EP 8
【深夜のカップラーメン】背脂醤油とエルフの堕落
深夜のポポロ村。
鉄筋コンクリートの防壁に守られたホームセンターの店内は、静寂に包まれていた。
だが、その薄暗いバックヤードで、一つの怪しい影がゴソゴソと動いていた。
「……ありましたわ。アラトさんが『これは大人の夜食だから、ルナにはまだ早い』と隠していた、禁断の箱が……」
寝間着代わりのネグリジェを身に纏ったエルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアである。
彼女の目の前には、ホムセンの在庫として積まれた段ボールの山。その一つに、彼女の視線は釘付けになっていた。
『タローマン謹製・超絶濃厚! 背脂ニンニク醤油ラーメン(大盛り)』
それは、建国者・佐藤太郎が残した『100円ショップの概念』と前世の知識により、ルナミス帝国の一部で密かに流通しているインスタント食品、通称『かっぷらーめん』だった。
「昼間、アラトさんがこれにお湯を注いで食べていた時……凄まじく凶悪で、抗いがたい匂いがしましたわ。世界樹の森では、絶対に嗅いだことのない香り……」
エルフの王族たるもの、口にするのは朝露を吸った新鮮な果実や、清らかな泉の水、そして魔力で生成された高級スムージーなど、『自然の恵み』のみとされている。
しかし、ポポロ村に来て『ドリンクバー(メロンソーダとコーラの魔の沼)』を覚えてしまったルナの味覚は、着実に、そして確実に『現代のジャンクな味』へと傾き始めていたのだ。
「少しだけ……ほんの少しだけ、味見をするだけですわ。これも、ポポロ村の食文化を学ぶための立派な『調査』ですもの」
ルナは言い訳を呟きながら、震える手でカップ麺のフィルムを剥がした。
ホムセンの休憩スペースに設置された『電気ケトル』でお湯を沸かし、カップのフタを半分まで開けて、熱湯を注ぎ込む。
ふわりと、粉末スープと乾燥ネギの香りが立ち上る。
「ふたをして、三分待つ……でしたわね」
ルナは、アラトが使っていた三分計の砂時計をひっくり返した。
サラサラと落ちる砂。
静寂の中で、カップの中から微かに聞こえる、麺がお湯を吸って戻る「チリチリ……」という音。
「……長い。なんて長い時間なのでしょう。魔法で一瞬で植物を育てる私にとって、この『待つ』という行為そのものが、恐ろしいほどのスパイスになっていますわ……」
ルナがゴクリと喉を鳴らす。
そして、運命の三分が経過した。
「……開闢の時ですわ!」
ペリッ!
ルナがフタを完全に剥がし、別添の『特製・濃厚背脂ニンニクペースト』を絞り入れた瞬間。
ブワァァァァァァッ!!!
それは、エルフの矜持を物理的にへし折る、圧倒的な匂いの暴力だった。
強烈なニンニクの刺激と、豚の背脂が溶け出した醤油の香ばしさ。そして、大量の魔法化学調味料が生み出す、脳の報酬系を直接ぶん殴るようなケミカルな旨味の香り。
「ああっ……! なんて下品で、野蛮で……そして、たまらなく魅力的な匂いなのでしょう! 世界樹様がお怒りになりますわ!」
ルナは罪悪感に震えながらも、割り箸を割った。
そして、ちぢれ麺をたっぷりのスープと背脂に絡ませ、一気にすすり上げた。
ズルルルルルッ!
「――――っ!?」
ルナの尖った耳が、ピンッと限界まで跳ね上がった。
ガツン! と舌を突き抜ける塩分。背脂の暴力的なコク。ニンニクのパンチ力。それらが、ジャンクな炭水化物(麺)と渾然一体となって、ルナの口内を蹂躙していく。
「お、美味しいですわぁぁぁっ!!」
ルナは涙を流しながら、猛烈な勢いでカップ麺をすすり始めた。
「自然の恵みなど、この『背脂』の前では霞んでしまいます! 計算し尽くされた人工的な旨味が、私のエルフとしての理性をドロドロに溶かしていきますのぉぉっ!」
ズズズッ! ハフッ! ズルルッ!
最高級シルクのネグリジェにスープのハネが飛ぶのも構わず、ルナはドンブリを両手で抱え込み、最後の一滴までスープを飲み干そうとした。
――パシャッ!!
その時、暗闇の中で、強烈な閃光が走った。
「「激写ですの(激写よ)!!」」
「ぶふぉぉっ!?」
ルナがむせてスープを吹き出しそうになる。
暗がりから現れたのは、魔導通信石(カメラ機能付き)を構えたキャルルと、ニヤニヤと笑うリーザだった。
「ル、ルナちゃん……。いくらなんでも、深夜二時に『背脂ニンニク大盛り』はギルティ(有罪)よ」
キャルルが呆れたようにウサギ耳を揺らす。
「そうですの! トップアイドルの私でさえ、深夜のカップ麺だけは(春太さんに怒られるから)我慢していますのに! エルフの次期女王様が、お口の周りをアブラまみれにして夜食なんて……明日のルナミス新聞の三面記事トップですの!」
「ち、違いますの! これは、その、ポポロ村の生態調査の一環で……っ!」
ルナが真っ赤になって弁解しようとするが、証拠写真(麺をすする恍惚の表情)はすでにバッチリ押さえられている。
「あーあ、あんなに『私は世界樹のスムージーしか飲みませんの』って優雅に振る舞ってたのに。これでルナちゃんも、私たちと同じ『深夜のファミレスでダラダラする底辺ポンコツ』の仲間入りね」
「ようこそ、ジャンクフードの沼へですの! 今度は残ったスープに白米を入れて、チーズを乗せて食べる『悪魔のリゾット』を教えて差し上げますの!」
「あ、悪魔のリゾット……!? そんな恐ろしい食べ物が……ゴクリ」
ルナは言い返そうとしたが、リーザの提案に抗えず、無意識によだれを飲み込んでしまった。
「……おい。お前ら、夜中にホムセンの中をニンニク臭くするな」
そこに、寝癖をつけたままで、あくびをしながら俺がバックヤードから顔を出した。後ろには、「誰だ俺のカップ麺を食った奴は」と包丁を研ぎ始めたアラトもいる。
「ひぃっ!? そ、村長さん! ごめんなさい、私、エルフの誇りを失ってしまいました……! 純金はお渡しできませんでしたが、私の臓器を売って、このカップ麺の代金を――」
「またコンプラ違反の弁済をしようとするなバカヤロウ!」
俺は即座にツッコミを入れ、大きくため息をついた。
「別に、腹が減ったならホムセンの在庫を食ってもいい。給料(あるいは純金の一部)から天引きしといてやる」
「ほ、本当ですか……!?」
「ああ。……だがな」
俺はカウンターの下から、ホムセンで売っている『廃油処理剤(固めるテンプル的なもの)』を取り出し、ドンッと机に置いた。
「カップ麺の残り汁を、そのまま流しに捨てるのだけは絶対に許さん。油が冷えて固まって、配管が詰まったらどうするんだ。異世界のドワーフ製プラマー(水道管)は修理費が高いんだぞ」
「はい……スープは残さず飲み干すか、ちゃんと固めて捨てますわ……」
ルナがシュンとして正座し、キャルルとリーザが「怒られた怒られた」とケラケラ笑っている。
「ひひひ。これでこの村の女どもは、全員俺のジャンクフード(飯テロ)なしじゃ生きられない体になったってわけだ」
アラトが腕を組み、勝ち誇ったように笑った。
歩くコンプラ違反、ルナ・シンフォニア。
彼女の圧倒的な気高さは、ホムセンの『背脂醤油ラーメン』という禁断の食によって完全に粉砕され、彼女は正式にポポロ村の『ポンコツ三人娘』の一員として魂を染められたのである。
だが、この和やかな(?)深夜の団欒の裏で。
俺たちが寝静まった後の『大型ビニールハウス』の中では、ルナの膨大な魔力を吸い上げ、極限まで濃縮された『異常農作物』たちが、静かに、そして凶悪に『大暴走の準備』を進めていたのである。
翌朝、俺たちはポポロ村の農業特区がもたらす『真の恐怖と爆笑』に直面することになる。
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