第二章【地下アイドル人魚姫】ホムセン要塞、狂気のフェス会場になる
【再会はゴミ捨て場で】野生の鳩と争う芋ジャージ
ポポロ村の平和な朝は、ホムセン裏の生ゴミ集積所から響く凄まじい羽音と怒声で幕を開けた。
「ああっ! ズルいですの! そのキャベツの芯は私が見つけたんですの!」
「クルックー!(うるせえ人間、ここは俺たちのシマだ!)」
死蟲軍との過酷な防衛戦を無傷で乗り越えてから数日。
一晩で作られた無骨な鉄筋コンクリートの防壁に守られ、俺たちポポロ村は確かな平和と豊かな日常を取り戻していた。
その象徴とも言えるのが、一階ホムセンの休憩スペース――実演販売用のパイプ椅子と長机を並べただけの場所で繰り広げられる、優雅な朝食の風景である。
「はいよ店長、村長。今日の朝飯は、厚切りベーコンと目玉焼きのセット、それに昨日収穫した太陽芋のポタージュだ。パンは少し炙ってあるから、バターをたっぷり塗って食ってくれ」
「わぁっ! 美味しそう! アラトの作ってくれるご飯、本当に王宮の料理より美味しいわ!」
エプロン姿のアラトが、【家庭科】スキルを全開にして振る舞う完璧な朝食。フライパンの上でパチパチと爆ぜるベーコンの脂の匂いと、ホムセンの棚から呼び出されたドリップコーヒーの香ばしい匂いが、静かな村に漂っている。
キャルルはウサギ耳を嬉しそうにパタパタと揺らしながら、焼きたてのトーストに黄金色のバターをたっぷりと塗りたくり、大きな口を開けて齧り付いた。
「……んん〜っ! サクサクで最高! ポポロ村の畑も信じられないくらい野菜が採れるようになったし、私、一生このご飯を食べて生きていきたいわ!」
「ははっ、しっかり食えよ。腹が減っては村長の仕事はできねえからな」
俺もコーヒーカップを傾けながら、熱々のベーコンエッグを口に運ぶ。
前世の社畜時代では考えられない、人間らしい、そしてあまりにも満ち足りた朝。俺たちはこの村を『ホーム』と定め、確かな幸福を噛み締めていた。
――はずだったのだが。
「んんっ!? ちょっと待ちなさい、そこの太っちょ鳩! 私のブロッコリーの茎を突っつかないでくださいの!」
「クルックルックー!!」
マンションの裏手から、どう考えても尋常ではない騒ぎ声が聞こえてきた。
「……なんだ? また魔獣の生き残りか?」
俺がトーストを皿に置き、防犯用の『特殊警棒』を手に取ると、キャルルも口の周りにポタージュをつけたまま、ウサギ耳をピンと立てて立ち上がった。
「いや、魔獣の気配じゃないわ。ただの鳥と……女の子の声?」
「店長、俺も行くぜ。嫌な予感がする」
アラトがフライパンを片手に持ち、エプロンの紐を締め直す。
俺たちは三人で警戒しながらマンションの一階を抜け、裏口の扉をそっと開けた。
そこは、アラトが調理で出た生ゴミ(野菜くずなど)を堆肥化するために設置した『大型コンポスト』のある集積所だった。
俺の農業チート(化成肥料と酸度調整)によって異常成長したポポロ村の野菜は、捨てるはずのキャベツの芯やブロッコリーの茎でさえ、信じられないほどの甘みと栄養価を誇っている。そのため、最近では森の野生動物たちにとって、ポポロ村のゴミ捨て場は『三ツ星レストラン』と化していた。
だが、俺たちが見たのは、野菜を漁る平和な動物たちの姿ではなかった。
「どりゃぁぁぁっ! 必殺、大外刈りですの!」
バサバサバサッ!!
一人の少女が、群がる十羽以上の丸々と太った野生の鳩を相手に、血みどろの肉弾戦を繰り広げていたのだ。
「……なんだ、あいつ」
俺は唖然として動きを止めた。
少女の服装は、どう贔屓目に見ても酷いものだった。ルナミス帝国の安売りデパートのワゴンセールで叩き売りされていそうな、ダサい小豆色の『芋ジャージ』。足元には、ツボ押しの突起がついたピンク色の『健康サンダル』。
美しい水色の長い髪には枯れ葉が幾重にも絡まり、白い頬には泥と、激しい戦闘を物語る鳩の引っかき傷がついている。
だが、その両手にはしっかりと『瑞々しいキャベツの芯』が宝物のように握りしめられていた。
「ハァ……ハァ……! 勝者、私! これで今日のランチは確保ですの……!」
少女が泥だらけのキャベツの芯を天に掲げて勝利の雄叫びを上げる。
しかし、野生の生存競争は甘くない。お気に入りのレストラン(ゴミ捨て場)とランチを理不尽に奪われた鳩の群れが、怒り狂って「クルックー!!」と一斉に飛び立ち、上空で陣形を組んだ。
「えっ……? ちょ、ちょっと待つんですの。一対多数は卑怯――」
鳩たちは聞く耳を持たず、少女の頭めがけて、まるで訓練された戦闘機のような急降下爆撃を仕掛けてきた。
「ひぃぃぃっ!? だ、誰か助けてぇぇっ! 目が! 鳩の爪が私のアイデンティティにぃぃっ!」
少女が両手で顔を覆い、健康サンダルをペタペタと鳴らしながら逃げ惑う。
「……やれやれ。流石に見過ごせないし、うちの敷地で騒がれるのは困るな」
俺はため息をつき、特殊警棒をベルトに戻した。代わりに手に取ったのは、ホムセン裏口の壁に立てかけてあった、園芸用の『エンジンブロワー(落ち葉吹き飛ばし機)』だった。
背負い式の巨大なタンクから伸びる、太いノズル。
燃料は混合ガソリン。俺はチョークを引き、スターターロープを力強く引っ張った。
ギュオォォォォォォォォォンッ!!!
静かな朝の村に、二ストロークエンジンのけたたましい爆音が響き渡る。
「なっ!? なんだその音は!?」
驚いて振り返る少女と、その頭上に群がる鳩たちへ向けて、俺は迷うことなくノズルの先端を向け、スロットルレバーを全開に握り込んだ。
「吹き飛べ」
ボオォォォォォォォォォォォッ!!!!
最大風速、毎秒八十メートル。
台風直撃レベルすら超越する凄まじい暴風の壁が射出された。
『クルックァァァァァァッ!?』
闘気も魔法もない、ただの圧倒的な『風圧』。だが、わずか数百グラムしかない小鳥の質量など、暴風の前ではひとたまりもない。
鳩たちは反撃の糸口すら掴めぬまま、文字通り枯れ葉のように空高く舞い上がり、為す術なく森の奥へと強制退去させられていった。
『ホムセンの園芸用品』×『鳥類の軽すぎる体重と空気抵抗』=無傷かつ絶対的な制空権の掌握である。
「ふう。一件落着だな」
俺がエンジンの回転数を落とし、ブロワーのノズルを下ろすと、周囲には嵐が過ぎ去ったような静寂が戻っていた。
「す、すごい……! すっごいですの!」
小豆色の芋ジャージを着た少女が、泥だらけの顔を輝かせ、健康サンダルをペタペタと鳴らしながら俺に駆け寄ってきた。
「無詠唱で、あんな強力な上位の暴風魔法を放つなんて……!? 貴方、もしかしてルナミス帝国の宮廷魔導師様ですか!?」
「いや、ただのホームセンターの店長だ」
「ほーむせんたー? よく分かりませんが、命の恩人ですの! あやうくこの貴重なランチを奪われるところでした……。これで、あと三日は生き延びられますの!」
少女はそう言うと、握りしめていた泥だらけの『キャベツの芯』に頬ずりし始めた。
その光景を見て、後ろにいたアラトがドン引きした顔で俺の肩を強く叩いた。
「おい店長……冗談キツイぜ。あいつ、ゴミ捨て場に落ちてたキャベツの芯を本気で生で食う気だぞ。どんだけ限界の生活してんだよ」
「そうだな。いくらうちの野菜が美味いからって、流石に生ゴミは腹を壊す」
「あんな悲惨な目、久しぶりに見たぜ。前世の末期デスマで、会社に泊まり込んで三日風呂に入ってなかった時の俺より、遥かに『底辺』の目をしてやがる……」
アラトがエプロンを握りしめ、同情と、見過ごせない『オカン属性』を刺激されたような複雑な表情を浮かべる。
「とりあえず、何か温かいものでも食わせてやるか……ん? どうした、キャルル」
ふと横を見ると、隣にいたキャルルのウサギ耳が、恐怖と驚き、そして信じられないものを見るような絶望で直立不動になっていた。
キャルルはワナワナと震えながら、泥だらけの芋ジャージ少女を指差す。
「……リ、リーザ、ちゃん……? 嘘でしょ……?」
「へっ?」
呼ばれた少女――リーザが、キョトンとしてこちらを見た。そして、数秒の沈黙の後。
彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと、やがて滝のような涙が噴き出した。
「うわぁぁぁぁぁん!! キャルルちゃぁぁぁんっ!!」
健康サンダルが片方すっ飛ぶほどの勢いで突撃してきたリーザは、そのままキャルルの胸に勢いよくダイブし、小豆色ジャージの泥をなすりつけながら号泣し始めた。
「探しましたの! キャルルちゃんが辺境の村長になったって聞いて、ルナミスのテント村から三日三晩歩き通して……ぐすっ、私、もう備蓄のパンの耳も尽きて、死ぬかと……!」
「ちょっ、ストップ! 鼻水つけないで! 私のポロシャツがドロドロになるぅ!」
キャルルが慌てて引き剥がそうとするが、リーザのしがみつく力は、野生の鳩と互角に渡り合うだけあって凄まじかった。
俺とアラトは、その謎の光景を前に顔を見合わせた。
「キャルル。知り合いか?」
「し、知り合いも何も……私がルナミス帝国でシェアハウスしてた時の、元ルームメイトよ」
キャルルは深い絶望を込めたため息をつき、泥だらけの少女の頭を抱えた。
「なんで……強大な海中国家シーランの、気高き『人魚姫』が、こんな村のゴミ捨て場で鳩とキャベツを奪い合ってるのよぉぉぉっ!?」
俺のホムセンに、生ゴミの匂いと強烈なトラブルの匂いを漂わせた、最底辺の『お姫様』が転がり込んできた瞬間だった。




