EP 7
【会計ソフトと幻覚植物】徴税官を論破する電卓の魔法
ポポロ村の特設野外フェスが残した『莫大な利益』の噂は、風に乗ってルナミス帝国の首都にまで届いていた。
となれば、甘い汁を吸おうとするハイエナが群がってくるのは、世の常である。
「村長代理の春太だな! 我がルナミス帝国財務省の命により、先の興行における『特別税』を徴収しに参った!」
朝のホムセン一階。ふんぞり返って偉そうに怒鳴っているのは、帝国の下級徴税官ボルドーだった。背後には、いかにも柄の悪い護衛の兵士を数名引き連れている。
「特別税、ですか? そんな法律、建国者である佐藤太郎が定めた帝国法典にはなかったはずですが」
俺がレジカウンター越しに尋ねると、ボルドーは下品な笑みを浮かべた。
「うるさい! 緩衝地帯で無許可の祭りを開いたのだ、帝国へのみかじめ料……いや、税金を払うのは当然の義務だ! ざっと売上の八割、金貨三百枚を今すぐ出せ!」
ただのピンハネ(汚職)だった。
自分の懐を温めるために、辺境の村を恫喝しに来たのだ。
「ふざけないで! 私たちが汗水流して稼いだお金を、なんであんたたちに渡さなきゃいけないのよ!」
キャルルがウサギ耳を逆立て、腰のトンファーに手をかける。
「そうですの! ファンのみんなが私のためにくれた『時間と御縁』を奪うなんて、絶対に許しませんの!」
リーザも芋ジャージの袖をまくり上げ、アラトも厨房で静かに包丁を握り直している。
「ま、待て待てお前ら! 相手は腐っても帝国の役人だ。ここで暴力を振るったら、今度こそ正規軍が攻めてくる口実になっちまう!」
俺は冷や汗を流しながら、血の気の多い身内たちを必死で制止した。
いくらホムセンのインフラが強力でも、国家権力と真正面から戦争をする気など毛頭ない。俺は平和な店長ライフを送りたいのだ。
「ふん、賢明だな村長。さあ、大人しく金を出せ!」
ボルドーが勝ち誇ったように手を差し出した、その時。
「皆さん、争いはいけませんわ」
ホムセンの奥から、最高級のシルクドレスをふわりと揺らし、ルナ・シンフォニアが優雅に歩み出てきた。
「ルナ? お前、引っ込んでろ。ややこしくなるから」
「いいえ、ここは私にお任せください。相手の方も、お仕事で疲れて心がささくれているのでしょう。平和的かつ、誰も傷つかずに解決する方法がありますの!」
ルナが純度百パーセントの慈愛の笑みを浮かべ、世界樹の杖を軽く振った。
ポワァァァン……。
床のコンクリートから、奇妙な植物が生え出した。
それは、巨大な食虫植物のような形をしており、紫色の毒々しい花弁からダラダラと『怪しい粘液』を垂らしている。
「な、なんだその不気味な花は!?」
ボルドーが後ずさる。
「ふふっ。この子は『ハッピー・ドリーム』という、人を幸せにするお花ですの」
ルナが花弁を優しく撫でながら、恐ろしい計画を嬉しそうに語り始めた。
「このお花の『触手』を役人さんたちの首筋にブスッと刺して、強力な催眠エキスを注入します! すると脳内に『お金・お酒・女の子』の幻覚が溢れ出し、すべてを疑似体験できるのです! これで皆さんは満足して、ニコニコしながら帝都に帰ってくれますわ!」
「――――させるかバカヤロォォォォォォッ!!!」
俺は音速で飛び出し、ルナの杖を叩き落として『ハッピー・ドリーム』に防炎シートを被せて封印した。
「ひぃっ!? そ、村長さん!?」
「ただの違法薬物(麻薬)カルテルだろうが! 幻覚を見せて追い返すなんて、国際的な大犯罪だぞ! お前の平和的解決は、倫理観の底が抜けすぎなんだよ!」
俺は胃を激しく押さえながら絶叫した。このエルフの姫君は、少し目を離すとすぐに世界を破滅させようとする。
「ひ、ひぃぃっ! 恐ろしい村だ! だが、税金を払わないというなら、帝国軍を呼ぶぞ!」
ボルドーが腰の剣を引き抜きそうになる。
「……暴力も、違法な植物も必要ない」
俺は乱れた呼吸を整え、カウンターの下から『あるもの』を取り出した。
それは、太陽光発電で駆動する『ノートパソコン』と、十二桁表示の『大型実務電卓』だ。
「役人殿。税の徴収というのは、感情ではなく『数字と論理』で行うものだ。あんたのどんぶり勘定に付き合う気はない」
「な、なんだその薄っぺらい光る板は……?」
俺はノートパソコンを開き、ホムセンの『会計ソフト』を立ち上げた。前世で店長として、そしてブラック企業の理不尽な経費削減と戦い続けた俺の、最強の武器である。
「いいか。あんたは『売上の八割』と言ったが、税金というのは『売上』ではなく『利益』にかかるものだ。当然、経費を差し引く権利がある」
「け、けいひ?」
「そうだ」
俺は電卓を左手で弾きながら、圧倒的なスピードでキーボードを叩き始めた。
パチパチパチパチッ! ターン!
「まず、ステージ設営に使った単管パイプとLED照明。これらは長期使用する固定資産だから『減価償却費』として当期分を計上。次に、アラトが屋台で使った食材の『仕入原価』。さらに、専属アイドルであるリーザへの『給与及び歩合・福利厚生費』を控除する」
「……ま、待て。何を言っているのかさっぱり……」
「まだ終わってないぞ。ルナミス帝国税法第42条(佐藤太郎が定めた特例)、『辺境開拓地におけるインフラ投資への税額控除』を適用! コンクリート防壁の建設費用と、大型ビニールハウスの設備投資を損金算入する!」
俺は最後の『=(イコール)』キーを、親指で力強く叩きターン!と鳴らした。
「結果! 当期純利益は大幅な『赤字』だ! よって、法人税および特別興行税の納税義務は発生しない。むしろ、欠損金の繰越控除により、帝国側からポポロ村へ『還付金(補助金)』を金貨五十枚ほど支払ってもらう計算になるが……今すぐここで領収書を切ろうか?」
俺が会計ソフトの画面(真っ赤なマイナスの数字)をボルドーに突きつける。
「なっ……!? あ、赤字!? あんなに客から金貨を巻き上げていたのにか!?」
「それが『複式簿記』という現代の魔法だ。文句があるなら、帝国の監査局にこの完璧な帳簿を提出してもいいんだぞ? 下っ端のあんたが不当なピンハネをしようとした証拠と一緒に、な」
俺が低く冷たい声で凄むと、ボルドーの顔から完全に血の気が引いた。
数字は嘘をつかない。そして、完璧に作られた帳簿の前に、不正な権力は無力だ。
「ひぃぃぃっ……! お、覚えてろぉぉっ!」
ボルドーは震え上がり、護衛の兵士たちと共に逃げるように村から走り去っていった。
「す、すごいですの……! 春太プロデューサー、あの嫌な役人を『数字』だけで追い払ってしまいましたの!」
リーザが目を輝かせて拍手する。
「さすが春太ね! 暴力に頼らないなんて、とってもスマートだわ!」
キャルルも誇らしげに俺の背中を叩いた。
「まあ! 素晴らしいですわ、村長さん! あんなに薄い板と、ボタンが付いた箱(電卓)で敵を撃退するなんて!」
ルナが防炎シートの下でモゾモゾと動いているハッピー・ドリームを片付けながら、尊敬の眼差しを向けてくる。
「分かったかルナ。これが現代社会の戦い方だ。相手を幻覚で廃人にしなくても、合法的かつ平和的に問題を解決できるんだよ」
「はいっ! 私、とても勉強になりましたわ! 数字の魔法、最高です!」
俺は電卓の電源を切り、大きく息を吐き出した。
帝国からの強引な干渉を、ホムセンの経理アイテムで合法的に撃退した。これでまた、平和な日常が戻ってくるだろう。
……そう思っていた俺だが。
「ふひひ……店長。カッコよく決めたところ悪いが」
キッチンから顔を出したアラトが、ニヤニヤしながら俺を指差した。
「なんだよ」
「ルナのお姫様。さっきの『数字の魔法』にえらく感動したみたいで……俺の厨房の在庫(食材)を勝手に『計算』し始めてるぞ」
「……え?」
振り返ると、ルナが夜食用のカップ麺の在庫が積まれた段ボールの前にしゃがみ込み、何かを真剣に数え始めていた。
エルフの姫君が、ホムセンの『ジャンクフード』という禁断の味に目覚める瞬間が、確実に近づいていたのだ。




