第三章 歩くコンプラ違反と、異常農作物の大収穫祭
【祭りの後と定住の幸福】森を改造する迷子の厄災
パチパチパチパチッ、ターン!
「……ふはっ、ふははははっ! 完璧だ。完璧すぎるぞ、この数字!」
ポポロ村の朝。鉄筋コンクリートに守られたホムセン一階の事務室で、俺は『ソーラー充電式・十二桁大型電卓』を叩きながら、下品な笑い声を漏らしていた。
特設野外フェスから数日。
あの狂乱の夜がもたらした利益は、俺の想像を遥かに超えていた。
机の上に山積みになっているのは、商人や冒険者たちが屋台飯とアイドルに熱狂して投げ込んだ銅貨と銀貨の山。さらに、スアイがノリで放り投げた『氷魔将軍の隠し財産(宝石)』まである。
「これで当分の間、村の運営資金には困らない。悪徳興行師の脅威も物理的に排除したし、いよいよ本格的な『スローライフ・村作り』のスタートだな」
前世のブラック企業で、月末の赤字と残業代未払いに怯えていた社畜時代が嘘のようだ。
俺は深く背もたれに寄りかかり、コーヒーを啜った。
「へへっ、店長。朝から嫌らしい顔してんな。ほら、朝飯だぞ」
エプロン姿のアラトが、焼きたてのトーストと、分厚いベーコンエッグ、そして異常成長した太陽芋のポタージュを運んでくる。
「おはようございますの、春太プロデューサー! アラトさん!」
続いて、ホムセンの作業着風アイドル衣装(今はエプロンを重ね着している)に身を包んだリーザが、元気よく挨拶して現れた。
彼女は今や、ホームセンター・ポポロ村支店の『専属スタッフ』である。
「今日も朝から品出しと、ポポロシガーの陳列を頑張りますの! 時給が発生する労働なんて、夢みたいですのぉ!」
「……お前、ルナミス帝国でどれだけ搾取されてたんだよ」
時給という概念に感動して涙ぐみながらパンの耳(今日は特別にトーストの切れ端)をかじる人魚姫を見て、俺は少しだけ不憫になった。
「おはよう、春太。ふふっ、村のみんなも昨日のフェスの話で持ちきりよ」
キャルルも嬉しそうにウサギ耳を揺らしながら合流する。
美味い飯。頼れる相棒。可愛い従業員と、村をまとめる村長。そして、誰も脅かさない強固なインフラ。
俺が求めていた「当たり前の幸せ」が、ここには完全に定着していた。
――だが。
異世界というやつは、俺が平穏を望めば望むほど、斜め上の方向から『特大の厄災』を放り込んでくるシステムになっているらしい。
◆
ポポロ村から数キロ離れた、深い森の中。
木漏れ日が差し込む獣道を、一人の少女が歩いていた。
透き通るような白い肌に、長く美しい金糸の髪。尖った耳。そして、こんな険しい森には絶対に似合わない、フワフワの最高級シルクで仕立てられた純白のお嬢様ドレス。
エルフの次期女王候補にして、世界樹の神託を受けし者――ルナ・シンフォニアである。
「あらあら……? なんだか、同じような景色ばかりですね」
ルナは小首を傾げ、手に持っていた『広域地図』を広げた。
地図は、見事に上下逆さまだった。
「おかしいですね。キャルルちゃんとリーザちゃんがいる『ポポロ村』は、ルナミス帝国を出てすぐのはずなのですが……」
彼女は致命的、いや、壊滅的な『方向音痴』だった。
すでに森の中を三日三晩彷徨っている。本来なら魔獣に襲われてもおかしくないが、彼女の持つ圧倒的な魔力と『世界樹の加護』の前では、凶悪な魔獣すら恐れをなして道を譲っていた。
カサカサッ。
足元の草花が揺れ、ルナの足首にそっとすり寄る。植物たちは皆、彼女のお友達だ。彼らは「そっちじゃないよ、逆だよ」と一生懸命に教えてくれていた。
「ふふっ。ありがとう、お花さんたち。でも大丈夫ですよ。私の勘が『こっちだ』と言っていますから!」
ルナは満面の笑みで、ポポロ村とは真逆の方向へ堂々と歩き出した。植物たちが「ああっ、また間違えた!」と絶望してしおれる。
しばらく歩くと、ルナは足元の道が酷く荒れていることに気がついた。
倒木が転がり、岩が剥き出しになっている。
「まあ……なんて歩きにくい道でしょう。これでは、村を行き交う旅人さんたちが転んで怪我をしてしまいますわ」
ルナの心に、純粋で、そしてあまりにも強大すぎる『善意』が芽生えた。
「そうですわ! 私が綺麗にお掃除してあげましょう!」
ルナは、手にした『世界樹の杖』を軽く振った。
「出でよ、大地の守護者。道端のゴミを拾ってくださいな」
ゴゴゴゴゴォォォッ!!
地面が割れ、土と岩で構成された体長十メートルを超える巨大な『ルーク(守護型ゴーレム)』が出現した。
ルークは忠実に主の命令に従い、倒木や岩を拾い上げようとした。しかし、その圧倒的なパワーゆえに、道端の岩を『地盤ごと』抉り取ってしまったのだ。
ズボォォォォンッ!!
森のど真ん中に、隕石が落ちたような巨大なクレーターが誕生した。
「あらあら、大変。道に大きな穴が空いてしまいましたわ。これでは余計に危ないですね」
ルナはふんわりと微笑んだまま、杖をクレーターに向けた。
「私がすぐに直してあげますからね。……癒やしの緑よ、豊かに芽吹きなさい」
天然の善意と、エルフの次期女王の膨大な魔力が、世界樹の杖を通じて大地に注ぎ込まれる。
その瞬間、森の生態系が『バグ』を起こした。
ズギュルルルルゥゥゥッ!!
異常な速度で巨大なツタが伸び、クレーターを埋め尽くすどころか、周囲の木々を飲み込んで天高く塔のように成長し始めたのだ。
道なき道が、一瞬にして見渡す限りの『巨大植物のラビリンス(迷宮)』へと変貌する。物理的な地形の改変。通常なら数百年かかる自然の変化を、彼女はわずか数秒で、しかも『善意のボランティア感覚』でやってのけたのだ。
「ふふっ。これで綺麗なお花畑の道の完成ですわ。きっと村の人たちも喜んでくれますね!」
ルナは自分が『国家規模の環境破壊』を引き起こしたことなど微塵も気づかず、鼻歌を歌いながら、巨大植物の迷宮を嬉しそうに進んでいった。
◆
一方、その頃。
ズドドドドドドォォォォンッ!!!
「うおわぁっ!?」
ポポロ村のホムセンで、俺が飲んでいたコーヒーのマグカップが激しく揺れ、中身がこぼれた。
局地的な大地震のような揺れに、アラトが慌てて調理台を抑える。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「春太さん! 春太さぁぁぁん!!」
外から、インパクトドライバーを握りしめたスアイが、血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変ですわ! 外を見てください! 森が……森が生き物みたいに動いてますわよ!?」
「はぁ!?」
俺は護身用の特殊警棒とスタンガンをひったくり、キャルルたちと共にホムセンの外へ飛び出した。
コンクリートの防壁の上に登り、村の外を視認した俺は、信じられない光景に絶句した。
数キロ先の森が、文字通り『うねって』いた。
本来あるはずのない巨大なツタの塔が空を突き刺し、森の地形そのものが、まるで波打つ海のようにゴリゴリと変形し続けているのだ。
「なっ……なんだあれは!? また死蟲軍の生き残りか!? それとも新手の魔王軍か!?」
俺は完全にビビり散らかし、ヘルメットの顎紐をガチガチと震わせながら締めた。
「くそっ、せっかく平和なスローライフが手に入ったと思ったのに……! アラト、チェーンソーと火炎瓶の準備だ! 防衛戦になるぞ!」
だが、隣にいたキャルルの様子がおかしかった。
彼女は長いウサギ耳をピーンと立て、風に乗って運ばれてきた空気をクンクンと嗅いでいる。
みるみるうちに、キャルルの顔から血の気が引いていった。
「うそ……この、過剰なくらい甘ったるいお花の匂い。それに、この空気の読めない圧倒的な魔力の波動……」
リーザもまた、手に持っていたトーストをポロリと落とし、両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ひぃぃっ……! ま、間違いないですの! なんであの『歩く厄災』が、こんな辺境の村まで来てるんですの!?」
「おい、キャルル、リーザ! お前ら、あの異常現象の正体を知ってるのか!?」
俺が怒鳴ると、キャルルは深い絶望を込めたため息を吐き、ウサギ耳をダランと垂れ下げた。
「ええ。知ってるも何も……」
キャルルは、巨大な植物の塔がそびえ立つ森を指差した。
「私たちがルナミス帝国でシェアハウスしてた時の元同居人……世界樹に過保護に育てられた善意のサイコパス、ルナ・シンフォニアちゃんが来ちゃったのよ……!」
俺の握るスタンガンから、虚しく「バチッ」と火花が散った。
どうやら俺たちの村は、魔王や帝国軍よりも先に、史上最悪の『身内(お姫様)』という名の自然災害を迎撃しなければならないらしい。
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