EP 9
【笑いのピーク】たまんネギと大収穫祭の大暴走
翌朝。
俺たちは、ポポロ村の農業特区――大型ビニールハウスの前に立っていた。
「さあ皆さん! いよいよ、私が愛情と魔力をたっぷり込めて育てたお野菜たちの『大収穫祭』ですわ!」
ルナ・シンフォニアが、世界樹の杖を誇らしげに掲げる。
透明なビニール越しに見える内部は、青々とした葉がジャングルのように(ただし天井を突き破らない範囲で)生い茂り、圧倒的な生命力に満ち溢れていた。
「へへっ、あの『折れたス』の味は最高だったからな。他の野菜も期待できるぜ」
アラトが収穫用のカゴと包丁を持ち、鼻息を荒くしている。
「そうですの! 美味しいお野菜をたくさん食べて、トップアイドルとしての美肌を磨きますの!」
リーザも芋ジャージの袖をまくり上げ、気合十分だ。
「よし、それじゃあハウスを開けるぞ。……オープン!」
俺がビニールハウスの引き戸をガララッと開けた、その瞬間。
「ギャァァァァァァァァッ!!」
耳をつんざくような甲高い悲鳴と共に、オレンジ色の『何か』が、猛烈なスピードで俺の足元をすり抜けて飛び出してきた。
「うおわぁっ!? なんだ!?」
「ひぃぃっ! に、人参に手と足が生えて走ってますのぉぉっ!」
リーザがパニックになって飛び退く。
畝から次々と自力で引っこ抜かれたのは、見事な太さに育った人参……ならぬ、手足の生えた『人参マンドラ』たちの群れだった。
彼らは「ギャー!」「ギャー!」とやかましく喚きながら、ハウスの中を縦横無尽に走り回っている。
「あっ、こら! 待ちなさい! まだ収穫の許可を出していませんわよ!」
ルナが慌てて追いかけるが、人参マンドラたちはすばしっこく、エルフのお姫様の手をヒョイヒョイと避けていく。
「おいルナ! なんだこいつらは! 野菜がダッシュで逃げていくぞ!」
「ふふっ。私がいっぱい魔力を注いだから、とっても元気いっぱいに育ったんですの! ……ああっ、そっちは駄目ですわ!」
「元気すぎるだろバカヤロウ! ……って、なんだあの玉ねぎは!?」
俺の視線の先。
ハウスの奥の土寄せされた畝の上で、ゴロンと太った玉ねぎたちが、何やら『紙の束』を器用に葉っぱで押さえながら、ニヤニヤと笑い声を上げていた。
『たまんねーなオイ! ゲヘヘヘ!』
『このエルフの姉ちゃんのグラビア、すげえ魔力だぜ! たまんネェ!』
「……は?」
俺は目を疑った。玉ねぎが喋っている。しかも、オッサンのような下品な笑い声で。
さらに俺の胃を痛めつけたのは、彼らが読んでいる『紙の束』だった。
「おい……アレ、ホムセンの雑誌コーナーの奥でひっそり売ってた、ルナミス新聞社発行の『深夜のお色気雑誌(エロ本)』じゃないか! なんで玉ねぎがグラビア読んで興奮してんだ!」
「あ、それなら私が渡しましたの!」
ルナが「えへん」と胸を張る。
「この子たち、土の中で退屈そうにしていたから、ホムセンの古紙回収ボックスに入っていた紙を肥料代わりに読ませてあげたんです! とっても喜んで、実が大きく膨らみましたわ!」
「教育に悪すぎるだろ! どんな情操教育だ!」
ルナの強大すぎる植物魔法と、環境制御による濃縮。そして『ホムセンの古雑誌』。
それらが最悪の化学反応を起こした結果、悲鳴を上げて走る『人参マンドラ』と、エロ本を読んでオッサン化する『たまんネギ』という、狂気のギャグ農作物が爆誕してしまったのだ。
『ゲヘヘ! 外の世界にはもっとたまんネェもんがあるに違いねえ! 野郎ども、脱走だ!』
「ギャァァァァァッ!」
エロ玉ねぎの号令と共に、人参マンドラとたまんネギの大群が、ハウスの出口(ポポロ村の広場)に向かって一斉に突撃を開始した。
「マズい! こいつらが村中に散らばったら、ポポロ村が変態野菜のテーマパークになっちまう! 全機、迎撃体制だ!」
俺は音速でホムセンのバックヤードへ走り、農業資材を引っ張り出してきた。
「キャルル、アラト! ハウスの周囲にこの『アニマルネット(防獣網)』を張り巡らせろ! ペグで地面に固定して逃げ道を塞ぐんだ!」
「了解よ春太! 月影流・ペグ打ち!」
キャルルがトンファーで強烈なペグ打ちを行い、一瞬にしてハウスの周囲をネットで囲い込んだ。
「よし! 次はこいつだ! 『伸縮式・特大虫取り網(タモ網)』で一網打尽にするぞ!」
俺は長い柄のついたタモ網を構え、人参マンドラの群れに突っ込んだ。
「ギャッ!? ギャァァッ!」
「ふはははっ! 逃がさんぞ! 俺の網さばきを甘く見るな!」
前世で休日に川釣り(ブラックバス)を嗜んでいた店長の、淀みないタモ網さばきが炸裂する。ダッシュする人参たちを、次々と網の中へすくい上げていく。
「私もやりますの! えーい!」
リーザも芋ジャージを泥だらけにしながら、タモ網を振り回して人参を捕獲していく。
「問題は、あの『たまんネギ』どもだ! エロ本を盾にして陣形を組んでやがる!」
アラトが火炎瓶を構えようとするが、燃やしてしまっては収穫の意味がない。
「アラト、燃やすな! アイツらの弱点は分かってる!」
俺は防刃手袋をはめ、たまんネギの群れにダイブした。
『ゲヘヘ! たまんネェ……って、おわっ!? 俺のグラビアがぁぁぁっ!』
俺は、彼らが大事そうに抱えていた『ルナミスお色気雑誌』を、力ずくで引ったくった。
その瞬間。
たまんネギたちの動きが、ピタリと止まった。
先程までのオッサンのような下品な笑い顔がスッと消え、まるで世界の一切を悟ったような、無の表情(賢者モード)へと切り替わったのだ。
『……あぁ。すべては幻。愛も欲望も、所詮は輪廻の果ての泡沫……』
たまんネギたちは、仏のように穏やかな顔で目を閉じ、静かに土の上に正座(?)した。
『我が身を食べたまえ……。この空虚な肉体が、皆様の血肉となるのであれば、それもまた涅槃への道……ナムアミダブツ』
「よし! 賢者モードに入ったぞ! 今のうちに全部カゴにぶち込め!」
「春太、玉ねぎが悟りを開いてるわよ!? なんかすごく収穫しづらいんだけど!」
キャルルがドン引きしながら、大人しくなったたまんネギをカゴに放り込んでいく。
「ふふっ! 皆さん、とっても元気で楽しい収穫祭になりましたわね!」
ルナだけが、一人ニコニコと泥だらけの俺たちに拍手を送っていた。
お前が元凶だバカヤロウ。
◆
一時間に及ぶ激闘の末、俺たちは何とかすべての異常野菜を捕獲することに成功した。
そしてその日のランチ。ホムセンの屋上ビアガーデンには、極上の香りが漂っていた。
「へへっ、お待ちどおさま! アラト特製、『人参マンドラのグラッセ』と、『たまんネギのオニオングラタンスープ』だ!」
アラトが、熱々の鉄鍋とスープ皿を運んでくる。
「わぁぁっ! とっても良い匂いですの!」
リーザが目を輝かせてスプーンを握りしめる。
「まずは、あの悟りを開いた玉ねぎからだ。……いただきます」
俺はスプーンで、とろとろに煮込まれたオニオングラタンスープをすくって口に運んだ。
「――――っ!!」
俺の脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。
美味い。信じられないほど美味い。
エロ本を取り上げられ、極限の賢者モードに入った『たまんネギ』は、すべての雑念(辛味)が消え失せ、細胞の奥底に秘められた『究極の甘みと旨味』だけが残されていたのだ。
トロトロの玉ねぎの甘みが、ホムセンのコンソメスープとチーズの塩気と完璧に融合し、舌の上で爆発する。
「な、なんという甘さ……! 人参マンドラも、煮込まれて悲鳴を上げるどころか、ホクホクでフルーツみたいに甘いですわ!」
ルナが目を丸くして感動している。
「すごいわ春太! これを食べたら、もう普通の野菜には戻れないわね!」
キャルルもウサギ耳を揺らしながら、スープのおかわりを要求している。
「ひひひ、だろ? 収穫は命がけのドタバタだったが、味のポテンシャルは間違いなく一級品だ。こいつはフェス飯に続く、ポポロ村の新しい『名物』になるぜ」
アラトがエプロンを撫でながら胸を張る。
歩くコンプラ違反エルフと、ホムセンの農業インフラが生み出した狂気の産物たち。
だが、その圧倒的な美味さは、確実にポポロ村の『最強の武器』になりつつあった。
「よし! 大収穫祭の大成功を祝って、乾杯だ!」
「「「カンパーイ!!」」」
屋上の青空の下、泥だらけの俺たちの笑い声が響き渡る。
これこそが、俺の求めていた『仲間と過ごす平和で騒がしい日常』だった。
――しかし。
俺たちがこの『極上の利益の種』に浮かれている頃。
ルナミス帝国の首都では、内務官オルウェルが、ポポロ村の『異常な農業インフラ』の噂を聞きつけ、ついに本格的な軍事使節団の編成に着手していたのである。
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