EP 6
【お祈りレタスのトラウマ】共感ギャグと絶望のサラダ
ポポロ村に大型ビニールハウス(農業特区)が完成してから数日。
ルナ・シンフォニアの強大すぎる植物魔法を『空間制限による濃縮』で制御するという俺の仮説は、見事に的中していた。
ハウスの中では、天井を突き破るような巨大化はピタリと止まり、代わりに異常なまでの速度で極上の野菜が実を結び続けていた。
「村長さん! 見てください! 今日もこんなに立派な葉物野菜が採れましたわ!」
朝のホムセン一階、休憩スペース。
朝日に輝く金糸の髪を揺らしながら、ルナが抱えるようにして持ってきたのは、瑞々しく青々と茂った結球レタスだった。
「おお、こいつは美味そうだな。葉の巻きも完璧だし、何より水気が弾け飛びそうだ」
エプロン姿のアラトが、プロの料理人のような目つきでレタスを受け取る。
「ふふっ、この子は特別なんですのよ。私が魔力を注いでいる時、なんだかとっても『礼儀正しくて、人の門出を応援してくれる』ような、温かい波動を感じたんです!」
ルナが両手を合わせて嬉しそうに語る。
「応援してくれる波動、ねぇ。まぁ、ルナの純粋な善意が詰まってるってことだな」
俺はコーヒーを啜りながら、平和な朝の空気に目を細めた。
「よし、店長。今日の朝飯は、こいつをメインにした特製シーザーサラダと、厚切りベーコントーストだ。すぐ作るから座って待っててくれ」
アラトが包丁を握り、ザクッ、ザクッと小気味良い音を立ててレタスを切っていく。
数分後。
長机の上には、ホムセンの粉チーズと特製マヨ・ハーブをふんだんに使った、山盛りのシーザーサラダがドンと置かれた。
「わぁっ! 美味しそうですの! 私、お野菜も大好きですの!」
リーザがフォークを握りしめてヨダレを垂らし、キャルルもウサギ耳をパタパタと揺らして期待に胸を膨らませている。
「さあ、まずはルナが育てた特製レタスから味見させてもらおう」
俺とアラトは、転生者コンビとして顔を見合わせ、大きく切られたレタスをフォークに刺して、同時に口へと運んだ。
シャキッ!
極上の歯ごたえ。溢れ出す新鮮な水分と、マヨ・ハーブのコク。
「……ん? こいつは……!」
俺がその美味さに目を見開いた、次の瞬間だった。
『……慎重に選考を重ねました結果』
「――――は?」
俺とアラトの動きが、完全にフリーズした。
耳からではない。レタスを咀嚼した瞬間、俺たちの『脳内』に直接、丁寧で、しかし絶対的な拒絶を伴う『あの音声』が鳴り響いたのだ。
『誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました。なお、〇〇様(応募者様)の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』
「ごはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺は持っていたフォークを落とし、喉をかきむしりながら床に崩れ落ちた。
痛い。物理的なダメージは一切ないのに、胃壁の奥からえぐられるような強烈な吐き気と、大人の自尊心を粉々に砕かれるような精神的ダメージが、ボディブローのように魂を殴りつけてきた。
「て、店長ぉっ!?」
アラトが俺を助け起こそうとしたが、彼もまた別のレタス(少し葉が長いロメインレタス風の個体)を咀嚼してしまっていた。
『……ご提出いただきました職務経歴書を拝見し、慎重に選考を行いました。〇〇様のこれまでの輝かしいご経歴は大変魅力的ではございますが、現在弊社が求めているポジションの要件と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました。今回はご縁がございませんでしたが――』
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!! や、やめろぉぉぉっ! 俺のGitHubの草(コミット履歴)をちゃんと見ろぉぉぉっ!!」
アラトが頭を抱え、白目を剥いてその場に倒れ込み、口から一筋の血(ケチャップの拭き忘れ)を流してピクピクと痙攣し始めた。
「きゃああああっ!? は、春太さん!? アラトさん!?」
「どうしたの春太! しっかりして! 毒!? 毒が入ってたの!?」
突然、二人の大の男が白目を剥いてのたうち回り始めたのを見て、ルナとキャルルがパニックに陥る。
「そんな! 私、毒なんて入れていませんわ! 純粋な応援の魔力しか……!」
だが、その横で。
「……モシャモシャ。え? とってもシャキシャキして美味しいですのよ?」
リーザが、どんぶり一杯のシーザーサラダを平然と平らげていた。
「ちょ、リーザちゃん! 吐き出しなさい! 春太が死にそうになってるじゃない!」
「えぇー? でも、頭の中で『今後のご活躍をお祈りします』って、すごく丁寧な応援の言葉が聞こえてきて、なんだかほっこりしましたの!」
底辺地下アイドルとして、交番の反復横跳びや路上ライブでメンタルが鋼鉄に鍛え上げられている(かつ、日本の就活システムを知らない)リーザにとって、それはただの「礼儀正しい野菜」でしかなかったのだ。
「……ハァ、ハァ……違う、キャルル……毒じゃ、ない……」
俺は震える手でテーブルの脚にしがみつき、ゆっくりと立ち上がった。
「こいつは……『お祈りメール』だ……」
「おいのりめーる?」
「前世で、俺たちのような社畜や限界労働者が、何十社という面接に落ち続けた時に送られてくる……『丁寧な絶望の通知』だ……!」
俺は血の涙を流しながら、残ったレタスを指差した。
ルナの魔力をビニールハウスで『濃縮』した結果。
植物が持つ『厳しい自然淘汰(選考)』という概念と、ルナの『礼儀正しすぎる善意』が最悪の化学反応を起こし、地球の就職活動における最凶のトラウマ兵器を産み出してしまったのだ。
「名付けて……『折れたス』。……食べた者の心をへし折る、呪いの野菜だ」
「俺が食ったのは……『中途採用のお祈り種』だ……。キャリアを全否定されたわけじゃないっていう、絶妙なフォローが逆に心をえぐりやがる……ガクッ」
アラトが再び床に突っ伏し、動かなくなった。
前世でブラック企業に入社するまで、五十社の面接に落ち続けた俺のトラウマと、デスマーチの末に転職活動に失敗し続けた元SEのトラウマ。
剣も魔法も効かない俺たちの心に、異世界の農作物がクリティカルヒットを叩き込んだ瞬間だった。
「……ま、まあ! そんな恐ろしい効果があったなんて! ごめんなさい、村長さん! 私、すぐにこのお野菜を全部燃やして――」
「待てルナ」
俺は息も絶え絶えになりながら、ルナを制止した。
「この『折れたス』……味自体は、信じられないほど美味い。それに、リーザやキャルルのように『前世のトラウマ』がない異世界人にとっては、ただの『応援してくれるちょっと変わった野菜』でしかない」
俺は、元社畜(店長)としてのビジネスの勘を働かせ、ギラリと目を光らせた。
「こいつは……売れる。高級料亭や、珍しいものを好む貴族たちに『喋る魔法のレタス』として高値で卸せるぞ……!」
「春太……あんた、自分が吐血しそうになってるのに、まだ商売のことを考えてるの……?」
キャルルがドン引きしたような目を向けてくる。
「当然だ。俺はこの村のインフラを回す責任者だからな。……ただし、俺とアラトの賄いには、絶対にこいつを入れるなよ」
「ひひひ……おうよ、店長。俺たちの前世のトラウマを呼び起こすこいつは、俺たちにとっては『劇毒』指定だ……」
床から這い上がってきたアラトも、青白い顔でサムズアップした。
「ふふっ、良かったですわ! 私の育てたお野菜が、村の財政の役に立つなら本望です!」
ルナが純度百パーセントの笑顔で喜んでいる。
彼女の善意と魔力は、確実にポポロ村の農業を(斜め上の方向へ)進化させていた。
「よし。ルナ、今日の午後は他の野菜の収穫も頼む。ハウスの中には、他にも『タマネギ』や『ニンジン』を植えてあるからな」
「はいっ! 私、愛情をたっぷり込めて育てますわ!」
ルナが嬉しそうにビニールハウスへと向かっていく。
だが、この時の俺はまだ甘く見ていたのだ。
お祈りメールを放つレタスが序の口に過ぎないということを。
『たまんネギ』や『人参マンドラ』といった、さらに狂った概念を付与された異常農作物たちが、ビニールハウスの中で今か今かと出番を待っていることに。
ポポロ村の『農業特区』は、確実に狂気のインフラとして稼働し始めていた。
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