EP 3
【オカンと化した元SE】限界ポイ活と家庭科スキル
「いいですか、春太プロデューサー! 交番前での反復横跳びのコツは、いかに『ヤバい奴』感を演出するかにかかっていますの!」
翌朝。俺たちのマンションの広いリビングでは、芋ジャージ姿のリーザが健康サンダルをペタペタと鳴らしながら、真顔で謎のステップを刻んでいた。
「まず、視線は虚空を見つめます! そして『ハッ! ハッ!』と荒い息を吐きながら、左右にステップ! するとお巡りさんが『君、ちょっとこっち来なさい』と声をかけてくれますの。そこですかさず『お腹が空いて幻覚が……』と倒れ込めば、確実に取り調べ室でカツ丼が……!」
「お前、本当にそれお姫様がやってたのか……?」
俺は頭を抱えた。
昨日からこの調子だ。ポポロ村の村長宅(俺のマンション)に堂々と居候を決めたリーザは、ルナミス帝国で培った己の『底辺サバイバル術(ポイ活)』を、なぜかドヤ顔で語り続けている。
「他にも、タローソンの廃棄弁当を巡る野良犬との決闘や、公園の食べられる雑草の見分け方など、私のサバイバルスキルは完璧ですの! アイドルたるもの、どんな環境でも――」
「ふざけんな!!」
ドンッ!!
突然、キッチンから凄まじい怒声と共に、エプロン姿のアラトが鬼の形相で飛び出してきた。
「ひぃっ!? ア、アラトさん?」
「お前のその食生活はなんだ! パンの耳? 雑草? 廃棄弁当!? そんな行き当たりばったりの栄養補給、バグだらけのスパゲティコード以下だぞ!!」
前世で過酷なデスマーチを生き抜き、栄養ドリンクとゼリー飲料だけで三ヶ月を乗り切った結果、過労死した元SEのアラト。彼は、命を削るような不健康な生活に対して、誰よりもトラウマと激しい怒り(オカン属性)を抱えていた。
「いいか! 人間の体ってのは精緻なプログラムだ! タンパク質、脂質、炭水化物の依存関係(PFCバランス)をガン無視して、交番のカツ丼(油と糖)や雑草(謎の繊維質)ばっかりブチ込んでたら、いつか必ず致命的なシステムエラー(過労死)を起こすんだよ!」
「えっ、あ、はい……」
アラトの圧倒的な剣幕と謎のIT用語に、リーザがウサギのように怯えて縮こまる。
「座れ! 今から俺が、お前のバグだらけの体を完全に『デバッグ(栄養改善)』してやる!」
アラトの【家庭科】スキルが火を噴いた。
ホムセンの冷蔵庫から取り出した新鮮な合い挽き肉、ポポロ村の畑で採れた異常成長した甘い玉ねぎとトマト。それらを凄まじい包丁さばきでみじん切りにし、魔法の火で一気に焼き上げる。
ものの数分で、テーブルの上に『特製・煮込みハンバーグプレート』が完成した。
肉汁が溢れる分厚いハンバーグに、ホムセン特製のデミグラスソース。付け合わせには、栄養満点のブロッコリーと、艷やかに炊きあがった白米が山盛りになっている。
「食え! 一口三十回噛め! 胃腸のロード時間(消化)を助けるんだ!」
「あ、あの……私、気高きアイドルですから、そんな他人の施しのようなご飯は……」
リーザが芋ジャージの裾を握りしめて、最後のプライドを見せようとした、その時。
ハンバーグの暴力的な匂いが、彼女の鼻腔を直撃した。
「……あむっ」
抗えなかった。
リーザはスプーンを鷲掴みにすると、ハンバーグと白米を口いっぱいに放り込んだ。
「んんんんんんんっ!? 美味しいぃぃぃっ!! お肉が! お肉の汁が口の中で弾けますのぉぉっ!」
健康サンダルをバタバタと鳴らしながら、涙を流して咀嚼する人魚姫。
「施しなんてどうでもいいですの! アラトさん、おかわり! おかわりくださいまし!」
「よし、よく言った。野菜も残さず食えよ。ビタミンのライブラリが足りてねえんだからな」
アラトが腕を組み、満足げに頷く。もはや完全に、出来の悪い娘の食事を管理する『オカン』の顔だった。
こうして、リーザのアイドルのプライドは、元SEの完璧な【家庭科】チートの前に、物理的(胃袋的)に粉砕されたのである。
そして、その日の夜。
「ねえ春太。ここのシステム、最高ね!」
ホムセンの一階、休憩スペース。実演販売用の長机の向かいで、キャルルとリーザが紙コップを片手に盛り上がっていた。
俺がホムセンの設備を活かして設置した、『無料の紙コップ自販機』である。本来は客寄せのためのサービスだが、今は完全に二人の『女子会会場』と化していた。
「やっぱり、ルナミス帝国でシェアハウスしてた時の『ルナキン(ルナミス帝国最大手ファミレス)』を思い出すわねぇ。あの時も、一杯のメロンソーダで十二時間粘ったわよね」
キャルルが懐かしそうに目を細める。
「そうですの! あの時はキャルルちゃん、近衛騎士団の愚痴ばかり言ってましたの。でも、まさか本当に騎士団を辞めて、こんな辺境で村長になってるなんて思いませんでしたの」
「リーザちゃんだって、親善大使のくせに芋ジャージで鳩と喧嘩してるなんて、シーランの女王様が知ったら泡吹いて倒れるわよ?」
ゲラゲラと笑い合いながら、二人はメロンソーダとコーラを混ぜた謎の『魔のドリンク』を生成しては飲み干している。
異世界においても、金のない女子たちがドリンクバーで無限に時間を溶かす生態は変わらないらしい。
「……やれやれ。あいつら、明日の朝まであそこに居座る気か?」
少し離れたレジカウンターで、アラトが呆れたように飴玉をガリッと噛んだ。
「放っておいてやれ。キャルルも、昔の友達に会えて嬉しそうだしな」
俺はホムセンの在庫管理用タブレットを操作しながら答えた。
「それよりアラト。リーザの栄養状態は改善できそうか?」
「ああ。俺の計算通りに飯を食わせれば、数日で体力は全快する。むしろ、うちの異常野菜を食わせ続ければ、アイツの体に眠ってる『人魚族の魔力』がトンデモない規模で活性化するはずだ」
「上等だ。じゃあ、明日はその魔力を大放出させるための『舞台』を作るぞ」
俺はタブレットの画面――『建築資材・仮設足場コーナー』の在庫一覧を指差した。
「フェス会場の設営だ。単管パイプとブルーシートで、この村の広場を最強のライブステージに作り変える」
「ひひひ……土木作業なら任せな。セメント防壁を作った時のノウハウが活きるぜ」
翌朝。
俺とアラトが軽トラの荷台に大量の単管パイプを積み込み、いざ広場へ出撃しようとした時だった。
「あーっ! 春太さんたち、また何か面白そうなことやってますわね!」
村の入り口から、バサバサと豪快な足音を立てて近づいてくる影があった。
ビキニアーマーを捨て去り、ホムセンの作業着と安全靴に身を包んだ、DIY大好きの元・魔王軍氷魔将軍――スアイだった。
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