EP 2
【シェアハウスの再会】高級スムージーと圧倒的格差
ギュルルルルルッ……!
村の広場に、俺が構えたエンジンチェーンソーの重低音が響き渡っていた。
ポポロ村の防壁の外、数キロ先の森が、まるで意思を持った巨大な大蛇のようにうねり、天を突くほどの植物の塔を形成し続けている。
「来やがる……! 魔王軍か、それとも規格外の古代魔獣か!? どっちにしろ、このホムセンのインフラだけは死守してやる!」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、安全ヘルメットの顎紐をギュッと締め直した。
隣では、アラトが火炎瓶を両手に持ち、スアイがインパクトドライバーをチャカチャカと空回しして臨戦態勢に入っている。
だが、キャルルとリーザだけは、武器を構えるどころか、顔面を土気色にして震え上がっていた。
「ダメよ、春太……。チェーンソーなんかじゃ、あの『歩く自然災害』には勝てないわ……」
「そうですの……。あの人は、悪意なんて微塵もないまま、笑顔で世界を滅ぼせるんですの……!」
二人が絶望の声を漏らした、その時。
ズズズズズッ……。
防壁の目の前まで迫っていた巨大なツタの壁が、まるでモーゼの十戒のように、左右にパカァッと真っ二つに割れた。
そこから現れたのは、凶悪な魔獣でも、死蟲軍の生き残りでもなかった。
「あらあら……? ここは、どこかしら?」
透き通るような白い肌に、美しい金糸の髪。尖った耳。
泥だらけの森を抜けてきたはずなのに、一切の汚れがないフワフワの最高級シルクドレスを身に纏った、エルフの美少女だった。
彼女は片手に『世界樹の杖』を持ち、もう片方の手には上下逆さまになった広域地図を握りしめている。
「……は? エルフの、女の子?」
俺が拍子抜けしてチェーンソーのエンジンを切ると、エルフの少女はパァッと顔を輝かせた。
「まあ! キャルルちゃん! それにリーザちゃんも! こんなところで奇遇ですね!」
少女はドレスの裾をつまんで、ふんわりと優雅に駆け寄ってくる。
「ル、ルナちゃん……。なんで、あなたがこんな辺境の村に……?」
キャルルが引きつった笑いを浮かべると、ルナと呼ばれた少女――エルフの次期女王候補ルナ・シンフォニアは、コトンと小首を傾げた。
「ルナミス帝国で、キャルルちゃんたちがこの村で楽しそうに『ふぇす』というお祭りをしていると風の噂(植物たちのネットワーク)で聞きましたの。だから、私もまた皆さんと一緒に暮らしたいと思って、遊びに来ました!」
「……遊びにって。さっきの森の大改造は、お前がやったのか?」
俺が恐る恐る尋ねると、ルナは「はい!」と満面の笑みで頷いた。
「道が荒れていたので、通りやすくするために少しお掃除したんです。でも、ちょっぴり魔力が出すぎちゃったみたいで、迷路みたいになっちゃいました。ふふっ、私ってばおっちょこちょいですわね!」
テヘッ、と舌を出すエルフの姫。
森の生態系を数秒でぶっ壊し、国家規模の地形改変を行っておきながら『お掃除のミス』で片付けるその圧倒的なサイコパス感に、俺の胃がキリキリと痛み始めた。
「春太プロデューサー、気をつけてくださいまし……。彼女はエルフの国『世界樹の森』の次期女王、ルナ・シンフォニア。私たちとルナミス帝国でシェアハウスをしていた時の、一番のトラブルメーカーですの……!」
リーザが俺の背中に隠れながら小声で警告してくる。
聞けば、ルナミス帝国時代、キャルル(常識人・オカン役)、リーザ(極貧地下アイドル)、ルナ(圧倒的お嬢様)の三人は、同じマンションでルームシェアをしていたらしい。
しかし、金銭感覚と常識がズレにズレまくっているルナのせいで、キャルルたちは常に心労と物理的な命の危機(暴走する魔法)に晒されていたそうだ。
「ルナちゃん……気持ちは嬉しいけど、ここは私の村よ。勝手に植物を暴走させられたら困るわ」
キャルルが村長としての威厳を保とうと、少し厳しめの声で注意する。
「ごめんなさい、キャルルちゃん。でも私、どうしてもまた二人と一緒に『じょしかい』がしたかったんです……」
ルナが大きな瞳に涙を浮かべ、ウルウルとキャルルを見つめる。
その純度百パーセントの善意と美貌に、キャルルも「うっ……」と言葉を詰まらせた。
「……まぁ、森がどうなったにせよ、村に実害がないならいい。わざわざ訪ねてきてくれた客を追い出すわけにもいかないからな」
俺がため息をつきながら言うと、ルナはパッと表情を明るくした。
「ありがとうございます、村長さん! あ、ご挨拶が遅れました。私、ルナ・シンフォニアと申します。これから、よろしくお願いいたしますね!」
こうして、歩くコンプラ違反にして世界樹の過保護娘が、俺たちのポポロ村に正式に居候することになったのである。
◆
翌朝。
ホムセン一階の休憩スペースは、朝から異様な空気に包まれていた。
「ルナちゃん、朝ごはんはアラトが作ってくれるけど、何がいい?」
キャルルが尋ねると、ルナは優雅に椅子に座りながら微笑んだ。
「お気遣いありがとう、キャルルちゃん。でも、私は自分のものは自分で用意しますから、お構いなく」
そう言うと、ルナは世界樹の杖を軽く振った。
ポワァァァン……!
ホムセンのコンクリートの床(の上に置かれた観葉植物の鉢植え)から、一瞬にして見事な果樹が生え、光り輝く黄金の林檎と、虹色の果汁が滴る星型のベリーがたわわに実った。
「なっ……!? 成長サイクルを完全にすっ飛ばしただろ今の!?」
キッチンで目玉焼きを焼いていたアラトが、フライパンを落としそうになる。
ルナはその果実を優雅に手でもぎ取ると、空中に魔力で『見えないミキサー』を作り出し、果実を空中で粉砕・攪拌し始めた。
数秒後。彼女の目の前のグラスには、神々しいオーラを放ち、一口飲めば寿命が十年は延びそうな『特製・超高級フルーツスムージー』が完成していた。
「うん、今日も世界樹の恵みは美味しいですわね」
ルナがストローでスムージーを優雅に啜る。
一方、その真向かいの席。
昨日、俺と『時給制・歩合あり』の正式な雇用契約を結んだばかりの専属アイドル、リーザはというと。
「……カリッ、モシャモシャ……」
アラトが作ったベーコンエッグ定食があるにもかかわらず、彼女は無意識の貧乏性から、ホムセンのベーカリーコーナーで出た『パンの耳』と『茹で卵』を、小動物のように齧っていた。
目の前で光り輝くスムージーを飲む超絶お嬢様と、芋ジャージ(の上にエプロン)姿でパンの耳を齧る地下アイドル。
「……なんだこれ。朝から見せつけられる、この残酷すぎる経済格差は」
俺はコーヒーを吹き出しそうになりながらツッコミを入れた。
「これが、ルナミス帝国時代からの日常風景よ……。ルナちゃんが世界樹から送られてくる高級食材を食べてる横で、リーザちゃんが雑草サラダを食べるの」
キャルルが頭を抱えながら解説する。
「ル、ルナちゃん……。そのスムージー、とっても美味しそうですの……」
リーザが、パンの耳を咥えたまま、よだれを垂らしてスムージーを凝視している。
「あら、リーザちゃん。パンの耳なんて硬くて美味しくないでしょう? よかったら、私のスムージーを少し分けてあげましょうか?」
ルナが純度百パーセントの善意で微笑みかける。だが、リーザはビクッと肩を震わせ、パンの耳をギュッと抱きしめた。
「い、いいえ! 結構ですの! 私、気高きトップアイドルですから、他人の施しは受けませんの! それに、今は春太プロデューサーから正式にお給料をもらっている、自立した女ですから!」
リーザが精一杯のやせ我慢を見せる。
すると、ルナは「まあ、立派ですわ!」と手を叩き、杖をひと振りした。
ポンッ!
リーザの目の前に、先ほどの黄金の林檎や虹色ベリー、さらには見たこともない高級メロンなどが山のように盛られた、超豪華な『特大フルーツバスケット』が出現した。推定時価、金貨数十枚(数百万円)は下らない代物だ。
「でも、これは私からの『入居祝い』のプレゼントですから。遠慮しないで受け取ってくださいな、リーザちゃん」
ルナがニッコリと微笑む。
圧倒的な富の暴力。それに対する、地下アイドルの反応は――。
「……いただきますぅぅぅぅぅっ!!」
リーザは秒で土下座し、芋ジャージを翻してフルーツバスケットにダイブした。
「甘いっ! 美味しいですのぉぉっ! アイドルのプライドなんて、この果汁の前ではパンの耳以下の価値しかありませんの!」
「お前、一瞬で買収されたな……」
俺は呆れてため息をつき、アラトは「俺の作ったベーコンエッグも食えよ!」とフライパンを叩いて怒っている。
「ふふっ。やっぱり、三人で囲む食卓は最高ですわね」
ルナは楽しそうに微笑みながら、ホムセンの店内をぐるりと見渡した。
「それにしても、この『ほーむせんたー』という建物は不思議ですね。見たこともない道具や、便利なものがたくさんありますわ。村長さん、ここは本当に素晴らしい村です!」
「……まぁ、気に入ってくれたなら何よりだ」
俺が苦笑いしていると、ルナはふと思い出したように、おっとりとした声で爆弾を投下した。
「そうですわ! 私、お世話になるお礼として、この村の『財政』に少しだけ貢献しようと思うんです」
「財政に? いや、昨日のフェスのおかげで、村の資金は十分に潤ってるから、無理しなくていいぞ」
「いえいえ、遠慮なさらないでください。私、世界樹様から毎月『お小遣い(年金)』をいただいているんですの」
ルナはドレスの袖をごそごそと探り、小さな魔法のポーチを取り出した。
「お小遣い? エルフの国の特産品か何かか?」
俺が尋ねると、ルナは「はい!」と無邪気に頷き、ポーチの中身をホムセンの床に無造作にひっくり返した。
ゴトォォォォォォォォンッ!!!!!
鈍く、そして圧倒的な質量を伴う音が、コンクリートの床を打ち付けた。
俺とアラトの動きが、完全にフリーズする。
床に転がり出たのは、太陽の光を反射して眩いばかりの輝きを放つ、巨大な黄金の延べ棒の山だった。
「毎月、世界樹様から『純金100キログラム』が仕送りで届くんですの。これ、生活費の足しに使ってくださいな!」
ルナが、純度百パーセントの善意と、狂気的な笑顔で言い放った。
「…………は?」
純金、100kg。
現代日本の相場に換算して、ざっと十億円以上。異世界の経済基準で言えば、小国が一つ買えるか、あるいは市場のバランスが崩壊してハイパーインフレを引き起こすレベルの『劇薬』である。
「バカヤロォォォォォッ!! そんなもん市場に流したら、ポポロ村どころかルナミス帝国の経済がぶっ壊れるだろうがぁぁぁっ!!」
俺の元社畜(経済学部卒)としての理性が限界を突破し、朝のホムセンに絶叫が響き渡った。
歩くコンプラ違反、ルナ・シンフォニア。
彼女の圧倒的な「善意(暴力)」によって、俺たちの平和なスローライフは、早くも崩壊の危機に直面していた。
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