EP 4
【エプロン姿の元SE】家庭科スキルと生存指南
朝食の塩鮭と卵焼きの余韻に浸りながら、俺は食後のコーヒー(ホムセンのインスタント)をすすっていた。
ドガァァァン!! という爆発音と共に、マンション全体がビリッと揺れる。
「うそ……私の蹴りでヒビも入らないなんて、どんな魔導合金なのよコレ!?」
外に出ると、キャルルがタローマン製の安全靴を押さえて悶絶していた。
どうやら、俺の出したマンションの外壁(鉄筋コンクリート)に全力の試し蹴りを入れたらしい。
「馬鹿だな。地球の現代建築が、蹴り一発で崩れるわけないだろ」
「地球……? やっぱり春太って、転生者なのね」
キャルルが耳をピクピクさせながら、俺とアラトを交互に見た。
「まあな。俺もこいつも、地球って世界の元社畜だ」
アラトは食後の後片付けを【家庭科】スキルで完璧に終わらせ(食洗機まで召喚していた)、エプロンを外して冒険者の顔に戻っていた。
「さて、腹も膨れたことだし、約束通り特訓を始めるぞ、店長」
アラトは俺を無人の更地――マンションの裏手へと連れ出した。
キャルルも「私の村の防衛力アップにもなるから」と、付き添いでやってくる。
「まず現状確認だ。店長、ちょっと全力でそこらへんの石を殴ってみてくれ」
「は? 痛いだろ」
「いいから」
言われるがまま、俺は落ちていた手頃な石を拳で殴った。
「いってぇ!!」
「……うん。見事なまでに魔力ゼロ、闘気ゼロ。一般人以下の純度百パーセントのモブステータスだな。異世界の農民の子供でも、もう少し闘気を纏えるぞ」
アラトは呆れたように頭を掻いた。キャルルも同情の目を向けている。
「いいか、店長。このアナスタシア世界じゃ、闘気がなきゃ魔獣の皮膚すら破れない。お前が剣を持っても、刃が通らずに折れるだけだ」
「じゃあ、俺はどうやって戦えばいいんだよ。ずっとマンションの中に引きこもってるわけにもいかないだろ」
「だから、頭と道具を使うんだ。お前には、あの異常な『武器庫』があるだろうが」
アラトは親指で、一階のホームセンターを指し示した。
「……武器庫? あれはただのホームセンターだぞ」
「ただの、じゃねえよ。俺も中を見たが、狂ってるぜ。あそこに並んでる『工具』……スコップやハンマー、ノコギリの類。あれ、全部異常な精度の鉄と合金で出来てる」
「え、そうなのか?」
「ああ。この世界の一般的な鉄器はもっと脆い。だが、店長が出した工具は、ドワーフの国宝級の鍛冶職人が打った業物レベルの硬度だ」
アラトの言葉に、キャルルも深く頷いた。
「そうよ。さっき防犯コーナーにあった『特殊警棒』を触らせてもらったけど、魔力を通さなくても恐ろしい強度だったわ」
(そうか。『異世界の技術レベルが低い』から、地球で大量生産されてる普通の合金工具が、相対的に伝説の武器クラスの硬度になるのか)
俺は身近な日用品×異世界の文脈=不釣り合いな効果』の一端を理解した。
「ってことで、店長。お前のメインウェポンはこれだ」
アラトがホムセンから持ち出してきたのは、柄が頑丈なグラスファイバーで出来た『剣先スコップ』だった。
「……スコップ?」
「そうだ。刃がないから技術はいらないし、面が広いから盾にもなる。そして何より、穴を掘れる」
アラトはニヤリと笑った。
「俺の『罠術』と、お前の『スコップ』。この二つを組み合わせれば、闘気がなくても一方的に魔獣を殺せる陣地が作れる」
そこから、地獄の特訓が始まった。
アラトの指示に従い、俺はひたすらスコップで土を掘り、ホムセンから持ち出したロープとペグ(テント固定用の金具)を打ち込む。
「遅い! もっと深く掘れ! 魔獣の脚を折る角度を計算しろ!」
「鬼かお前は! 俺は三十代のおっさんだぞ!」
「文句を言うな社畜! 残業に比べりゃマシだろうが!」
ゼーハーと息を切らし、マメの潰れた手でスコップを振るう。
痛いし、キツいし、逃げ出したい。だが、俺はスコップを手放さなかった。
(ここで音を上げたら、また誰かの下で理不尽に搾取されるだけのモブに戻る……。自分の居場所は、自分の手で守るんだ!)
泥だらけになりながらも、決して目を逸らさず、指示通りにペグを打ち込み続ける俺を見て、アラトは少しだけ驚いた顔をし、そして嬉しそうに口角を上げた。
「……へぇ。闘気はないが、根性だけはS級だな、店長」
キャルルも、俺の泥だらけの背中を見つめ、少し頬を赤らめて呟いた。
「弱いのに、逃げない……。なんだか、ちょっとカッコいいかも……」
数時間後。
俺は全身の筋肉痛で、更地に大の字になって倒れ伏していた。
「……もう、一本の指も動かん……」
「お疲れ。基礎の穴掘りと陣地構築は合格だ」
アラトが俺を見下ろし、冷たいスポーツドリンクを顔に押し当ててきた。
「だが、休んでる暇はないぞ。明日はこの陣地と、お前のホムセンの『釘』と『ワイヤー』を使って、エグい防衛網を作る」
アラトが、飴玉を口に放り込んだ。
ガリッ!!
鋭く噛み砕く音が、俺の終わらない特訓(残業)を告げる。
「さあ、頭を切り替えろ店長。本当の『デスゾーン』の作り方を教えてやる」
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