EP 9
【Love & Money】照明チートと、時間を奪う歌姫
白目を剥いて気絶した悪徳興行師ザッパとゴロツキどもを、アラトが荷造り用のトラロープで縛り上げ、広場の隅に転がした。
先程までの暴力的な騒ぎに、客席の商人や村人たちは息を呑んで静まり返っていた。祭りの空気は冷え切り、一歩間違えれば客が逃げ出しかねない緊迫感が漂っている。
だが、俺はミキサーの前に立ち、メガホンマイクのスイッチを入れた。
「――テステス。お見苦しいトラブルがあって申し訳ない。ただの羽虫が数匹迷い込んだだけだ」
俺が平然と言い放つと、広場に少しだけ安堵のどよめきが広がった。
「さて、気を取り直して、うちの専属アイドルの『本気のステージ』を始めよう。メガ盛り焼きそばとエールの準備はいいか? ここから先は、瞬きする時間すらもったいないぞ」
俺の合図とともに、アラトが再び一万ルーメンのLED投光器をステージの中央に絞った。
そこには、ホムセンの安全ベストを魔改造した衣装に身を包んだ、リーザが立っている。
「ふぅぅぅ……っ」
リーザが深く息を吸い込んだ。
アラトの【家庭科】スキルによる完璧な栄養管理と、ポポロ村の異常成長野菜を三日間腹いっぱいに食い続けた結果。限界ギリギリの底辺サバイバルで枯渇していた彼女の『人魚族の魔力』は、今、完全に満ち溢れ、体の中からオーラのように漏れ出していた。
「――さあ、私の世界へようこそですの!」
俺がミキサーのプレイボタンを押す。
PAスピーカーから、アップテンポでゴージャスな、ブラスバンドと重低音が絡み合うイントロが爆音で鳴り響いた。
リーザがマイクを天に突き上げ、輝くような笑顔で歌い出す。
『All: マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!』
『(Yeah!!)』
その瞬間だった。
リーザの歌声がスピーカーを通し、広場の空気を震わせた途端――空から淡い金色の光の粉(バフ魔法)が、粉雪のように舞い散ったのだ。
「なっ……なんだこれ!? 体が、めちゃくちゃ軽いぞ!?」
「さっきまで痛かった腰が治っただべ!? なんだこの魔法の歌は!」
観客たちが驚愕の声を上げる。
人魚姫の勝負曲『Love & Money』。それは単なる歌ではない。彼女の歌声に込められた強烈な魔力が、観客の疲労を吹き飛ばし、傷を癒やし、ステータスを限界突破させる『究極の範囲バフ魔法』なのだ。
『今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)』
『全て上手くいくわ (絶対!)』
『愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)』
『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)』
リーザはステージを縦横無尽に駆け回り、観客一人一人に視線を送りながら、その『強欲』な歌詞を歌い上げる。
「私は運命……私は物語……だから貴方達の全てをちょうだい♡」
リーザの瞳の奥で、アイドルとしての狂気と執着が炎のように揺らめく。
みんなの『時間』も『お金』も全部奪い尽くす。その代わり、この瞬間だけは、辛い現実を忘れさせる『宇宙一の幸せ』を与えてあげる。
『貴方の愛で生きていける (Fuuu〜!)』
「ウオォォォォォォォォォォッ!! リーザちゃぁぁぁん!!」
広場の熱狂は、完全に臨界点を突破した。
村の長老たちは立ち上がって謎のオタ芸を打ち始め、屈強な冒険者たちは涙を流しながら大合唱している。
「最高ですわ! リーザさん、私の全財産を受け取ってくださいませ!!」
最前列に陣取ったスアイが、氷魔将軍時代に貯め込んだ宝石の入った袋を、ステージに向かって全力で投げ込んだ。
『ホムセンの照明とPA機材(現代の演出)』×『人魚姫のバフ魔法』=異世界人の脳を焼き尽くす、究極の狂乱フェス。
そこにはもはや、魔法も闘気も関係ない。圧倒的な『エンターテインメントの暴力』が、この空間を支配していた。
――その熱狂の渦から少し離れた、広場の暗がり。
フードを目深に被った一人の男が、腕を組んでその光景を静かに見つめていた。
ルナミス帝国の内務官、オルウェルである。
「……信じられん」
オルウェルは、ステージの鉄組み(単管パイプ)と、闇を切り裂く強烈な光(LED)、そして広場を揺るがす音響機材を眺め、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
「魔法陣も詠唱の気配もない。だが、この圧倒的な光と音はなんだ? それに、あの村長の男……手下を一瞬で吹き飛ばしたあの『風の筒』。あれは、建国神話に語られる初代皇帝の『秘宝』そのものではないか」
オルウェルは、広場の隅でトラロープに縛られて白目を剥いているザッパを一瞥し、冷たく鼻で笑った。
「馬鹿なハイエナめ。こんな『特異点』を、チンピラのシノギで潰せるはずがなかろう。……この村のインフラと、あの歌姫が放つ熱狂は、我がルナミス帝国の覇道に計り知れない利益(カネと力)をもたらす劇薬だ」
オルウェルは、このポポロ村の村長代理――『春太』という男の存在を、国家の最重要監視対象、いや、いずれ必ず帝国に引き入れるべき『至宝』として報告書にまとめる決意を固めた。
「楽しませてもらったぞ、ポポロ村。いずれ、皇帝陛下の名の下に、正式な招待状を送ってやろう」
オルウェルは誰にも気づかれることなく、夜の闇へと溶けるように姿を消した。
そんな帝国の思惑など知る由もなく、ステージの上ではリーザが最後のサビを熱唱していた。
『だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ』
『だから、何処までもついて来てね♡ (一生ついていくよー!!)』
『ダーリン! (チュッ♡)』
「「「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」」」
広場に、地鳴りのような大歓声が響き渡る。
銅貨や銀貨、野菜や干し肉といった『愛と富』が、雨あられのようにステージに降り注ぐ。
リーザは息を切らしながら、満面の笑みで深くお辞儀をした。
「皆様の『時間』と『御縁』、確かに奪わせていただきましたの! 本日は本当に、ありがとうございましたの!!」
俺はミキサーの電源を落とし、心地よい疲労感とともに息を吐いた。
トラブルはあったが、フェスは大成功だ。ポポロ村の防壁の中に、誰にも奪われない、そして誰もが笑顔で対価を払う『最強の娯楽インフラ』が完成したのだ。
「春太……」
ふと、背後から袖を引かれた。
振り返ると、鋼鉄のトンファーを下げたキャルルが、少しだけウサギ耳を赤くして立っていた。
「ん? どうした、キャルル。お前もリーザの歌、楽しんだか?」
「……うん。リーザちゃん、すごくキラキラしてた。でもね」
キャルルは俺の目をまっすぐに見つめ、小さな声で言った。
「私だって……春太の『プロデュース』があれば、もっとみんなを守れるくらい、強くてキラキラになれるんだからね」
ヤンデレ特有の、重くて熱い対抗心。
俺は苦笑しながら、キャルルの頭をポンと撫でた。
「ああ。分かってるよ、村長」
熱狂の夜は更けていく。この小さな村から始まった騒動は、やがて強大な帝国をも巻き込む大波になろうとしていた。
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