EP 10
【専属契約と打ち上げ】次の騒動への火種
夜空に近いマンションの屋上ビアガーデン。
心地よい夜風が吹き抜ける中、俺たちは満面の笑みでジョッキを高く掲げた。
「ポポロ村・第一回野外フェスの大成功を祝して……乾杯!!」
「「「カンパーイ!!」」」
カチンッ!とガラスのジョッキがぶつかり合い、黄金色のエールビールと、アラト特製のメロンソーダが弾ける。
「ぷはぁぁぁっ! 最高ですわ! 労働と熱狂の後のエールは、五臓六腑に染み渡りますわね!」
スアイがジョッキを一気に飲み干し、豪快に口元を拭う。彼女の隣には、すっかり相棒となった『十八ボルト・インパクトドライバー』が大事そうにタオルで包まれて置かれている。
「えへへ……私、こんなにたくさんの『御縁』をいただいたの、初めてですの!」
リーザが、屋上の床に山積みにされた『戦利品』の山にダイブして、幸せそうに頬ずりしていた。
広場の観客から投げ込まれたスパチャの量は、尋常ではなかった。銅貨や銀貨が詰まった麻袋が三つ。採れたての極上トマトや大根、高級な干し肉の山。さらには、スアイが投げ込んだ『氷魔将軍の隠し財産(宝石の袋)』まである。
悪徳興行師ザッパが残していった魔導音響妨害機や、ゴロツキから没収した武器類も合わせれば、ポポロ村の財政は向こう数年安泰と言えるほどの莫大な利益だった。
「ひひひ、俺の焼きそばも完売御礼だぜ。やっぱ、アイドルの集客力とジャンクフードの相乗効果はエグいな。……で、あの縛り上げた豚野郎とゴロツキどもはどうするんだ?」
アラトが串焼きの肉を齧りながら尋ねてくる。
「ああ。アイツらは身ぐるみ剥いだ後、村の防壁の外のコンポスト(堆肥場)の穴掘り労働に三十日間従事させることにした。反省して借用書を破棄するまでは解放しない」
俺が淡々と答えると、キャルルがウサギ耳を揺らしてクスクスと笑った。
「春太ってば、意外と容赦ないのね。でも、リーザちゃんをいじめた悪い奴らだもの、それくらい当然よね!」
キャルルは俺の隣にぴたりと身を寄せ、ちゃっかりと正妻ポジションをキープしている。
俺はジョッキを置き、クリアファイルから一枚の紙を取り出して、スパチャの山で泳いでいるリーザの前に差し出した。
「さて、リーザ。約束通り、お前の借金問題は俺が力ずくで(物理的に)解決した。次は、お前が約束を果たす番だ」
「はっ! もちろんですの! 春太プロデューサーの仰る通りに働きますの!」
リーザが背筋を伸ばし、真剣な顔で正座する。
「これは、うちのホームセンターの『雇用契約書』だ」
「こよう、けいやくしょ?」
「そうだ。本日からお前を、ホームセンター・ポポロ村支店の『専属アイドル兼・販売促進スタッフ』として正式に雇用する。基本は時給制、グッズやライブの売上は歩合制で還元する。当然、住み込みの部屋と、アラトが作る三食のまかない付きだ」
転生前の俺が店長として使っていた、ごく一般的なアルバイトの雇用契約書である。
だが、リーザはその紙切れを見て、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「う、ううっ……! 時給が発生する上に、歩合でお給金がもらえて、しかもあのアラトさんの美味しいご飯が毎日食べられるなんて……! ルナミス帝国の地下アイドル業界では、絶対にあり得ない超絶ホワイト待遇ですのぉぉっ!」
リーザは震える手でボールペンを握り、契約書に勢いよくサインを書き込んだ。
「私、一生春太プロデューサーについていきますの! 粉骨砕身、命を削ってファンの時間を奪い尽くしますの!」
「いや、命は削らなくていいから。健康第一で頼むぞ」
アラトが呆れ顔でツッコミを入れる中、俺たちは再びジョッキを掲げた。
「よし! それじゃあ、新入社員のリーザの歓迎を祝って、もう一杯だ!」
「「「カンパーイ!!」」」
こうして、ただの田舎の開拓村だったポポロ村に、『特設フェス会場』という巨大な娯楽インフラと、一人の強欲で健気なアイドルが完全に定着した。
夜空に打ち上がるささやかな魔法のハナビの下、俺たちの幸福な宴は深夜まで続いた。
◆
――その数日後。
大陸最大の国家、ルナミス帝国。その中心にそびえ立つ帝城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた内務省の執務室。
内務官オルウェルは、羊皮紙にまとめられた分厚い報告書を机に叩きつけ、静かに笑いを漏らしていた。
「……素晴らしい。実に素晴らしいぞ、あの村は」
ポポロ村から帰還した彼は、すぐさま帝国の皇帝および上層部へ提出するための『三国緩衝地帯・ポポロ村に関する極秘調査報告』を作成していた。
報告書には、次のような文言が並んでいる。
『対象の村は、未知の超硬度石材による強固な防壁を有し、さらに無詠唱で凄まじい暴風を放つ筒、闇夜を白昼に変える光の魔導具(LED投光器)、そして大気を震わせる巨大な音響兵器(PAスピーカー)を所持している』
『それらを束ねる村長代理の男、ハルタ。奴の持つ秘宝の数々は、我が建国神話に記された初代皇帝サトウ・タロウ様の技術と完全に合致する。帝国はこの村を武力で制圧するのではなく、あらゆる手を使って自陣営に引き込むべきである』
「悪徳興行師のザッパごときが、あの村に手を出そうとしたのは笑止千万。……だが、帝国の正規軍が動けば話は別だ。ポポロ村の持つ『狂熱のインフラ』は、ルナミス帝国が大陸を統一するための最強の武器になる」
オルウェルの目が、野心にギラギラと輝いていた。
俺たちの築いたささやかなホームが、世界最強の軍事国家の『標的』としてロックオンされた瞬間だった。
◆
――さらに時を同じくして。
ルナミス帝国から遠く離れた、広大な海の中。
サンゴ礁と真珠で彩られた、海中国家シーランの壮麗な王宮。その玉座の間で、凄まじい歓喜の絶叫が響き渡っていた。
「オオオォォォォォォォォッ!! 流石は我が娘! リーザよぉぉぉっ!!」
玉座に座る、巨大で美しい人魚――海中国家シーランを統べる絶対女王、リヴァイアサン。
彼女は、地上から届いた一枚の『新聞の切り抜き(かわら版)』を握りしめ、滝のような嬉し泣きを流していた。
そこには、ルナミス帝国の商人たちが広めた噂が誇張されて書かれていた。
『ルナミス帝国近郊の村にて、伝説の歌姫が降臨! 一晩で数千の観客を熱狂させ、莫大な富を築く! これぞルナミス帝国が誇るトップアイドルの真骨頂!』
「やはり! やはり我が娘は天才であったか! 親善大使として帝国に渡り、わずかな期間で地上の人間どもを熱狂の渦に巻き込み、莫大な富と名声を手にしているとは!」
女王リヴァイアサンは、完全に事実を(良い方向に)誤認していた。
リーザが『みかん箱の上でパンの耳をかじっていた底辺時代』など微塵も知らず、あのフェスが『ポポロ村のホムセン機材のおかげ』であることも当然知らない。
「素晴らしい! これは母親として、娘の晴れ舞台を直接見に行かねばなるまい! 近衛兵たちよ、出立の準備をせよ! 地上の帝国へ、トップアイドルとなった我が娘のライブを視察に行くぞ!!」
ルナミス帝国の野心と、シーラン国女王の壮大な勘違い。
二つの巨大な国家の思惑が、俺たちの平和なポポロ村(フェス会場)を中心にして、激しく交差しようとしていた。
だが、ホムセンの屋上で二日酔いになっていた俺がその事実を知るのは、もう少しだけ先の話である。
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