EP 4
【フェス会場設営】単管パイプとキャンパー魔将軍
「あーっ! 春太さんたち、また何か面白そうなことやってますわね!」
村の広場に軽トラを停め、荷台のシートを外そうとした時だった。
朝日に照らされて現れたのは、ポポロ村の裏山に勝手にテントを張って定住しているDIYキャンパー、スアイだった。
かつては魔王軍の『氷魔将軍』として恐れられた彼女だが、今の姿にその威厳は微塵もない。ホムセンで買ったニッカポッカ風の作業ズボンに、特注のタローマン製安全靴。首には冷感タオルを巻き、腰には釘袋を下げるという、完全にベテランの『現場の職人』スタイルが板についていた。
「おはよう、スアイ。ちょうどよかった、人手が欲しかったんだ」
「お任せくださいませ! 私の有り余るパワーとDIY魂、存分にこき使ってください!」
スアイは腕まくりをして、豊かな胸をドンと叩く。
「あれ? そちらの小豆色の服を着た可愛らしい娘さんは、新入りですか?」
スアイの視線の先には、アラトの特製おにぎりを両手で頬張っている芋ジャージ姿のリーザがいた。
「ふぁい。わふぁふぃ、ふぃーらんのひめふぇ……(はい。私、シーランの姫で……)」
「飲み込んでから喋れ。こいつはリーザ。俺のホムセンの専属アイドルとして雇うことになった、底辺の食いしん坊だ」
俺が呆れながら紹介すると、リーザはゴクンとおにぎりを飲み込み、ペコリと頭を下げた。
「人魚姫のリーザですの! 春太プロデューサーの元で、ファンのみんなの『時間と金』を奪い尽くすために来ましたの!」
「時間と金を……? よく分かりませんが、野心があって大変結構ですわね!」
元魔将軍と現役地下アイドルの、全く噛み合っていないが妙に波長が合う挨拶が交わされる。
「さて、無駄話はこれくらいにして、作業開始だ」
俺は広場の中央に立ち、持参したホワイトボードにマジックで簡単な図面を描き殴った。
「今日中に、この広場にリーザが歌うための『特設フェス会場』の骨組みを完成させる。材料は、軽トラに積んできた『単管パイプ』と『直交クランプ』。そして屋根は『ブルーシート』だ」
単管パイプ。それは日本の建築現場(足場)を支える、直径四十八・六ミリの最強の鉄パイプである。
「スアイとキャルルで、パイプを指定の位置に立ててくれ。俺とアラトがクランプ(接続金具)で固定していく」
「了解ですわ! さぁ、行きますわよ!」
スアイが軽トラの荷台に飛び乗り、一本十キロ近くある長尺の単管パイプを、両脇に三本ずつ抱え込んで軽々と飛び降りた。
「はっ!」
そのまま、俺が指定した地面のポイントに、パイプを槍のようにズドォォン!と突き刺していく。
「流石は元魔将軍だ、重機顔負けのパワーだな。よし、次は固定だ」
俺は腰の工具袋から『インパクトドライバー』を取り出した。
建築用・十八ボルト仕様のプロ用電動工具である。パイプ同士をクロスさせ、金具のナットにソケットを合わせる。
ガガガガガガガガッ!!
すさまじい打撃音と共に、一瞬で強固なジョイントが完了した。
「……えっ!? な、なんですかその魔法の道具は!?」
パイプを押さえていたスアイが、目を丸くして身を乗り出してきた。
「雷の魔力も感じないのに、あの硬い鉄の留め具が、一瞬でガチガチに固定されましたわよ!? 私の氷魔法で凍らせるより遥かに速くて強固ですわ!」
「これはインパクトドライバーといって、バッテリーの電力で強力な回転と打撃を生み出す現代の工具だ。手でレンチを回すより何十倍も速い。……やってみるか?」
「やります! やらせてくださいませ!!」
スアイは瞳をキラキラと輝かせ、俺からインパクトドライバーを受け取った。
トリガーを引く。ガガガガッ!という振動がスアイの腕に伝わる。
「あぁっ……! この手に伝わる荒々しい振動と、ネジが締め込まれていく確かな手応え……たまりませんわ! 私、もうこの魔法の道具なしでは生きられない体になってしまいました!」
スアイは完全に『電動工具の虜』となり、凄まじいスピードで単管パイプを次々と組み上げていった。
『ホムセンの電動工具』×『元魔将軍の超パワー』=異常な速度でのインフラ構築。
あっという間に、高さ三メートル、幅十メートルに及ぶ巨大なステージの骨組みが完成した。
「仕上げは屋根だ。日差しと雨を防ぐ、ホムセンの最強装備だぞ」
俺は分厚い『#3000ブルーシート』を広げ、アラトと共にステージの上へ引っ張り上げた。
「よし、四隅をインシュロック(結束バンド)で固定しろ!」
ジーッ、ジーッ、と小気味良い音を立てて、青いシートがピンと張られる。
木と石しかなかったファンタジー世界の開拓村に、突如として日本の『工事現場の仮設足場』のような、無骨で頑丈な特設ステージが姿を現したのだ。
「す、すごいですの……!」
リーザがステージを見上げ、感動のあまり口を開けて立ち尽くしている。
「こんな立派なステージ……ルナミス帝国の広場でも、見たことありませんの! これなら、絶対にたくさんのファンの『時間』を奪い尽くせますの!」
「まだ骨組みだけだ。午後からは、ここに音響機材と照明(LED)を仕込んでいくからな」
俺がヘルメットを脱いで額の汗を拭っていると、スアイがインパクトドライバーを大事そうに抱き抱えながら擦り寄ってきた。
「春太さん! 私、本当に感動しましたわ! この『いんぱくと』、私のテント作りにも貸していただけませんか!?」
「ああ、いいぞ。バッテリーの充電だけは忘れるなよ」
「ありがとうございます! 春太さん、一生ついていきますわ!」
スアイが嬉しさのあまり、俺の腕にギュッと抱き着いてくる。豊かな胸の感触が腕に伝わり、俺は少しだけたじろいだ。
――バキッ!!
その時、広場の端から、極太の薪が素手でへし折られる鈍い音が響いた。
「……あーら、春太。随分とスアイと仲良くやってるじゃないの」
振り返ると、そこにはキャルルが立っていた。
彼女のウサギ耳は、不自然なほどダランと垂れ下がり、その目は一切笑っていなかった。手には、今しがたへし折ったばかりの太い薪が握られている。
「あ、いや、これは作業の労いで……」
「別に気にしてないわよ? 私はほら、非力だから、パイプを運ぶくらいしかお手伝いできないし? 春太の『現場』には、スアイみたいな職人さんの方がお似合いですものね?」
絶対に気にしているトーンだった。
キャルル特有の、あのヤンデレ一歩手前の重たい嫉妬のオーラが、ジワジワと広場を包み込み始めている。
「おーい! お前ら、休憩にしようぜ! 『屋台の試作品』ができたぞー!」
その最悪の空気を切り裂くように、広場の奥からアラトの声が響いた。
風に乗って、ソースが焦げる暴力的な匂いと、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
「はっ! この匂いは……!?」
リーザのウサギ……いや、人魚の嗅覚が鋭く反応し、彼女は芋ジャージを翻して匂いの元へと猛ダッシュを始めた。
「待ちなさいリーザちゃん! 私が先よ!」
キャルルも嫉妬を一旦脇に置き、食欲に釣られて駆け出していく。
どうやら、フェスに欠かせない『もう一つの主役』が完成したらしい。俺とスアイも、その抗いがたい匂いに誘われるように、アラトの元へと足を向けた。
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