EP 2
【ポポロ村の村長は武闘派ヤンデレ兎】
『ギャアアアアッ!』と魔獣が泡を吹いて倒れた直後、静寂の森に場違いな声が響いた。
「――う、動かないで! あ、貴方何者なの!?」
振り返ると、いかつい安全靴を履き、両手に鋼鉄のトンファーを構えたウサギ耳の美少女が、プルプル震えながら俺を睨みつけていた。
武器はしっかりとこちらの急所を捉えているものの、その紅い瞳は明らかに戸惑いで揺れている。
「そ、その得体の知れない暗器……貴方、魔王軍の幹部か何かなの!?」
「いや、ただのホームセンターの店長です」
「ほーむせんたー……? てんちょう……?」
ウサギ耳の美少女は、キョトンと首を傾げた。そしてピンと長い耳を立て、俺の胸元に意識を集中させるような仕草をする。
「……心音に乱れはないわね。嘘は言ってないみたい。私は相手の心臓の音で嘘が分かるの」
ふぅ、と彼女は小さく息を吐き、トンファーを下ろした。
「ていうか、本当に魔力も闘気も全くないじゃない! ただの一般人が、よくあんな恐ろしい一本角の魔獣を無傷で倒せたわね!?」
「ええ、まあ。うちの店で売ってる防犯グッズが優秀だったんで」
空になった熊避けスプレーの缶を振って見せると、彼女は納得したような、していないような複雑な顔で頷いた。
「私はキャルル・ムーンハート。月兎族で、この先にあるポポロ村の村長よ。怪しい奴かと思ったけど、村の脅威だった魔獣を倒してくれたのね。ありがとう」
「神城春太です。俺もちょうど、人がいる場所を探してて……ん?」
ふと、キャルルの足元に目が行った。彼女が履いているいかつい靴。それは地球の職人御用達の店で見かけるような、つま先に鉄芯が入った『安全靴』にそっくりだった。
「その靴、なんだか見覚えがあるんですが」
「あ、これ? タローマンっていうルナミス帝国のすごいお店で買った、特注の安全靴よ! 私の蹴り技に最適なの!」
(タローマン……? なんだその地球の匂いがプンプンするネーミングは)
どうやらこの異世界、完全に中世ファンタジーというわけでもないらしい。謎の先駆者の気配を感じつつも、俺はキャルルに案内されて森を抜けることになった。
◆
「ここがポポロ村よ。……何もないところだけど」
森を抜けた先に広がっていたのは、絶句するほど寂れた集落だった。
隙間風だらけの歪な木造の小屋がパラパラと建っているだけで、防壁と呼べるような柵も半分以上が腐り落ちている。土まみれの服を着た村人たちや子供たちは、一様に疲労の色が濃く、ガリガリに痩せ細っていた。
「ここ、ルナミス帝国とアバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三国がぶつかる緩衝地帯でね。どこの国の支援も届かなくて、慢性的な物資不足なのよ……。ごめんなさい、命の恩人にお礼の立派な宿を用意してあげたいんだけど、私の家の土間でよければ……」
キャルルがウサギ耳をペタンと垂らして申し訳なさそうにする。
俺はポケットに入っていた銀色のディンプルキー――『104』と刻印された鍵を握りしめた。
「いや、宿なら心当たりがあります。ちょっとそこ、下がっててください」
俺は村の広場のような、何もない更地の中央に進み出た。
さっき森の中でスキルを使った時は、魔獣が目の前にいてテンパっていた上に、周囲を太い木々に囲まれていた。巨大な建造物を顕現させるには、十分な『空間』が必要だったのだと、今なら分かる。
俺は更地を見据え、自分のスキル『マンション』を強くイメージした。
「スキル発動! 出ろ、【マンション】!!」
ズズズズズズズズズズズズズッ!!!!
大地が悲鳴を上げ、突如として空間が歪んだ。
「な、なななななななっ!?」
キャルルが腰を抜かして尻餅をつく。
「地震だ!」
「敵襲か!?」
村人たちが悲鳴を上げて家から飛び出してくる。
もうもうと舞い上がった土煙が晴れた後、ポポロ村の荒野に現れたのは――見慣れた外壁タイルに覆われた、無骨な鉄骨コンクリート造りの『10階建て巨大マンション』だった。
周囲の貧弱な木造小屋とは完全に異質の、現代建築の暴力的な質量がそこにあった。
「……本当に出たよ」
俺は思わず天を仰いだ。だが、驚くのはそこからだった。
マンションの一階部分は、ただの居住用エントランスではなかったのだ。
横に広く展開されたガラス張りの店舗。その上には、見慣れた赤と緑の巨大な看板がデカデカと掲げられている。
「ホームセンター……俺が店長やってた店舗、そのまんまじゃないか」
吸い寄せられるように近づくと、ウィーン!と軽快な音を立てて自動ドアが開いた。
ヒンヤリとした冷房の風が吹き出してくる。
「うひゃあっ!? と、扉が勝手に開いて、冷たい息が吹き出してきたわ! は、春太、ダメよ! これ絶対古代の魔導要塞の罠よ! 食べられるわ!」
「いや、ただの自動ドアとエアコンだから」
キャルルが俺の腰にしがみついてガタガタ震えるのを引きずりながら、俺は店内へ足を踏み入れた。
煌々と輝くLED蛍光灯の下、見渡す限りの商品棚が整然と並んでいる。
俺は震える手で、棚の商品を一つ一つ確認していった。
釘、木材、ノコギリ、セメント、電動インパクトドライバー、大型発電機といった工具・建材類。
野菜の種、化成肥料、防虫剤といった園芸・農業用品。
レトルト食品、缶詰、水、大量のトイレットペーパーや衛生用品。
生前、俺が命を削って管理していた商品のすべてが、完璧な状態で補充されていた。
(マジか……。電気も通ってるし、水道も出るぞ)
店舗の奥の手洗い場で蛇口を捻ると、綺麗な浄水が無限に流れ出てきた。メーターは回っているが、女神の言っていた通り「水道光熱費無限」のルールが適用されているらしい。
さらに横の壁面には、まだ入居者のいない「空き店舗」のスペースまで用意されている。今後の拡張性すら完璧だ。
俺は口元を覆い、狂喜の笑いが漏れるのを必死に堪えた。
キャルルたち異世界人からすれば、ここはただの謎の建物かもしれない。だが、現代日本の知識を持つ俺からすれば、この施設がどれほど異常か痛いほど分かる。
ここは、あらゆる武器を凌駕する『武器庫』であり、生活水準を跳ね上げる『魔道具店』であり、村を都市に変える『建築ギルド』なのだ。
伝説の聖剣なんてなくても、ここにあるスコップやチェーンソー、セメントを駆使すれば、この貧しい村を一夜にして城塞都市に作り変えることだってできる。化成肥料と種を使えば、食糧問題すら即座に解決する。
魔法よりも現実的で、圧倒的に早い『進化』。
文明という名の暴力。これこそが、俺に与えられた真のチートだったのだ。
「これが、春太の……お城……?」
キャルルがマンションを見上げてワナワナと震えていると、自動ドアの死角から声がした。
「……おい……誰か、腹、減った……」
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