EP 5
【世界解禁】農業用結界とガテン魔将軍
翌朝。ポポロ村の防壁内、ホムセンの裏手に広がる開拓農地。
燦々と輝く太陽の下、俺は頭を抱えていた。
「ルナ。ちょっとそこに、このトマトの種を植えて、軽く……本当に『小指の先ほどの魔力』だけ流してみてくれ」
「はい! お任せくださいませ、村長さん! ……豊かに、芽吹きなさいっ!」
ルナ・シンフォニアが、世界樹の杖をポンッと土に叩きつけた。
ズギュルルルルルルゥゥゥッ!!!
「うおわぁっ!?」
撒いたばかりの小さなトマトの種が、まるで地対空ミサイルのような勢いで発芽し、俺の目の前で高さ数十メートルの巨大な『トマトの樹』へと急成長を遂げたのだ。
見上げれば、バランスボールほどもある真っ赤なトマトが、ドスンドスンと隕石のように降ってくる。
「ひぃぃぃっ! 危ないですの!」
見学に来ていたリーザが、降ってくる巨大トマトを健康サンダルで蹴り飛ばし、アラトがフライパンで弾き返している。
「だーっ! ストップ、ストップだルナ! お前の魔力は出力調整が完全にバグってる! 小指の先って言っただろうが!」
「えっ……? でも、私の中では、髪の毛の先ほどしか魔力を出していないつもりなのですが……。やっぱり世界樹様の加護が強すぎるのでしょうか?」
ルナが申し訳なさそうに眉を下げる。
彼女の純粋な植物魔法と、世界樹の加護。
これ自体は間違いなく最高峰の農業チートだ。しかし、このまま野外で栽培させれば、ポポロ村は一週間で『進撃の巨大野菜の森』に飲み込まれて滅亡してしまう。
「春太。ルナちゃんの魔法、相変わらず手加減を知らないわね……。ルナミスでマンションのベランダ菜園を手伝ってもらった時も、一晩でマンションがジャングルになったのよね」
キャルルが過去のトラウマを思い出して遠い目をしている。
「……だからこそ、物理的な『隔離施設』が必要なんだ。ルナの魔力を一定の空間内に閉じ込め、成長を制御するインフラがな」
俺はため息をつき、ホムセンのバックヤードから軽トラで運び出した大量の資材を指差した。
「さあ、作業開始だ! 今日中に、この農地に『大型ビニールハウス』を建設する!」
俺の声に反応し、農地の隅からバサバサと豪快な足音が近づいてきた。
「お呼びですのね、春太さん!!」
タローマン製の作業着に身を包み、腰に工具袋を下げた元氷魔将軍――DIYキャンパーのスアイだった。彼女の右手には、愛用の『十八ボルト・インパクトドライバー』が握られている。
「待ってましたわ! 最近は裏山のスキー場作りばかりで、この『いんぱくと』を握る手がウズウズしていたところですの!」
「おう、頼もしいぜスアイ。今回はアーチパイプの組み立てと、シートの固定だ。かなり大掛かりになるぞ」
「お任せください! 私のガテン魂、見せてやりますわ!」
俺が図面を広げ、アラトとスアイに指示を出す。
今回建設するのは、幅十メートル、奥行き三十メートルにも及ぶ、プロ農家仕様の『連棟式大型ビニールハウス』だ。
骨組みとなるのは、亜鉛メッキされた頑丈な『農業用アーチパイプ』。
「よし、スアイ! パイプを地面に差し込んでくれ!」
「はぁっ!」
スアイが魔将軍の怪力で、硬い地面に次々とアーチパイプをズドン、ズドンと深々と突き刺していく。
等間隔に立てられたアーチパイプに、俺とアラトが横の直管パイプを渡し、『クロスクリップ』と『Tバンド』で固定していく。
ガガガガガガガッ!!
「ああっ……! この手に伝わる激しい振動と、鉄が噛み合う音……たまりませんわぁぁっ!」
スアイがインパクトドライバーを撃ち鳴らしながら、恍惚の表情を浮かべてジョイントをガチガチに締めていく。元・魔王軍の幹部が、完全にホムセンの電動工具の奴隷と化していた。
『ホムセンの農業資材』×『スアイの怪力&電動工具』=異常な速度でのインフラ構築。
通常なら数日がかりの骨組み作業が、わずか数時間で完了した。巨大な鉄の骨格が、ポポロ村の農地にそびえ立つ。
「す、すごいですわ……! こんなに大きな鉄のドームを、魔法も使わずに一瞬で……!」
ルナが目を輝かせて拍手している。
「まだまだ。ここからが本番だ。ルナの魔力を封じ込める『結界』を張るぞ」
俺が取り出したのは、巨大なロール状に巻かれた『農業用POフィルム(厚さ〇・一五ミリ)』だ。
「アラト、スアイ! シートを引っ張れ!」
俺たちは巨大な透明のフィルムを、骨組みの上へと被せていく。さらにその上から、『防虫ネット』と、日差しを調整する『遮光ネット(シルバー)』を重ねて張る。
仕上げに、パイプの溝に『パッカー』と『スプリング(波状の留め具)』をバチン、バチンとはめ込み、シートをピンと張って完全に密閉した。
木と土のファンタジー世界に、突如として出現した、太陽の光を反射する巨大な透明のドーム。
「完成だ。これが、現代農業の叡智の結晶……『環境制御型・大型ビニールハウス』だ」
「と、透明ですの……? ガラスではないのに、光を通す不思議な膜。まさか、これも春太さんの魔法ですか?」
ルナが恐る恐るビニールの表面を指でつつく。
「ただのポリオレフィン(プラスチックの一種)だ。だが、このハウスはただの雨除けじゃない。温度、湿度、そして日照量を完全にコントロールできる『人工的な隔離空間』だ」
俺はハウスの側面にあるハンドルを回した。すると、側面のビニールがクルクルと巻き上がり、風通しが良くなる(サイド換気)。
「ルナ。お前の強大すぎる植物魔法も、この『制限された空間』の中なら、無制限に巨大化することはない。植物は物理的な限界(天井やネット)を察知して、成長のベクトルを『巨大化』から『内面への濃縮』へと切り替えるはずだ」
もちろん、異世界ファンタジーにおける俺の推論だ。だが、このホムセンのインフラなら、必ずルナの魔力を御せると確信していた。
「さあ、ルナ。中に入って、もう一度さっきの種に魔力を注いでみろ」
「は、はい! やってみますわ!」
ルナは緊張した面持ちでハウスの中へ入り、畝に種を撒いて世界樹の杖を振った。
「豊かに……芽吹きなさいっ!」
淡い緑色の魔力が、ハウス内に充満する。
すると、どうだろう。
発芽した植物は、先ほどのようにおぞましい速度で巨大化することはなかった。代わりに、ビニールハウスという『物理的な箱』の環境に適応するかのように、ゆっくりと、だが確実に成長を始めた。
茎は太く頑丈に、葉は青々と茂り、やがて大人の背丈ほどの高さで成長を止め、無数の花を咲かせた。
「おぉ……! 止まった! 天井を突き破らないぞ!」
アラトが感嘆の声を上げる。
「そして、見てください春太さん! 実が……!」
ルナが指差す先。そこには、赤ではなく『黄金色』に光り輝く、ソフトボール大のトマトが実っていた。
「……成功だ。巨大化を抑え込んだ結果、ルナの魔力が果実の内部に極限まで濃縮されたんだ」
俺が黄金のトマトをもぎ取り、ナイフで半分に切ってみる。
溢れ出すのは、蜂蜜のように濃厚で甘い果汁の匂い。一口かじると、フルーツ以上の強烈な甘みと旨味が口の中で爆発し、同時に全身の疲労がフッと吹き飛ぶような感覚があった。
「美味い……! しかもこれ、食べた瞬間に微量のリジェネ(継続回復)効果がかかってるぞ!」
「本当ですか!? やりましたわ! 私、ついに村の皆さんに、安全で美味しいご飯を作れましたのね!」
ルナが杖を抱きしめて、満面の笑みでピョンピョンと跳ねる。
「そうですの! これで私も、パンの耳生活から完全に卒業ですの!」
リーザも黄金のトマトにかぶりつき、感動の涙を流していた。
「よし。これでポポロ村の食糧事情は、他国の追随を許さない次元に突入したな」
俺はビニールハウスの透明な天井を見上げ、満足げに頷いた。
歩くコンプラ違反エルフの魔力を、ホムセンの農業インフラで完全に飼い慣らした瞬間である。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
ルナの純粋すぎる魔力が『濃縮』された異常農作物が、単なる美味しい野菜で終わるはずがないということに。
この『農業特区』が産み出す恐るべき『ギャグ農作物』たちの反乱は、すぐそこまで迫っていたのだ。
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