中枢にある内務省の執務室は、深夜にもかかわらず重苦しい緊張感に包まれていた。
「……間違いないのだな?」
内務官オルウェルは、部下から提出された最新の分厚い報告書を机に叩きつけ、低く冷たい声で確認した。
彼の机の上には、帝国軍の斥候(カメレオン族の隠密)が命懸けで持ち帰った、ポポロ村の『スケッチ』が広げられている。
そこに描かれていたのは、堅牢なコンクリート防壁、闇を切り裂くLED投光器の塔、そして――太陽の光を反射する、巨大な透明のドーム(連棟式大型ビニールハウス)だった。
「はっ。間違いありません」
黒装束の部下が、震える声で報告する。
「対象の村には、魔獣の襲撃を完全に無効化する未知の鉄の柵と透明な結界(防獣ネットとビニール)が張られておりました。さらに、その結界内では……信じ難いことですが、気候や土壌の制限を完全に無視し、わずか数日で極上の作物が爆発的に実を結んでおります」
「……」
「さらには、食べた者の精神を破壊する呪いの野菜(折れたス)や、神聖なる魔力が濃縮された果実まで。……もはや、あそこはただの村ではありません。神の箱庭か、あるいは……」
「建国者、サトウ・タロウの『秘宝』だ」
オルウェルが、部下の言葉を遮って断言した。
彼の脳裏に、かつて建国神話に記された初代皇帝の『魔法の知識(100円ショップの概念)』が蘇る。
「強固な防壁。夜を昼に変える光。大気を震わせる音響兵器。そして今度は、季節を操作し、無限に食料を産み出す透明な要塞(農業インフラ)だと? ……恐ろしい男だ、あの『ハルタ』という村長代理は」
オルウェルは、書棚に並んだ『君主論』の背表紙を指で撫でながら、ギラリと野心に満ちた目を光らせた。
「あの村の食料生産能力と、歌姫の熱狂、そして未知の兵器群。あれを我がルナミス帝国が独占すれば、レオンハート獣人王国も、アバロン魔皇国も、我々の前にひれ伏すだろう」
彼は懐から、皇帝の印が押された勅令書を取り出した。
「もはや、野放しにはしておけん。これより、ポポロ村に対し『正式な軍事使節団』を派遣する」
「使節団、ですか。もし、彼らが帝国の庇護下(支配下)に入ることを拒んだ場合は……?」
部下の問いに対し、オルウェルは冷酷な笑みを浮かべた。
「その時は、武力をもって『保護』するまでだ。あのインフラを無傷で制圧し、逆らう者は排除しろ。……ルナミス帝国の覇道に、辺境の田舎モンが逆らうことの愚かさを教えてやれ」
平和な宴の裏側で。
俺たちのささやかなホムセン・インフラを丸ごと飲み込もうとする、圧倒的な国家の暴力が、確実な足音を立ててポポロ村へと進軍を開始していた。
俺がそれに気づき、再び激しい胃痛に見舞われるのは、もう数日後のことである。
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