EP 6
【ドサ回りの極意】ハゲたぬきのポンポコ節
日が落ち、ポポロ村の広場は、かつてない熱気と匂いに包まれていた。
「さあさあ! 焼きそば焼きたてだぞ! 冷えたエールビールと一緒にどうだ!」
アラトの声が響き渡り、鉄板でソースが焦げる暴力的な匂いが立ち込める。
昼間、匂いに釣られて街道からやってきた行商人や冒険者たち、そして農作業を終えたポポロ村の村人(主に高齢の農家たち)が、屋台の前に長蛇の列を作っていた。
「うめえ! なんだこの甘辛い味付けは!? エールが止まらねえだ!」
「こっちの太い肉も最高だべ! アラトさん、おかわりだ!」
広場には丸太の椅子が並べられ、皆がジョッキを片手に赤ら顔で笑い合っている。
そして、その広場の奥。
単管パイプとブルーシートで組み上げられた特設ステージの上に、俺は立っていた。手には、ホムセンの拡声器を改造した簡易マイクが握られている。電源は、荷台に積んだポータブルバッテリーだ。
「――あー、テステス。本日はポポロ村特設ステージのプレオープンにお集まりいただき、ありがとうございます」
俺の声が、ホムセンの業務用スピーカーから広場全体に響き渡ると、村のジジババたちが「おおっ、村長代理の声がデカくなっただ!」「魔法の筒だべ!」とどよめいた。
「今夜は、うちの専属アイドルによるスペシャルライブだ。たっぷり楽しんでいってくれ。……それじゃあ、登場してもらいましょう。リーザ!」
俺の合図と共に、アラトが屋台の裏から『一万ルーメンのLED投光器』のスイッチを入れた。
ピカァァァァッ!!
夜の闇を切り裂くような強烈な白い光が、ステージの中央を照らし出す。
そこに立っていたのは、ホムセンの蛍光色安全ベストをサイバーパンク風に魔改造し、防鳥テープのリボンをウサギ耳……ならぬ魚のヒレのように髪に結んだ、リーザだった。
健康サンダルは卒業し、今は滑りにくい作業用スニーカーを履いている。
「みなさーん! こんばんはですのー!」
リーザがマイクを握り、とびきりの笑顔で手を振る。
だが、観客の反応は鈍かった。
「お、おう? 可愛い嬢ちゃんだな」
「なんだべ? エルフの歌い手か何かか?」
当然だ。この世界の辺境の農民たちに『アイドル』という概念など存在しない。行商人たちも、焼きそばに夢中でステージにはあまり注目していなかった。
俺はステージ袖で腕を組み、冷や汗を流した。
(マズいな。客層が完全に『田舎のジジババ』と『酔っ払いのオッサン』だ。ここでリーザの勝負曲であるオシャレな『Love & Money』なんて歌っても、絶対にポカンとされるぞ……!)
前世の店長時代、地域のお祭りで若者向けのダンスユニットを呼んで大スベリした時のトラウマが蘇る。ターゲット層とコンテンツの不一致。エンタメにおける最も致命的なミスだ。
だが、リーザは慌てていなかった。
彼女は観客の層をグルリと見渡すと、ニヤリと不敵に笑い、マイクを両手で握り直した。
「……えー、本日はお日柄も良く! 皆様の豊作と商売繁盛を祈願いたしまして、私、リーザが一曲歌わせていただきますの! 手拍子、よろしくお願いいたしますの!」
リーザは胸元から取り出した『五円玉』を、なんと自分の鼻の穴にスポッと詰めた。
そして、自分のポンポンに膨らんだお腹を両手でバチコン!と叩き始めた。
「……は?」
俺が呆気にとられる中、リーザはこぶしを効かせたドスの効いた声で歌い出した。
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!』
『♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!』
「ぶっ!?」
最前列でビールを飲んでいた村の長老が、見事なハゲ頭を撫でながらビールを噴き出した。
『♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!』
「そ、ソレ! ヨイヨイ!」
リーザがマイクを観客に向けると、なんと長老が条件反射のように合いの手を入れた。
『♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン!』
『♪化けよ~化けで~尻尾は ボーサボサでチョーロチョロ~!』
『♪おヘソはデベソだ~ ターマターマはユーラユラ~!』
「ア、ドッコイ!!」
なんだこれは。
ルナミス帝国の底辺でドサ回りをしていた時に覚えたのだろう。どう聞いても、日本からの転生者が悪ノリで広めたとしか思えない、究極の『宴会ソング』。
アイドルの尊厳など微塵もない。鼻に五円玉を詰め、お腹を叩きながらコミカルに踊るその姿は、完全に『宴会の余興を極めた芸人』だった。
だが。
「がははははっ! なんだこの歌! 面白えじゃねえか!」
「姉ちゃん、いいぞ! もっとやれだべ!」
さっきまで無関心だった農民や商人たちが、腹を抱えて大爆笑し、ジョッキをドンバンとテーブルに叩きつけてリズムを取り始めた。
「あーっはっはっは!! 最高ですわ、リーザさん! ターマターマはユーラユラ〜!!」
スアイも大ジョッキを片手に立ち上がり、腰を揺らして一緒に踊り出している。
『♪み~んな合わせて 腹太鼓~!』
『♪ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!』
「「「ウオォォォォォォォッ!!」」」
曲が終わった瞬間、広場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
「いいぞー! 嬢ちゃん、おひねりだ!」
「俺の持ってきた極上トマトも受け取ってくれだべ!」
ステージの前に、チャリンチャリンと銅貨が投げ込まれ、さらには野菜や干し肉までが次々と積まれていく。
「ありがとうございますの! 皆様の『御縁(五円)』と『お時間』、確かにいただきましたの!」
リーザは鼻から五円玉を外し、深々と頭を下げた。その顔には、泥臭い営業で確実に客の心を掴んだ、プロフェッショナルとしての誇りが満ちていた。
「……恐れ入ったな」
俺はステージ袖で、素直に感嘆の息を漏らした。
プライドを捨てて客層に合わせる柔軟性。絶対にスベらない宴会芸の引き出し。こいつはただのポンコツじゃない。どんな底辺の環境でも『客を喜ばせ、対価を奪う』という、生粋のエンターテイナーなのだ。
「すげえな、店長。焼きそばの売れ行きも倍になったぞ。みんな上機嫌で財布の紐がガバガバだ」
汗だくのアラトが、売上金の入った袋をジャラジャラと鳴らしながら近づいてきた。
「ああ。アイドルの熱気と屋台飯……この相乗効果は最強だ。ポポロ村の経済が、爆発的に回り始めたぞ」
プレオープンは、大成功だった。
ホムセンの機材で作ったステージと、日本の屋台飯、そしてリーザの泥臭いドサ回り営業。それらが完璧に噛み合い、ポポロ村はただの開拓村から、誰もが熱狂する『エンタメと経済の特区』へと変貌を遂げつつあった。
だが、光が強ければ、そこに集まる闇もまた濃くなる。
――同じ頃。
ポポロ村から数十キロ離れた、ルナミス帝国へと続く夜の街道。
豪華な馬車の中で、派手な毛皮のコートを着た太った男が、ワイングラスを揺らしていた。
「……ほう? 三国緩衝地帯の辺境の村で、見たこともない光の舞台と、美味い飯を出す祭りが行われている、と?」
男――ルナミス帝国の裏社会とエンタメを牛耳る悪徳興行師、ザッパは、部下からの報告を聞いて下品な笑みを浮かべた。
「しかも、そこで歌っているのは、水色の髪の小娘……間違いない。俺から借金を踏み倒して逃げた、あの『人魚姫』だ」
ザッパはグラスを一気に飲み干し、窓の外の闇を睨みつけた。
「面白い。その村ごと、俺の興行に組み込んでやる。……野郎ども、明日はポポロ村に乗り込むぞ。あの小娘に『本物の搾取』ってやつを教えてやる」
特設ステージの熱狂の裏で。
ホムセンのインフラと利益を丸ごと食い物にしようとする、帝国のハイエナの群れが、確実に俺たちの村へと迫っていた。
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