EP 3
【善意の臓器売買】純金封印とドリンクバーの誓い
「バカヤロォォォォォッ!! そんなもん市場に流したら、ポポロ村どころかルナミス帝国の経済がぶっ壊れるだろうがぁぁぁっ!!」
朝のホームセンターに、俺の悲痛な絶叫が響き渡った。
床に無造作に転がっているのは、エルフの次期女王候補ルナ・シンフォニアが「世界樹からのお小遣い」として取り出した、純金百キログラムの延べ棒の山である。
「えっ……? だ、駄目でしたか?」
俺の剣幕に驚いたルナが、ふわりとしたドレスの裾を押さえてキョトンとしている。
「駄目も何も! いいか、こんな辺境の田舎村に純金百キロなんて持ち込んでみろ。お金の価値が暴落して、パン一個買うのに金貨が何枚も必要になる『ハイパーインフレ』が起きるんだよ! フェスで潤った村の経済が、お前の善意一発で消し飛ぶところだったんだぞ!」
前世で経済学部を卒業し、ブラック企業で一円のコストカットに命を削っていた俺にとって、この『富の暴力』はテロリズムに等しい。
「まあ……経済というのは難しいのですね。良かれと思ったのですが……」
ルナはしょんぼりと眉を下げたが、その瞳に反省の色はあまり見えない。彼女の金銭感覚は、文字通り『世界樹レベル』でバグっているのだ。
「アラト! 手伝え! この純金は、ホムセンの地下室に封印するぞ!」
「お、おう。流石の俺も、これだけの金塊はゲームの中でしか見たことねえぜ……」
俺たちは台車を引っ張り出し、純金の延べ棒を大汗をかきながら積み込んだ。そして、スキル【マンション】の絶対不可侵領域である地下倉庫の最奥に、ブルーシートを被せて厳重に塩漬け(封印)した。
「いいかルナ。この純金は俺が預かる。この村では、みだりに金塊を出すなよ」
「はい、村長さんがそう仰るなら!」
ルナはニコニコと頷いた。素直なのは良いことだが、どうにも嫌な予感が拭えない。
◆
その日の午後。
俺とキャルルは、ルナを連れて村の住人たちへ「新しい入居者」の挨拶回りに出かけていた。
「ほら、ルナちゃん。こっちが村の農家をまとめているゴン爺さんよ」
キャルルが紹介すると、鍬を持った老人が「おおっ、なんてべっぴんさんなエルフのお嬢ちゃんだべ」と顔をほころばせた。
「初めまして、ルナ・シンフォニアと申します。これからお世話になりますね」
ルナが優雅にカーテシー(淑女の礼)をすると、ゴン爺さんは照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやぁ、こちらこそよろしく頼むだべ。昨日のフェスのお陰で村も元気になったが、ワシの家は最近、ロックバイソン(農耕牛)の飼料代が高くて、ちぃとばかり金に困っててなぁ。はっはっは」
農家特有の、ちょっとした愚痴と世間話。
俺も「ホムセンの肥料を少し安く卸すか」と考えていた、その時だった。
「まあ! お金にお困りなのですね?」
ルナが、パァッと顔を輝かせた。
そして、純度百パーセントの善意と、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべて、ゴン爺さんの両手をギュッと握りしめた。
「それなら、貴方の『腎臓』を売りましょう!」
「…………えっ?」
ゴン爺さんの動きが止まった。
俺とキャルルも、一瞬自分の耳を疑った。
「だ、大丈夫ですわ! 臓器の摘出は少し痛いかもしれませんが、私がすぐに『世界樹の癒やし(超回復魔法)』で再生させますから! そうすれば、何度でも新鮮な内臓を売って、無限に稼げますわよ! さあ、すぐに手術を――」
「ストォォォォォォッップ!!!」
俺は音速でルナとゴン爺さんの間に割り込み、ルナの口を両手で塞いだ。
「コンプライアンス違反だバカヤロウ! 倫理観の底が抜けてるぞ! どこの闇医者だお前は!」
「ひぃぃぃっ! エ、エルフの嬢ちゃんが、ワシの腹を割こうとしてるだべぇぇっ! 助けてくれぇぇっ!」
ゴン爺さんは鍬を放り出し、白目を剥いて脱兎のごとく逃げ出していった。
「むーっ! そんちょうさん、なにをするんですか!」
ルナが俺の手を振り解き、頬を膨らませる。
「お金がないなら、再生する体を売ればいいじゃないですか! 私、純粋な善意で人助けをしようとしただけなのに!」
「その善意が一番タチ悪いんだよ! 命を錬金術の素材みたいに扱うな!」
俺は胃の辺りを激しく押さえながら絶叫した。
ダメだ。こいつは金銭感覚がおかしいだけじゃない。
強大すぎる魔法と、世界樹に守られすぎた温室育ちのせいで、『命』や『痛み』に対する常識が根本から狂っている『歩くサイコパス』なのだ。
このまま村に放し飼いにすれば、三日と経たずにポポロ村は「臓器売買の無限ループ拠点」という、ルナミス帝国もドン引きの闇の村に成り下がってしまう。
「……春太。どうするの? ルナちゃん、悪気がないだけにタチが悪いわよ」
キャルルがウサギ耳を垂らして小声で聞いてくる。
「……こうなったら、最後の手段だ。アイツの意識を、別のものに完全に逸らして『飼い慣らす』しかない」
俺はルナの腕を掴み、ホムセンの店内へと連行した。
向かったのは、一階の休憩スペース。昨夜からリーザとキャルルが入り浸っている、例の場所だ。
「いいかルナ。お前を、このポポロ村の『VIP特別名誉顧問』に任命する」
「まあ! めいよこもん! 素敵な響きですわ!」
「そうだ。そして、顧問の特権として、これを与えよう」
俺が指差したのは、ホムセンのバックヤードに設置していた『無料の紙コップ自販機』。そして、アラトが【家庭科】スキルを全開にして作り上げた、ポポロ村の異常果実をふんだんに使った『特大フルーツパフェ』だ。
「これは……?」
ルナが目を丸くする。
「飲んでみろ」
俺が紙コップにメロンソーダを注いで渡すと、ルナは恐る恐るストローを口に含んだ。
「……っ!?」
ルナの尖った耳が、ピクッと跳ねた。
「あ、甘い……! それに、舌の上でシュワシュワと弾けますわ! 世界樹の恵み(スムージー)とは違う、この刺激的でジャンクな味は……!?」
「さらに、この機械のボタンを押せば、メロンの味、黒い甘い水、お茶、コーヒー……無限に違う味の飲み物が出てくる。パフェも、アラトが毎日違う味を作ってくれるぞ」
「む、無限に……!?」
エルフの国の自然食しか知らないルナにとって、現代日本の香料と糖分が詰まった『ドリンクバー』の破壊力は絶大だった。
「ルナ。お前がこの村で、誰にも純金を配らず、臓器売買の提案もせず、森を改造しないと約束するなら……この『ドリンクバー』と『スイーツ』を、毎日好きなだけ飲み食いしていい」
俺が悪魔のような(元店長の)笑みを浮かべて提案すると、ルナは呼吸を荒くしてパフェの器を抱きしめた。
「や、お約束しますわ! 私、誰の臓器も売りませんし、お金も配りません! だから、このシュワシュワのお水、もっとくださいな!」
陥落(餌付け化)。
純度百パーセントの歩くコンプラ違反は、ホムセンのドリンクバーという『現代の怠惰なインフラ』の前に、あっさりと屈したのである。
「ルナちゃん! メロンソーダとコーラを混ぜると、もっと美味しいですのよ!」
「まあ! リーザちゃん、本当ですか!? やってみますわ!」
芋ジャージのアイドルと、最高級ドレスのエルフが、一つの自販機の前でキャッキャと騒ぎ始める。そこにキャルルも加わり、完全に『ルナミス帝国のファミレス(女子会)』の光景が再現されていた。
「ふぅ……。とりあえず、世界と村の倫理観は守られたな」
俺は腰のポーチから『陽薬草の濃縮タブレット(胃薬代わり)』を取り出し、ボリボリと噛み砕いた。
「ひひひ。お疲れさん、店長。でも、あのお姫様を大人しくさせるのに、俺のパフェを毎食要求されるのは勘弁してくれよ?」
アラトが苦笑いしながら肩を叩いてくる。
これで一件落着……と思いたかったが、ルナ・シンフォニアという爆弾を抱え込んだ以上、ポポロ村の日常がこれだけで済むはずがなかった。
新たな狂気の火種は、ホムセンの裏手にある『農園』で、すでに芽吹き始めていたのだ。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




